「小話」をぶん投げる場所

真里谷

【小話】「カミサマ・プロトコル」

「陛下、良い知らせと悪い知らせがあるけど、どちらから聞きたいかの希望だけを伺います。でも、すでに当方にて、どちらから話すかは決めておりますので、その二択は悩むのを選ぶだけ時間の無駄です」

「相変わらず敬意がミクロン単位で感じられないじゃん。お前、本当に臣下なんか」

「そうは言いますが、陛下。確かに、我らが偉大なる帝国は今や宇宙にさえ支配領域を広げるに至り、遺伝子操作とクローン技術の進歩、ならびに知性獲得メカニズムの解明によって、君主制はもはや化石を通り越してサイクルする前の宇宙の産物になっているのですよ」

「神輿は大切に担ぐものだと教わらなかったのか。それでも君主制があることによって、なお完全に統御しきれていない、生物の本能面での『安心』を担保できるから、余が皇帝をやっているのではないか」

「左様です」

「敬え」

「嫌です。私とあなたは、マブでダチなので」

「過度の縁故優先は亡国まっしぐらであると、史書から学ばなかったのか。家庭教師の講義中に寝ていたか」

「陛下、自分は初めから成体で生まれてきましたので、そのようなカビの生えた教育システムによって、不効率な学習を強いられていません。わかっているうえで、軽侮しているのです」

「なお悪い。笑いを通り越して、いきなり死刑制度を復活させたくなったぞ」

「議会が通しません。そもそも、陛下と同じ不老といえども、電脳世界のアイドルとなった美少女たちのほうが抜群に支持率を獲得しております」

「この帝国、本当に余の帝国と言えるのか?」

「そうです。帝国ですから、陛下のものです。陛下は絶対的な権限を有しておりますし、ご自害される時に備えて特別な部屋まで用意されております」

「そんなの作られた事実、今ここで初めて聞いた」

「おっと、とんだサプライズ」

「かつて、フラッシュモブでの求婚に対して、散弾銃をぶっ放した女の気持ちがよくわかった」

「ところで、陛下。あなたの無駄話よりも大切な知らせを二つか三つほど持ってきたのに、どうして話の腰を折るのですか」

「余はお前を自らぶち殺そうと思う」

「うわあ、過激ぃ。これは暗君。御覧ください。この謁見の間は隅から隅までモニタリングされ、自動的に史書に書き加えられておりますので、これにて我が帝国のスーパーノヴァ級暗愚が確定いたしました。払い戻しの確定まで、人券は大切にお持ちください」

「もしかして、すでに悪い知らせの話をしているのか」

「陛下のお考えが少々足りない点は、確かに悪い知らせと言えそうです」

「どうしてこの世から不敬罪が消えたのか、余は理解に苦しむ」

「尊属殺人と同じことです。それが妥当ではなかったからですよ。少なくとも、我々の種族はそのように判断し、帝国が正式な手順によってこれを廃止したわけです。さて、良い知らせですが、『神』の存在を確認しました」

「この流れですごい特盛な報告で、驚きカイザー」

「なんですか、その語尾は」

「余はお前のような相手にも愛される皇帝であるゆえに」

「遥かな昔、『愛されるよりも弑逆したいマジで』というサビの歌が流行したと記録にはありますが」

「たぶん、その記録は粗悪な改ざんで生まれたものだぞ」

「すでに学問の発展により、『神』はその存在が有望されていました。ただし、それは不完全なるものであり、かつての人間が願った絶対者ではありません」

「完全なる『神』を願うから、人は自分で考えることをやめ、技術も誇りもない物乞いへと堕落したのだ。不完全であるからこそ、『神』は『神』たりえる」

「仰せの通りですが、なんかむかつくので、今の発言はすべて誰かの受け売りだったということにしましょう。はい、最優先での共有事項として、帝国データベースへのアップロードが完了しました」

「余の不名誉実績を何個解除したら気が済むのかね」

「陛下、実績は毎日追加されます。世界は無限ゆえに、実績も無限です。ただし、我らもそうですが、『神』も不完全ゆえに有限でした。その居場所は宇宙か、深海か、並列次元や並行世界と規定されるものか。数多の可能性が考えられましたが」

「どこで見つかった」

「自宅です」

「誰の」

「『神』の」

「低所得者向け集合住宅に神格持ちが住んでいるという展開なら、余はお前を粒子レベルで分解するぞ」

「まさか。そんな『テンションが上がりすぎてサビを繰り返しまくるバンドのライブ』みたいな、無体なことは申し上げません。また、例えば、アブラハムの宗教において教会やそれに類する建造物は『神の家』と位置づけられる傾向がありますが、これも違うことを申し添えましょう。さあ、陛下。ずばり当ててください」

「問うな、語れ。余は他の答えを求めぬ。そこまで来た。余の感情を察するがいい」

「察しまして、お望みの話へ。我らが帝国の属する『おとめ座銀河団』、ひいては『おとめ座超銀河団』を統べる偉大にして不完全な『神』は、絶世の美少女でありました。彼女の家は、すなわち『死』です」

「説明を追加せよ。余はそれによって、お前の言動が不可解なステップを踏んでいることに対し、掣肘を加えられると信じている」

「死ぬという現象によって起こる出来事もまた、いくつかが判明しております。少なくとも、ヴァルキュリアに連れられて死者の館へ赴き、エインヘリャルになるわけではありません。ラグナロクやティーターノマキアーやジャッジメントデイが起きるかどうかは未確定。そういった未確定であることが『死』であり、彼女は『未確定』の美少女であり、すなわち『決定していない』ということそのものが彼女の家です」

