第55話 名前を付けてみる
――もふもふ。
私の口にすっぽり収まってしまいそうなほど小さな頭が顎にすり寄ってくる。
卵から生まれ出たこちらの黒ウサギ…正直めっさ可愛いです。
小さいし温かいし、もふもふしてるし…それに私が温めドラゴンをしていたためか、これでもかとすりすりしてくる。
思えばくもたろうくんと初めて出会ったときはもう蜘蛛状態ではそこそこおっきかったし、ニョロちゃんはニョロちゃんだったしで、こんな小動物と触れ合ったのは初めてかもしれない。
森に住んでたんだから動物くらいいっぱいいただろうって?そりゃいたけどなぜか奴らは私に近寄っては来なかったのだ。
くもたろうくん曰く「普通は黒龍様とお嬢様にビビッて動物や魔物は近づいてこないっす。ましてや大切な子供をヤバいの代名詞みたいなお二人に近寄らせるはずもないでっす」とか言ってた。
ただこれに関しては一つ異議を申し立てたい。
ビビられていたのは絶対に母の方だ。
私みたいなプリティードラゴンが怖がられるはずはないのだから。
まぁとにかく小動物に懐かれるなんて初めての経験なので、こちらの黒うさぎちゃんが可愛くて仕方がない。
もふもふ。
「うひひひひぃ~かわちぃね~ウサギちゃん」
お腹をくるくる鳴らしながらも頑張って温めていたかいがあったという物だ。
ドラゴンの感覚的に親…とは言えないけれど私の新たな妹分として立派に育て上げていこうと心に誓いましたとさ、はい。
みんなもこのかわちい黒ウサギに興味津々なようで、私たちを取り込んでざわざわとしている。
特にアザレアはすごかった。
「小さきものが小さき命を抱えている…これはもはや聖画よ。世界を作りたもうた神がこの世にもたらした祝福そのものなのよ…ほら見なさいセンドウ!アンタが早くカメラを容姿いないからこんなことになるのよ!死にたくなければ三日でものにしなさい!時間は待ってくれないのよ!ほら早く!」
「ひっひ…こ、ここまで死期の迫った納期はこの私をしても初めてだぁ…ひっひ!あのウサギ型の魔物のサンプルも是非回収したいのですがそんな暇はないようですね…!ひ、ひっひ…!」
バシバシとセンドウの背中を鼻血をたらしながらバシバシ叩いているアザレアの瞳にはある種の狂気すら浮かんでいるように見えたけれど、まぁ気のせいでしょう。
もふもふ。
そして次に妹にエクリプスちゃんとブルーくん。
この三人は何故か遠巻きにウサギちゃんを見てるだけで近づいてこようとはしない。
こんなにか弱き命に触れるのが怖いのだろう。
その気持ちわかるよ…うん、わかる。
私は遠慮なしにモフモフしますけどねっ!
「…あれをどう見る?ソード」
「いや…正直異常だとは思うけれど…計り知れないと言ったほうがいいのかな。少なくとも軽率に喧嘩を振ってみる類のものじゃないね」
「いやぁエクリプスちゃんは絶対近づけないよぉあれぇ~…みてるだけで鳥肌が凄い。絶対やられる」
なにやらひそひそ聞こえてきたけれど、私とウサギちゃんには関係ない事だろう。
ちなみにウツギくんは一瞬だけ表れて部屋を覗き込み「またなんか増えた…」ってひどく疲れた顔をしながらどこかに行ってしまい、リョーちゃんもその後をとてとてと追いかけていった。
あの二人いつの間にか仲良しさんになったのかな?うんうん、良きことだ。
もふもふ。
いやぁそれにしてもモフモフだ。
まさにかわいいの化身だ。
ドラゴンではなかったけれど、これはこれでアリです。
モフモフ。
「と、ところで姉さん。そのウサギだけど…面倒を見るつもりなんだよね?」
「うん。もちろん…あ、でもアザレアが許してくれたらだけど…」
私はあくまでも居候の身。
アザレアがダメと言えば…手放す気はないけれど、少し考えなければならなくなるだろう。
恐る恐るアザレアのほうを伺ってみる。
さぁ果たして結果は!?
