第29話 辻入道
学校帰りの道はいつも不気味だ。落ちていく夕暮れは影の長さを伸ばし、絶妙な暗がりはすれ違う人たちの顔を曖昧にする。
あれは向かいの山田さん。幼い娘さんの元気な様子とは違い、疲れ切っている。あれは同じ町内の羽山さん老夫婦。腰が曲がっているが、2人ともかなり
古びた電気屋を通り過ぎると、一気に
わたしはクラスメイトの影宮さんから聞いた話を最悪のタイミングで思い出す。
「ねぇ、知ってる? 辻の噂。3メートルくらいの身長の男が最近出没しているらしいよ。学区のあちこちで見られているし、ただの噂ではなさそう。話によると、その男を4回以内で振り切ると何も起こらないんだけど、5回目も遭遇してしまうと、呪われるんだって」
さっきの男性が噂のオバケだとすると、まずいかも。家に到達するまでがリミットか。
壁が連なり、家が連なり、ところどころが坂になっているこの道はとても見通しが悪い。私の知っているだけで、3人は事故に遭っている。2つめの辻を見て安堵する。誰もいない。伸び切ったわたしの黒い影だけがある。
辻を出たとき、何やら視線を感じた。何の気無しに振り返ると男がいた。2メートルくらいの身長で黒いコート。妖しげに
撒かなければ。でも。どうやって? 道を変えるしかないのかな。けれど、それで振り切れなかったら、家の中にすら避難出来ない。だけど、呪われるよりマシだ。わたしは3つ目の辻を右に曲がった。男の影がついて来なくなった。
助かった。あの道はもう使えない。裏口から帰るとしよう。壁に張り付くように動きながら、家を目指す。この道に辻は無い。一本道だ。少し遠回りになるが、構わないだろう。
鍵を開けて家の中に着くとどっと疲れが出てきた。まだ両親は帰ってきていないようだ。手を洗おうと洗面台へ向かう。
「え」
鏡に映っていた。身長が3メートルを超えている黒いコートの男。絡まったケーブルのように首をくねらせてリビングの匂いを嗅いでいる。リビングに戻ったら、この男と出くわすことになる。手洗いは適当に済ませ、階段を上がる。すると、階段の上から男の首が顔を覗かせている。どこにも逃げられない。
男がこちらを見て、初めて笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。笑った。わたしはその笑顔から抜け出せなくなった。
「誰ニ聞イタノ?」
「影宮さん……」
「ジャアネ」
男は消えた。そこにいたという痕跡すら残さず。彼の笑顔は人間の表情ではなかった。威嚇行動。それに見えて仕方なかった。
影宮さんが死んだ。笑顔で死んでいたようだ。
これも所詮噂だが、誰かを呪い殺そうとして影宮さんがあの噂を広めたらしい。わたしが憎まれていたのか、あるいはわたしをスケープゴートにして呪いの因果から逃れようとしたのか。
真実は分からない。
ただ、わたしが学校帰りの夕暮れの道を歩いていると知っているはずの人々の様子がおかしいのだ。向かいの山田さんは頭に大きな角が生えており、娘さんの腕を齧っている。娘さんはまるで人形のように大人しい。羽山さん老夫婦の首がキリンのように長く、その目は誰かを探しているようだった。
辻を曲がったせいなのか、あの日から日常が完全に狂ってしまった。それからは辻を曲がらず、まっすぐ家に帰るようにしている。
真っ黒な瘴気が漂うリビングでわたしは。緩やかな狂気に飲み込まれようとしていた。
♦︎♦︎♦︎
どうでしたか、ぼっちゃま。
これはちょっと薄気味悪い内容だったね。
古来より、辻では魔性に遭いやすいもの。もし主人公がこの噂を全く知らなければ、何も被害には遭っていなかったでしょうね。
この影宮って子、呪い返しされたのかな。
というより、呪いに叛逆されたのでしょう。使われている側が主体に変ずるのはよくあることなのです。飼い犬に手を噛まれる、といったところでしょうか。
怪異としては何なの?
これは“
怖くなければ?
人間と変わらないでしょうね。
ばあやがお話してくれる舞台設定には神籠町が多いよね。どうして?
わたくしもここに住んでいた時期があるんですよ。今では東京のばあやですが。
ばあやの人生も聞いてみたいな。
ふふふ、なかなか波瀾万丈で聴き応えのある話が多うございますよ。
続きはまた今度だね、おやすみ。
おやすみなさいませ、ぼっちゃま。今宵の
妖し怪し語りはここまでにございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます