経験値を稼がないと死ぬぜ!
二時間十秒
第1話 カウントダウンスタート!
俺は座席に深く身を預け、電車の揺れに身を任せていた。
通勤通学時間帯から外れた地方の路線では、他の乗客と間隔を空けて座れるくらいに車内はすいている。
今日は年度末の強制有休消化で仕事が休みなので、いつもと違ってすいた時間帯の電車に乗れて快適だ。
絶対にプレイしたい某ファンタジーRPGのゲームソフトが近日発売されるのだが、これが俺の持っていないゲーム機専用。
結構値が張るんで今まで見送ってたんだけど、そろそろ年貢の納め時。他にもそのゲーム機でしかプレイできないゲームがいくつもあるし、買い頃かなというわけで、地元より安く買える家電量販店に行くため俺は電車に乗っている。
毎日のしんどい労働してるんだから、ゲームくらい好きにやって英気を養わなきゃな。
特にファンタジーは好物だし、ちょっと、いや結構値は張るが生存のための必要経費よ。
ふっふ、楽しみだ。
めくるめく冒険を思い浮かべつつ俺はスマホの画面に視線を落とす。
その時、なんの前触れもなくそれは起きた。
俺がいる車両の床に突如として光の線が縦横に走っていた。
「なんだ、これ」
呟いている間にも、線はどんどん伸び、光は明るさを増す。
俺以外の乗客も、光を困惑した様子で目で追っている。
中には立ち上がる者もいる。
俺も立ち上がり左右を見渡すが、どうやらこの車両だけに光は――これは――。
「魔法陣? ゲームの召喚演出で出てくるみたいな――うわっ!」
そう思った瞬間、光は線に沿って床から天井まで伸び、俺――大宮(おおみや)陸翔(りくと)とこの電車の5号車に乗っていた人間は、この世界から消えていた。
光に包まれた俺達は、どこかに向けて浮遊しているようだった。
それは俺だけでなく、車両にいた他の乗客達も一緒に光の中を飛んでいる。
あれが召喚するための魔法陣だとしたら、どこか別世界にでも俺達は行くのかなあ、と思いながら無重力を体験していた俺の耳に、奇妙な音が聞こえてきた。
『ミ……ツ……』
なんだ? 今の音は――いや、音だけじゃない!
音が聞こえたと同時に、視界にノイズが走る。
光が乱れる。
『見つけた――』
その瞬間、周囲は完全な暗黒になった。
光も、一緒に異世界に召喚されていた他の乗客の姿ももう見えない。
(なんだ? 何か異常事態が起きている。
召喚も異常だが、さらに重ねて異常なことが……!)
叫ぼうとしても頭の中でぐるぐる回るだけで声は出ない。
だが何かがおかしいことだけはわかる。
『お前が――』
突然胸の奥が燃えるように熱くなり、体内で打ち上げ花火が炸裂したような錯覚とともに、俺の意識は遠のいていった。
「ん……う……」
ほっぺが冷たい。
気がついて最初に思ったことはそれで、次に思ったのは、
「ここ、どこ?」
開いた目に映し出された景色の感想。
俺は草木の生えない荒野にいた。
冷たいのは、そこに突っ伏していて、頬が振れた地面がひんやりしていたからだった。
「やっぱり変な場所に召喚されたのかな」
どう見ても俺が本来いるべき電車の中ではない。
そして電車の中で一緒に魔法陣に飲み込まれた他の乗客の姿もない。
異世界にやって来て、さらに俺だけイレギュラーではぐれてしまったという状況らしい。
まじかー。
異世界に来ることになるとは思わなかったな。
というか異世界が本当にあるとは思わなかったな。
でもあるものは仕方ないし、いるものも仕方ない。
事実は事実として受け入れよう。すべてはそこから始まるんだから。
「とりあえず……歩こうか。ここはいくらなんでも何もない」
俺が目を覚ました場所は、冷たい土の上だった。
半径一キロメートルくらいの緩やかな円形のすり鉢状になっている荒野。クレーターのようにも見える。
靴の下からでも冷たさが伝わってくるし、なんだか奇妙な場所だ。
遠くの方には草木が見えるし、とりあえずはそこまで歩いてみることにした。
喉も渇いてきたのに、この荒れた窪地じゃ水の一滴も飲めないんだから。
「それにしても、まさか俺が異世界に来ることになるとはな。でもまあ、なんとかなるでしょ」
ファンタジーなゲームは好きだし、今日電車に乗ってたのも、それをやるためにゲームハードを買いに行ってた途中だったわけだし。逆にファンタジーな世界に来れて良かったまである。
と、こんな風にポジティブに考えるのが何事も大事。
ネガネガしていいことなんて一つもないんだから、悪いとこより良いとこ探ししていこ!