「ぜんぜんオッケーよ~」
ぜんぜんオッケーでした。
やったね。
「そう…じゃあ姉さん、その子に名前を付けてあげてはどうかな」
「名前?」
「そう名前。その子のような魔素で身体が構成されているような…いわゆる魔物は名前を刻むことで世界に存在が固定される。そうしてあげないと不安になって暴走したりしちゃうからね。野生の魔物が暴れて被害を出すのはそう言うのも原因の一つだ」
「ほうほう名前かぁ~…すぐに決めなきゃダメかなぁ?」
「う、うん…そうして縛ってくれないと危なっかしすぎて気が気じゃないというか…とにかく早く名前を付けてしまおう。なにかいい案はないのかい?姉さん」
「むむむ…」
突然そんなことを言われても困る。
いや…本来なら生まれる前に決めておかないといけないことなのかもしれない。
でもまさかウサギちゃんが生まれてくるだなんて思わなかったし…どうしたものかなぁ。
…ここに母がいたのなら間違いなく「ウサちゃん」とかになるだろう。
精一杯捻ったとしてもせいぜい「サギちゃん」がいいところだ。もしくは「モフちゃん」。
何度だって言うけれど、「くもたろうくん」「ニョロちゃん」「スピちゃん」…これ全て母の命名なのだ。
私じゃない。
いやぁでも正直「ウサちゃん」が可愛くていいんじゃないの?って私も思うよ?思うけれど…さすがに安直すぎる気もする。
よし、ここはひとつ母を超えるために圧倒的センスからくる最強の名前を決めてあげようじゃないか。
いまこそ、私はあの安直命名ブラックドラゴンを超えるのだ。
「うむむむむ…」
「はわわ…メアたんが子供の名付けに頭を悩ませているわ…やっぱりママなのね…おぎゃりたい…あの起伏のない胸に抱かれて眠りたい…」
「ソードぉ~いいんですかぁこの変態さん放っておいてぇ」
「いや放っておいてるつもりはないのだけど…何度暴力的制裁を加えてもゾンビのように立ち上がってくるんだよ」
ぐっ…なんか周りが盛り上がってて思考が乱される…いや!他人のせいにするな!愛さえあれば素晴らしい名前の一つや二つ思いつくはず!ネムの時だってそうだった!
ネムの時はなんかいろいろ捻ったり捻らなかったりで付けたけれど…でもあの時とは違ってウサギちゃんはどう見てもウサギちゃんだし、難しい。
う~む…。
ひとまず正面からウサギちゃんを抱きかかえてその真っ赤な瞳を正面からのぞき込む。
「あなたはどんな名前がいーい?」
「――」
ひとまず聞いてみたけれど、「もひもひ」とふわふわの口を動かしているだけで喋ってはくれない。
ニョロちゃんみたいに声は出せないタイプなのか…はたまた生まれたばかりで言葉を学べていないだけ尚可は定かではない。
よし、こうなればもう…うだうだ考えるのはやめよう。
何かを考えるというのはやっぱり性に合わない。
考えるよりも先に行動、立ちふさがった不都合は壊して進め。ご飯は食べろ。
それが母の教えだった。
ご飯のくだりは私が今付け足した。
というわけで直感だ。
このウサギちゃんを見て浮かんだ名前が正解なんだ。
「よし…では名付けましょう!ウサギちゃん…あなたの名前は――」
もう何も考えるな。
ただその赤い瞳だけを見つめて…そして浮かんだフレーズを一切思考を通さずに口に出す。
その名はずばり…!!
「うさタンク!」
瞬間、周囲の空気が凍り付いたのが分かった。
何なら私も凍りついた。
いったい何がどうなってそうなったのか、思考を通してないがゆえに発言した私ですらわからない。
だがもはや取り消すことはできない…名前を付けるとはそういう事らしい。
唯一の救いはウサギちゃんあらため、うさタンク本人は喜んでいるっぽい事。
機嫌よさそうに私にもふもふとすり寄ってくるのでおそらく喜んでいる…はず…。
ただ今度からはもう少しだけ物事を考えよう…そう心に誓った出来事だった。
きっと考えないと思うけどね!反省は大事。
そんなわけで私の新たな妹分である黒ウサギの「うさタンク」が爆誕したのでした。
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