第26話 涙の海に溺れる冤罪
次期国王陛下が直々に面倒を見ると言われれば、王様も目を見開く。オクタヴィア王都での勉強や知識は優れたものとなり、必ずやオーフィリア国の為になる。
しかもだ、ルーカスが側に置き、その知識を与えるとまで言った。これはオーフィリア国にとって、重宝な取引。
「ルーカス殿、そのお言葉は誠信用しても……」
「約束する。ラーハルドは俺が面倒を見る」
強く言い切れば、王様はラーハルドに視線を向ける。
「我が息子、ラーハルドよ、オクタヴィア王都に渡り、修学することを許可する」
「学び得た知識を持ち、必ずや戻ってまいります」
「待っておる」
ラーハルドは、いつかルーカスにお願いしたことが叶い、とても嬉しそうに微笑む。
この国を出たい。もっともっと世界を知りたいから、口添えをして欲しいとお願いした約束を、ルーカスはちゃんと守ってくれた。
今までもたくさんのことを教えてくれたし、ルーカスはラーハルドが知りたいと思ったことを、真剣に受け止めてくれた。いつだってルーカスはちゃんと向き合ってくれる。
だからルーカスが好きなんだと、改めてルーカスを好きになる。
「ラーハルド、私はこの国を守り、もっと良い国にするつもりだ」
オーフィリアは誰もが羨む国にしたいと、エリオットが声を掛けた。
今まで敬遠してきたエリオットからそれを聞き、少しだけ目を丸くしたラーハルドは、優しく微笑むエリオットを初めてちゃんと見た気がした。
次期国王として育てられたエリオットは、常に忙しく、会話などもほとんどしたこともなく、なんとなく毛嫌いしていたが、この人はこんなにも優しく笑うのかと今知った。
「修学を終え、戻ってきた暁には、ぜひ私を助けて欲しい」
ラーハルドの力が必要なのだと、エリオットは素直に協力を求める。
二人でオーフィリア国を変えよう。そう言われたような気がして、ラーハルドは目頭が熱くなる。エリオットはちゃんと国のことを考えていたのだと、しかもラーハルドとともに一緒に変えていきたいと願っていたのだと、心の内を初めて知ることが出来た。
ラーハルドはエリオットに頭を下げると、
「必ずやお力に」
強く声にした。
謁見の間は、怒涛の如く数々のことが起こり、ようやく落ち着きを取り戻した頃、王様が兵に命令を下した。
「マリッサ=アルバーノおよびエミーリア=アルバーノを、牢へ連行しろ」
命を受けた兵士たちが二人を取り押さえる。
「待て」
連行される二人を引き留めたのはルーカス。
「ルーカス王子、なぜお引止めを?」
罪人である二人を呼び止めたことに、エリオットが驚きの声をあげたが、ルーカスは真剣な表情でマリッサを見る。
「フォリアに罪を着せたままで、逃すわけにはいかぬ」
「ルーカス王子?」
「女神の涙を仕込んだのは、お前か」
射抜くように鋭い視線でマリッサを見れば、真っ青な顔でこちらを見た。これ以上罪を重ねれば、どんな刑罰を受けるか分からないと、マリッサは血が滲むほど唇を噛んで口を閉じる。
女神の涙の件は、フォリアに罪を着せたままにしておけば、これ以上の罪は課せられないと、マリッサは罪を隠そうと無言を貫く。
それが気に入らなかったルーカスは、フォリアを床に降ろすと、マリッサの元へと歩く。
「黙秘か」
「……」
「ならば、俺から火あぶりの刑を申し渡すとするか」
冷酷な表情で、ルーカスは生きたまま焼かれる刑を王に言い渡すと口にする。当然マリッサの顔から血の気が引く。
例え隣国の王子とは言え、ルーカスの言葉は絶対であり、王様はそれを実行するだろうと、マリッサは震える口をようやく開く。
「――ァ、待って」
張り付いた喉から上手く声が出てこない。マリッサは恐怖におびえながら、ルーカスの足元に座り込んだ。
「どうした、黙秘を続けるのではないのか」
「女神の、……涙を、――っ」
床に手をつき、マリッサは絞り出すようにそこまで声を出す。罪を認めてしまっても、罪名が変わるか分からない。その先を口にすることで何が起こるか分からないと、マリッサは恐怖に怯えながら床を見つめる。
その姿を見下ろしながら、ルーカスはこの場でフォリアの罪は晴らすと心に誓い、甘い誘惑を誘う。
「真実を話せば、生かす」
死罪にはしないと言ったルーカスに、マリッサがガバッと顔をあげる。生きられる、いや、生かしてもらえる。
「フォリアの服に女神の涙を入れたのは、私です」
「相違ないな」
「間違いありません。私がフォリアに罪を被せました」
「皆、しかと聞いたな」
マリッサの言葉をもって、フォリアが盗みなどしていないことを証明するとルーカスが言えば、皆がそれを信じてくれた。
私の無実をルーカスが晴らしてくれた。視界がまた歪む。止まらない涙に、ルーカスが
ゆっくりと歩いてくると、そっと指で拭ってくれる。
「泣かせてばかりだな、すまぬ」
微笑むように涙を拭ってくれるルーカスが優しすぎて、私の涙はとめどなく流れる。
「ルーカス様が優しいから……」
「俺は泣かせたくはないのだがな」
そう言いながら、ルーカスは静かに抱き寄せる。早く泣き止めと。
けれどその温かさが、優しさが涙を加速させる。嗚咽まで混じって、私はどうにも泣くことを止められない。
「……フォリア」
泣き止まない私を抱きしめながら、ルーカスは困ったように眉を寄せ、アイシャに助けを求めるが、こればかりはどうにもできないと、アイシャはそっと頭を下げる。
打つ手なしで、ルーカスはそっと髪を撫でる。
「どうすれば、お前の涙は止まる?」
「……っ、く……」
「参ったな、笑顔にさせるつもりだったのだが」
まさかこんなに泣かれるとは思わず、ルーカスはフォリアを抱き寄せたまま、頬を掻いた。
そんな状況を変えたのは、王様。
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