第5話 不思議な味

1時間目は体育の時間だった。


今日は外での体力測定。

グラウンドで一人ひとりボール投げの測定をしている。


俺も含めて順番待ちをしている生徒は校舎が作る陰に座り込んでいた。

待っている間は暇なので、黒坂さんのことをアロマさんに話してみることにした。


(黒坂さんとはもとは幼馴染だったんだ。家も近所だったからよく遊んでいた)


(ほうほう。幼馴染にしては黒坂さん呼びは距離があるね)


アロマさんは俺の右側で雲のようにふわふわと、うつぶせのような姿勢で浮いていた。

大きな綿あめをポップコーンサイズにちぎって食べつつ聞いている。


彼女を横目で見つつ、俺は肩を落とした。


(…小学生までは璃々音ちゃんと呼んでいた)


(あー、わかった。思春期ってやつだ)


(そうだ。中学に上がると男子と女子の堺は明確になってきて、一緒に遊んだり登下校したりすると冷やかされるようになった)


(人間ってそういうとこ不思議だよね。最終的にはくっつくのにさぁ)


心底わからないと言いたげにアロマさんは首をかしげる。

そういわれると確かに不思議だ。


(一度距離ができてしまえば縮めるのは難しい。気づけば名前なんてとても呼べなくなっていた)


(うーん…。それは悩むねぇ…)


しばらく空白の時間が流れる。

アロマさんは羽ばたいているのに、音もしないし空気の流れも変わらない。

計測の声と賑やかしの声が聞こえる。野球部のヤツがクラス新記録を出したらしい。


(ところでさぁ定宗くん。璃々音ちゃんと挨拶した時、何考えてた?)


急な話題転換に驚いてアロマさんを見る。

彼女は宙に浮いた状態で腕を組んでいた。


(急になんだ?何って…今日も可愛いなとか…)


誓って朝っぱらから変なことを考えてなどいない。

アロマさんは口元に手をあて、目を伏せて考え込んだ顔をする。


(うーん…それにしては精気の味がなんか妙なんだよね)


(妙とは?)


(混ざってるみたいな…。昨日食べた味に別の味が混ざったミックス状態ってかんじ?)


精気のミックス状態と言われてもまったくイメージがつかない。

そもそも味があるのか。


(どんな味なんだ?)


(定宗君の精気は新鮮野菜を調味料なしでかじってるみたいな味)


(なぜだろう。なぜかわからないが物凄く恥ずかしいな…)


新鮮野菜みたいな味の精気ってどうなんだ。褒められてるのか。

というかどんな味だろうと恥ずかしく思うような気がする。


(へぇ、恥ずかしいものなんだね。大丈夫、健全な味だから自信もって)


アロマさんはきょとんとした顔をしたあと、俺に向かって親指を立てた。 

何の自信だろう。そしてもしかして不健全な味もわかるのだろうか。

俺はプライバシーを失いつつあるのかもしれない。


俺の葛藤をよそに、アロマさんは綿あめをほおばりつつ味の分析をしていた。


(混ざってるほうは生クリームと砂糖とメレンゲ…みたいな甘い味)


(野菜と生クリームが混ざった味か。…言っては何だがあんまり美味しくなさそうだな)


(そぉだね~。できれば別々で食べたいかも)


そう言ってうなづくわりに、大きかった綿あめは屋台で売っているくらいのサイズになっていた。

綿あめを見ていた俺に気づいてアロマさんが言う。


(いうて食べられるからね~。無駄にはしません。お腹空いてるし)


そのまま当然というように綿あめを食べ続ける。

アロマさんは雰囲気と違い、結構真面目な人なのかもしれない。


そうしている内に測定をするために俺の名前が呼ばれた。

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