エリジウムズ・エッジ~竜騎士の棺~
くしまちみなと
第1話 三ヶ月後
バンッと勢いよく管理局事務所の扉を開けて入ってきたのは、美しい身体のラインがハッキリとわかるぴったりとしたボルドー色のレザーパンツとジャケットに身を包んだ女性だった。腰まで届きそうなハニーブロンドの髪をなびかせて颯爽と歩く姿は、男女の別なくその目を奪ってゆく。
髪フェチ、尻フェチ、胸フェチ、脚フェチの誰が見ても満足いくスタイルの良さだった。
多くの者が彼女の歩く姿を目で追うだけだったが、中には興奮の余り下卑た笑いを浮かべて立ち上がる愚か者もいた。
「姉ちゃん……これから俺と……」
その瞬間、彼女は凍てつくような眼差しで睨めつけ、口元を冷笑で歪めて仰け反るように高笑いを上げた。
「はぁん? ははははは~ん! もう少しマシな口説き文句を揃えておいで!」
「なんだとこのアマ! なめんじゃねえぞ!」
自分から声をかけておきながら、相手にされないと逆上するのは愚者によくあるパターンだった。
「はぁ……三ヶ月くらいしか経ってないってのに、この街もガラが悪くなったもんだね。いいだろう。私をカダス商会のバレンシアだと知った上でケンカを売ろうってんなら買ってやんよ!」
その名を聞いて回りにいた大勢の者たちが息を呑んだが、当の愚か者は分からないようで汚らしい顔を不審そうに歪めながら、周りをキョロキョロと見回していた。
「な、なんだってんだよ! おめえら!」
バレンシアに呑まれた周りの空気が気に入らないのだろう。男は誰彼なく怒気を振りまき辺りを威嚇した。
「本当にやることなすこと雑魚の雑魚だね……。気に入らないってんならかかってきな! 私の胸でも揉めるもんなら揉んでみるがいいさ、このスットコドッコイが!」
バレンシアに煽られて男は顔を真っ赤にして飛びかかった。が、バレンシアは身を低く落とすや脚を回して足払いをかけ、簡単に男をひっくり返した。
男は激しい勢いで後頭部を床に打ち付けたが、バレンシアは気にした様子もなく男の右掌を踏みつけた。
「さて、そちらさんはどうする?」
男が座っていたテーブルにバレンシアが流し目したが、そこに座っていた男たちは関係ないというように必死で手を振って見せた。
それを見てバレンシアは頷き、何事も無かった様子でカウンターに向かった。
「駐機許可と滞在許可。それと領内通過許可をいただきたい」
機体管理書類と旅券をカウンターの上に置きながら、バレンシアは管理官たちの様子を窺ったが、どこにも不審な点は見当たらない。以前ここにきた時のギスギスした感覚もなければ、背筋に感じる怖気もなかった。だからと言って罠が仕掛けられていない証拠にはならない。
「旅の目的は……遺跡探索ですか?」
「そう。東部森林地帯での遺跡探索が目的よ」
応対した管理官は若い女性だった。その様子に不審な点は見当たらない。彼女は書類と旅券を確認し、テキパキと新たな書類を作成していた。
「しかし……三ヶ月でガラが悪くなったわね……。まあ、いきなり銃を向けられたから、物騒さという部分では三ヶ月前のが酷かったかしら?」
「はあ……。城壁修復と場内修復のために流民が多く出入りするようになりましたので……それで、少々素行の悪い者も出てきてしまい申し訳ございません」
「ふぅん……」
管理官の説明を聞きながらバレンシアはロビーの方に軽く目をやった。確かに、服装などが薄汚れた者たちが普通に出入りしているようだ。
「三ヶ月で城壁も修理した……か……」
窓から見える城壁は、現在修理のまっ最中というところだったが、石積みはすでに終わっており、白亜の塗装をしている最中だった。もはや、三ヶ月前にバジュラムによって焼き払われた城壁などと言っても、誰も信じないレベルの仕上がりになっていた。
「滞在許可とのことですが、目的は?」
「あん? ああ……足りない生鮮食品などの買い入れさ」
「承知いたしました。三ヶ月前の襲撃によって現在、物価高騰しておりますので、その点はご了承ください」
「あぁん? 物価高騰? どれくらい値上がりしてるわけ?」
管理官は周りを気にして若干顔を伏せた。そのため、バレンシアはよく聞こうと身を乗り出した。
「ご……」
「五割増かい?」
「いえ……五〇倍です」
「はぁ?」
想像の斜め上をいく高騰振りだった。
「穀類や畑作農地も焼き払われたので、市民も当座の食料の確保に追われている状況になっています」
「嘘だろ……」
「加えて森から追われて狂乱した魔物の襲撃で港もやられ、クラウツェンが保持する商船の類が半減しています。外部から持ち込んだ物資を売られた方が、おそらく儲かるという状況になっています」
「本気……で言ってんのよね……?」
「もちろん」
「教えてくれてありがと」
バレンシアは情報料として、そっと五千ギーン硬貨を書類の下に滑り込ませた。管理官はなにも言わずにそれを受け取ると、にこやかな笑みをバレンシアに向けてきた。
「こちらで書類は揃いました。良い旅をお祈り申し上げます」
「ありがとさん」
バレンシアは書類を受け取ると、そそくさと管理局を後にした。
外に出て城を見上げると、城壁にはいくつもの足場が組まれ、工夫たちが白い溶剤を壁に塗り込む作業を進めているのが見える。何層にも塗る必要があるのか、明らかに塗り終わっている場所も、足場が残されたままになっていた。
「たった三ヶ月でここまで直すか……。さすがはクラウツェン、人の使い方が凄まじいね……」
「姐さん」
駐機場管理局の前で城壁工事をながめていたバレンシアのそばに、派手なシャツを着たランディがいつの間にかやってきていた。
「どうかしたかい?」
「やっぱりクラウツェンはスラム街を潰して市民として受け入れたようでさあ。スラムがあった場所は更地になっておりやすぜ」
「そうか……。一度バリシュに戻ってから、買い物はできないかもしれないが街を見て回るよ」
「へい!」
バレンシアはランディに先導させて駐機場のバリシュに向かって歩き出した。その背を見つめる眼差しがあることを承知しながら。
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