「お、そろそろ荒野が終わった」
草木のないクレーターに似た荒野の端っこまで行くと、そこからは草原になっていた。想像だけど、地面がひんやりしてたからゴツゴツした固い地面+地面の冷たさのコンボで草が生えられないのかもね。
しかしここからは緑溢れる世界が広がってる。
ということは、喉の渇きを潤すものにも期待できる。
膝くらいの草をかきわけつつ、俺は進んで行く。
「お? あれは動物……いや変な動物だ。まさかモンスター?」
草の中を茶色いちょろちょろしたものが動いていた。
体高が膝くらいまである大きなネズミのような姿をしている。
その大きさもさることながら、目を引くのは、発達した前足と前足の爪。
その爪は異様に長く鋭く刃物のように銀色に輝いている。
(絶対普通の動物じゃない。目もなんか赤く光ってるし)
ファンタジーな世界につきもののモンスターっぽい。
だとしたらここは……。
うん、やりすごそう。
何も好き好んで戦う必要はない。
平和主義でいこうじゃないか。
それに何より、剣も盾もなければ魔法が使えるわけでもない。
ゲームだってモンスターと戦うのは装備くらい整えてからなのに、現実で何もなく戦うのはないわー。
ということで、身を伏せてしばらくじっとしていると、ネズミは俺に気付かずいずこかへと走り去って行った。
「でもすごいな、モンスター初めて見た。ドラゴンみたいなエグいモンスターもいるのかな、一回見てみたいな。よっと」
土を払って立ち上がり、再び草原を歩こうとしたそのはずみに気付いたものがあった。
「お。実がなってる」
草原の中に、ベリーの茂みがあったのだ。
ラズベリーのような赤いぷちぷちした果実がたくさん実っている。
早速食べてみると、水分たっぷりで甘酸っぱく美味しい。喉の渇きを美味しく解消することができた。
喉を潤しお腹を満たした俺は、草原を再び歩いて行く。
観察しながら歩くと、結構ベリーの茂みはあった。食料に困ることはなさそうだ。
また動物も、一つ目のバッタとか、角が前後にあるカブト虫とか、変な虫も結構いて面白い。さすが異世界、常識は通用しない。
とりあえず飢える心配がないとなると、異世界感を楽しむ余裕も出てくる。
変な動物とか変なモンスターとか、そういうの面白い。
「食料もあるし、気候も温暖だし、危険なこと何もないな。のんびり旅を楽しもう」
俺はのんきに草原を歩き、たまにベリーを食べて、まばらにある木陰で休んで、と異世界を満喫したのだった。
「ふあ~」
木陰で木の幹にもたれて座ると、眠気がやってくる。
ここまで歩き通しだもんな。
ちょっと休むか、気持ちいい天気だし。
そよ風に吹かれながら目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。
――カチ、カチ、カチ、カチ――
『時間だ』
「ぐ、ううぅぅうあああああああ………………!!!!!」
耳の奥で時を刻む音が聞こえた気がした、その瞬間、俺は自分の口から出た絶叫で目を覚ました。
「ぐ、が……な、なんだ、胸が……ああぁぁぁあ!!!!」
痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛い!
胸が、心臓が、凄まじく痛い。
真っ赤に灼けた鉄の杭をゆっくり差し込まれているような、熱いのか痛いのかわからなくなるほどの苦痛が体内で炸裂している。
全身から脂汗がどっと噴き出し、芋虫のように身を丸めて転がることしかできない。
「あ……なんだ……あ、ぐ……これ……」
死……。
死ぬのか?
俺……。
「……っ!? はぁーっ……はぁーっ………………はぁ、はぁ……消えた?」
唐突に嘘のように、胸の痛みが消えた。
一秒前までは烈火の如く痛んでいたのに。
なんだったんだ?
息を整え、汗を拭い、考える。
こんな経験はしたことがない。
『我が飢えを満たせ。我が渇きを満たせ』
声!? でも、音じゃない。
こいつ直接脳内に……!
同時に、目の前にSF映画で操作してそうな空中の半透明ディスプレイが出てきた。
=================
オオミヤリクト【貪食心臓の所持者】
◆現在レベル 0
◆目標レベル 1
◆必要経験値 0 / 10
◆残生存時間 0:58:26
=================
ディスプレイにはこのような表示が出ていた。
ちなみに◆残生存時間の数字はいかにもヤバそうな赤色で表示されていて、0:58:26から25,24,23,と刻々と減っている。
これは……いや……まさか……。
残生存時間。
減っていく。
さっきの心臓の痛み。
「これ0になったら、俺死ぬのでは?」
ディスプレイに表示されている【貪食心臓の所持者】という文字は、他とは違い青色で表示されアンダーラインが引かれている。
俺をタップしろ!と言っているようなので、指でちょんとそこを突っついてみると、新たなディスプレイが開き、そこには新たなメッセージが表示された。
【あなたはいまや貪食心臓の所持者です。心臓は所持者が得た経験値を喰らい、蓄えます。心臓が満腹になるだけの量を時間内に得ることができない場合、心臓は爆発を引き起こし、あなたは必然の結果として死を迎えます】
……まじか?
【残り時間がわずかになると、心臓は爆発の前兆を示します。また、所持者に速やかな経験値取得を促すため、時間表示が赤くなります。この心臓の情報はいつでも閲覧可能であり、閲覧できることも心臓の持つ能力です】
さっき胸が死ぬほど痛んだのはそれが原因だったのか。
「……ってことは、」
【この心臓は により制作された魔道具です】
魔道具。
ファンタジー異世界なら、やっぱり魔法の力を持った道具あるんだな。
心臓に取り憑くような奇妙な魔道具が、なんの因果か俺の心臓に宿ってしまったってことみたいだ。
「なぜ? いや、なぜとか考えてる場合じゃない」
魔道具の制作者の名前が消えているのも気になえるけど気にしてる場合じゃない。
だって。
「あと57分以内に経験値を稼がないと死ぬんだよ!」
こうして俺の経験値稼ぎが始まった。
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