第105話 裏方の悲哀その2 ダンジョンマスターはブラック?
ナオが何者か、ダンジョンコアの存在意義というのは分かった。しかし、そうなると……。
「ある意味個人的なことになるし、答えたくないならそれで良いが、なんでナオはそこまでジャネットを敵視してたんだ? 言っちゃなんだが、あれとお前は同僚みたいなものだろ」
「それは…………」
俺の問いかけに苦虫をダース単位で噛み潰したような渋面を浮かべる。そこまで言いたくないことなのだろうか……?
「さっきも言ったように、言いたくなければそれで良いが――」
「……ただ、気に食わないだけです」
「気に食わない?」
……なんだ、それは?
俺の考えが透けて見えたのだろう。ナオは補足するように話す。
「あの娘、ジャネットは陛下だけじゃなく、グリュンさまとティムさまにも気に入られています。それが、わたくしには気に食わない。なにかを成した、というわけでもないのに」
本当に忌々しいと思っているのだろう。噛み締めた口から、ぎりぃ、と歯の軋む音が聞こえた。
そも、俺にはグリュン、ティム
意外にかわいらしい理由に吹き出しそうになった。だが、本当に吹き出してしまえばナオが気分を害するのは間違いない。なんとか腹に力を込めて耐えてみせた。……もっとも、顔まで我慢できたか分からない。おそらく、ナオがなにも言ってこないから大丈夫だったのだと思いたい。
……しかし、ここで口を開けば我慢した笑いが漏れてしまう。なんとか平常心を保たなければ。そう思い、しばらく無言のまま時が過ぎる。
そのことに、ナオもなにも言ってこなかった。あるいは、俺が悩んでいるとでも考えたのかもしれない。見当違いの思いやりであるが、俺にはそれが助かった。
しばらく時が経ったことで落ち着くことができた。俺はあらためて口を開く。
「お前がジャネットを気に食わない理由は分かった。良く話してくれた」
頭を深々と下げて礼をする。まさか俺がそんな行動をすると思っていなかったナオは慌てていた。
「マスター……! そんな、頭を上げてください」
「あぁ、ありがとう」
言われるがまま頭を上げる。ホッとした様子のナオが見えた。彼女はきっと、意味が分からないのだろう。
しかし、俺からすれば知らなかったとはいえ、彼女へ恥をさらすことを強要したのだから、頭を下げるのは当然だった。
あるいは、いずれ彼女も理解するときが来るのかもしれない。いまはまだ、そういった機微に乏しいということでしかなく、いずれ学習するのは容易に想像できた。
……ともかく、これで安心できた、と言って良い。
なんのことか、と思うかもしれないが、ナオがコアという道具ではなく、一種の意思持つ存在である以上後ろから刺されたり、寝首をかかれる可能性を否定できなかった。
だから俺は知る必要があった。本当にナオは安全なのか、信用、信頼して問題ないのか、ということを。
その結果は是。もし、ナオが少しでも嘘や誤魔化しをしていれば信用はともかく、信頼はできなかった。それこそ、最悪何らかの方法で従順にしつけるか、意思を貶めてこちらに逆らえないようにしなければならなかった。
だとすれば、ナオに今後のことを話しても問題ないだろう。むしろ、意見を求めるべきかもしれない。情緒云々はともかくとして、知略、知謀の点で見るべきものは十分ある。
「ときにナオ、今後のダンジョン運営について話がある」
「今後の、ですか?」
急な話題転換に着いていけないのだろう。こてん、とかわいらしく首をかしげる。
……良く良く考えると、確かにナオは行動の節々に幼く見える点があった。今回の首をかしげる動作のように、だ。俺ももっと良く観察すべきだった。ここは間違いなく反省点だ、気を付けよう。
ともかく、今後のダンジョンのことだ。大枠はナオを呼ぶ前に考えていた案で問題ないだろう。
「あぁ、結論から言えばかなり特殊な運用をしようと思っている」
「特殊、ですか……」
「うむ、簡単に言うと今の入り口を隠して、新しい入り口と内部を創って、訓練所兼アイテムを稼ぐ場所にしてみては、と考えている」
元ネタで言えばハック&スラッシュ、ハクスラ系のゲームを参考にしよう、というわけだ。
これがどういうことかというと、初級のダンジョンで戦闘経験や装備を獲得させて、場馴れさせつつ、ある程度強くなればさらに高位のダンジョンを用意して同じことを繰り返し戦力を向上させようという目論みだ。
これで最終的に自軍を精鋭に育てつつ、王国軍へ対抗するための地盤を創る。それと同時に可能であれば帝国の力を借りないで済むようにもしたいところだ。たとえ王国を退けても帝国の属国になっては意味がない。このダンジョンが公国領土にある以上、ある程度公国の外交に状況を左右されるのは自明の理。さりとて、座してそれを見続けるつもりも毛頭ない。そのために、公国がある程度の力を持つ、というのは必須事項なのだ。
それだけじゃなく、こちら。つまり、ダンジョンも独自の戦力を秘密裏に確保するつもりでもある。確かに現状、公国とダンジョンは一蓮托生ではある。が、それがいつまで続くか分からない、という問題もある。
もしも、公国と袂を別つことになった場合、独自の戦力を持っていなかったダンジョンが、どのような結末へ至るのか。考えるまでもないだろう。流石にそれを容認するほど俺は能天気ではない。
そして、その整えた戦力の隠れ蓑になるのが今後整備する予定の中級、上級ダンジョン。つまり、表向きはダンジョンで兵士の練兵をしつつ、裏ではモンスターに対人戦闘経験を積ませる、という策。
もっとも、これは保険の策という位置付け。できれば、こちらとしても公国とは袂を別ちたくない、というのが本音だった。
なにしろ、人間たちの帰属意識はあくまで公国にある。ダンジョンにはないのだ。そこで手切れしてしまえば、どうなるかなんて考えたくない、というより考えるまでもなく結果が見えている。
たとえ住人たちを
そうなると、やはりリーゼロッテとの連絡を密にする必要があるだろう。それだけではなく、新たなダンジョン候補地も早急に策定しなければ。
「……ふぅ、忙しくなるな」
「マスター……?」
俺のため息を不思議がるナオ。そういえば、彼女の教育も必要になる可能性があるのか、とさらにため息が出そうになった。
いっそ、外交はセラに丸投げしてジャネットに押し付けてしまおうか、なんて邪念が鎌首をもたげる。が、それをしたところでナオが従わないだろう。
「儘ならないもんだ……」
今後のことを考えて頭を抱えそうになるが、そんなことをしても先に進まない。今はひとつひとつ仕事を片付けるため、邪念を振り払うこととした。
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