「意識と抽象度が高すぎて、その発言記録は『歴史』の棚にではなく、『自己啓発』の棚に並べられることになるぞ。もちろん、『科学』も期待するな」

「陛下は、なぜ不老不死になられたのですか」

「不死ではない。不老だ。そして、それは進歩した技術によって達成されたことだ。自明である」

「では、私はなぜ、やがて死ぬのでしょう」

「お前は不死ではなく、ましてや不老でもないからだ。細胞がよみがえらず、死ぬ。そのための施術を受ける資格がない」

「そうです。私はハッキリと死にます。ところが、陛下は死ぬかどうかわからない。老いることがなく、衰えを知らない。不死の施術ではないものの、それは施術者にさえ検証不可能であったために、あくまで明示できる不老に留めている」

「その理解で良い」

「つまり、陛下は『過去も未来も、現在も決定していない、死そのものにして死を知らない存在』と申し上げられます。『神』とは陛下のことなのです」

「マブかよ」

「マブです」

「鏡を持て」

「ここに」

「いつもなら初老のイケメンたる余がいるはずだが、ごっつい美少女がいるぞ」

「ごっついお気づき、慶祝でございます」

「余は美少女皇帝で『神』でもあったのか。栄養過多で直ちに倒れかねん盛り方だぞ」

「陛下、これが良い知らせです。ひいては、悪い知らせもおわかりいただけるでしょう。賢明なあなた様ならば、今この瞬間に危惧を抱いておられるはずです。すなわち、登場人物の一人が『神』そのものであり、しかも古典の小説教本ならブチギレられそうな安易表現としての『美少女』であり、カミサマを確定させるプロトコルとは読者が『なんじゃこれ』と説明しづらい感情を抱く展開である。これらの事実こそが、悪い知らせであると」

「なんというひどいメタだ。第四の壁は、もう少し優しく扱うべきだろう。もう何百年も前に、乳房が小さいことを指して『壁』と形容する行為そのものが無礼であると認識されたのだぞ」

「残念ですが、陛下。乳房の大きさは種族の繁殖能力に関わるため、文明の発展によって貧しい乳房は絶滅したではありませんか」

「ひどいオチに加えて、敵を増やす世界観まで追加している。余はこんな知らせを聞きたくなかった」

「しかし、仕方のないことです。最初に申し上げたとおり、『神』とは不完全なのですから。称賛もあれば、悪罵もあります。それが道理というものであり、存在しうる完全なる不完全です」

「余は、早くこの物語を終わらせたい。いったい余は皇帝なのか、『神』なのか。なぜ大体の『神』に強調のための二重カギ括弧が追加されているのかさえ、余にはわからぬ」

「すごいでしょう、陛下。これはどんな言語に翻訳されても、読者の信教にあわせた最も尊い『神』に類する単語が当てはめられる措置なのです。問題があるとすれば、敬虔な信徒は自らの人生をなげうち、この作品世界を全否定するための行動を起こすでしょう」

「なんて余計なことをしてくれたのだ。場末のテキストが、多言語翻訳の対象になるはずもなかろうが」

「不完全ですので」

「クルト・ゲーデルも『不完全性定理をテキトーな理解で濫用するな』と怒っておろう」

「不完全ゆえに、それを聞き届けることはできません」

「『不器用ですから』みたいに言えば、許されるわけではないのだぞ」

「ところが、陛下。少し考えてみてください。『美少女な不器用女帝』は、かなり許され指数が高めだと思いませんか。ハーレムものなら、メインヒロインとて狙えるでしょう」

「余は主人公ではなく、主人公に性愛を捧げる側なのか」

「カミサマは神様と見せかけて、『おかみさん』の意味だったというミーニングが追加できましたね。良かった良かった。大団円でございます」

「余は、別のハッピーエンドを要求する」

「となると、ハーレムで勝ち残ってご懐妊ですね。まさしく陛下は『ハメられた』わけでございます。こいつは一本取られたや。まァ、一本挿されたわけですが」

「年齢制限が必要になりそうな発言を重ねおって。それが『神』たる美少女で、しかも皇帝たる余への仕打ちか」

「すなわち、『神』とはそういうもの。誰かにとっては至上であり、誰かによっては憎むべきもので、誰かにとってはどうでもいい。不完全で不安定。それは根拠不明な『美少女』なる形容にしてもそうで、絶対的に思われながらも零落する恐怖を内在する『皇帝』にしてもそう。人の世とは、少なくとも我らのような物質次元においては、万物が不完全であることを示す。それがこのプロトコルなのです。ご清聴ありがとうございました。暗転。エンディング。スタッフロール。バックの音楽は平沢進の『上空初期値』」

「せめて、最後にツッコミやすい音楽を持ってきてくれ。余は、それを否定する言葉を持ち合わせておらぬ」

「かくして、第四の壁なきメタな小話は、明確なオチがないままに終わる。これもまた不完全ということなのです」

「オチが弱い。オチが弱いのは嫌だ。余はもっと刺激的な最後の一行を欲する」

「『最後の二行で涙する』とか、『ラスト五分の衝撃の展開でひっくり返る』とか、そういう型に頼りすぎることで、決定された物語の構造に振り回されることになるのですよ。完全とは、すなわち退屈です。それは整っているがゆえに、驚きがありません。決まっているからと、豊かな思考が介在し得ません。ただ完成している。それだけです」

「まるで、すべてを知り尽くしたような物言いをするではないか」

「そうですね。何しろ、この小話の気の利いたオチが本当に思いつかないうちに、なぜか変な方向へ迷い込んだもので。まるでカミサマ目線の語りっぷりですよね」

「駄文……!」

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