スパイとして冒険者学校に潜入していたら氷の悪役令嬢と炎の王子様をガチ恋させてしまったかもしれない。~ミミックミッション~

ダブルヒーローꙮ『敵強化』スキル

スパイと悪役令嬢

その1の1「逃走と追跡」


 大陸の西端に、菱形に突き出た陸地が有った。



 その南に位置する大国、ハースト共和国。



 中心である首都から西に向かうと、スタンボールドという都市が有った。



 それなりの規模の都市で、首都ほどでは無いが栄えている。



 ……現在時刻は夜の9時。



 日が沈みきった暗闇の街。



 中流のアパートのそば。



 そこに一台の猫車が止まっていた。



 体格の良いダガー猫が引くそれは、荷車では無い。



 客車だ。



 閉じられた扉の奥に、二人の男が座っていた。



 少年と、三十代くらいの男だ。



 少年の方は、外見年齢は17歳ほど。



 身長は、180センチよりも少し高いくらい。



 綺麗な銀髪を持つ、この世に二つとない美貌の少年だった。



 隣に座る男は、平均より少し高いくらいの身長だった。



 茶色い髪は、ほどほどに整えられている。



 容姿はブサイクでは無いが、平凡。



 どこにでも溶け込んでしまいそうな、ありふれた外見をしていた。



 二人ともがスーツを着用していた。



 そして少年の方はなぜか、季節外れの赤いマフラーを首に巻いていた。



「ストロングさん」



 少年が、退屈そうに口を開いた。



「いちいち俺たちが出張るような仕事なんですか? これが」



 それに応じて、隣の男も口を開いた。



「わからんさ。だから待機する必要が有る」



「…………」



「そう腐るな。そして油断するなよ。カイム。


 ……相手はスパイ。


 つまり、おまえと同じ人種なんだからな」




 ……。




 アパートの階段を、大勢の制服警官がのぼっていった。



 その一団を、40歳ほどの私服の刑事が率いていた。



 彼の名は、デニス=ジェボンズ。



 警部だ。



 やがて警官たちは、とある一室の前で足を止めた。



 コンコンと、先頭のデニスがドアを叩いた。



「エミリオさん。


 エミリオ=バドリオさん。


 いらっしゃいませんか?」



 返事はなかった。



 少しの沈黙の後、デニスは部下に命じた。



「蹴破れ」



「よろしいのですか?」



 命令を受けた警官が、そう尋ねてきた。



 少々乱暴な命令に思えたのだろう。



「蹴破れと言っている」



 デニスは端的に、再度の命令を下した。



 ただの捜査であれば、デニスもいきなりここまでの事はしない。



 だが……。



(今回は、スパイが相手なんだからな)



 彼らの今回の仕事は、スパイ容疑者の拘束だ。



 曲者が相手だ。



 悠長なことをしていれば、逃走の隙を与えることになる。



 そう思ったデニスは、乱暴で手っ取り早い手段を選ぶことに決めたのだった。



「……了解しました」



 命令を受けた警官が、木製の扉の前に立った。



 鍛えられた足腰から、鋭い蹴りがはなたれた。



 そのとき。



「えっ……?」



 爆炎が、警官たちに襲いかかった。



 警官の蹴りに反応し、扉が爆発を起こしたのだった。



 突然に衝撃を受け、警官たちは地面に転がった。



 デニスも例外では無かったが、彼はすぐに立ち上がり、部下の一人に駆け寄った。



「生きてるか……!?」



「なんとか……」



 ドアを蹴破った警官が答えた。



 火傷や衣服の損傷などが見られたが、死ぬほどの怪我ではない様子だった。



 仕掛けられていたのは、殺害目的のトラップでは無かったらしい。



「治癒術をかけてやれ!」



 デニスはそう命じながら、部屋へと駆け込んでいった。



 LDKには容疑者の姿はなかった。



「チッ……!」



 デニスは隣の寝室に駆け込んだ。



 そこにも容疑者の姿は無かった。



 だが窓が一つ、大開きになっているのが見えた。



 デニスは窓に駆け寄り、アパートの裏手を見下ろした。



 するとスーツ姿の男が、サーベル猫に跨っているのが見えた。



 窓から飛び降りたいという衝動をぐっと抑え、デニスは部下たちに指示を下した。



「ホシは外だ! 黒いサーベル猫で北に逃げた! 追え!」



 無傷だった警官たちが、慌てて階段を駆け下りていった。



 その様子は、デニスにはなんとも頼りなく思えた。



「連中の力を借りることになるか……」



 デニスは苦々しい顔でそう呟いた。




 ……。




 爆発の音は、外にまではっきりと届いていた。



 外には二人のエージェントが乗る猫車がある。



 臆病なダガー猫が、爆音にびくりと体を強張らせた。



「派手好きみたいだな。今回のターゲットは」



 猫車の中で、ジム=ストロングが口を開いた。



「スパイとしては三流ですね」



 カイム=フィルビーは、見下したふうにそう言った。


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