第26話 相談役、という餌

「なんとか、なったようだな……」


 ダンジョンの最奥部でルードの報告を聞いていた俺は、ほぅ、と安堵のため息をついた。なにせ、今回派遣したルードたち、ゴブリンライダー隊は現状ダンジョンで、ボスであるストーンゴーレムを除けば最高戦力に等しい。

 それに、そうでなかったとしてもルード自身も今の状況では替えがきかない人員であり、本音で言うなら、こんな木っ端な戦線に派遣などしたくなかった。


 それでもせざるを得なかったのは、あの二人の侵入者だ。


 彼女らの実力を考えれば、下手になぁなぁな態度で戦力を派遣すれば、後に笑えない状況になりかねないのは想像に難くない。ゆえにこちらが誠意を見せる必要があり、虎の子のゴブリンライダー隊、それに幹部候補のルードを派遣したわけだが……。


「しかしなぁ……」


 俺はがしがし、と頭を掻きながら嘆息する。どうやらあの二人相手だと、このダンジョンの戦力では分が悪い。という評価も過小評価だったようだ。実際のところ、分が悪いではなく、殲滅される。というのが正しいようだ。

 まさか、主戦力として派遣する筈だったゴブリンアーチャーが戦場に到着する前に決着がつくとは……。

 それに報告通りなら、にわか仕込みのアーチャーが到着したところで、どこまで役に立ったのか。


「本当に、頭が痛くなるな」


 彼女ら二人が現れたことによって開拓村を殲滅する、という当初の案は悪手となった。当然だ、一度守るために戦力を派遣した以上、今度は殲滅するために戦力を送る、というのは組織としても外聞が悪すぎる。

 ……まぁ、もともとダンジョンと人間は敵対関係にあるのだから、そこはそこまで気にしなくても良い気がする。ただ単に、本当にそれを行おうものなら、あの二人を敵に回すため全力で回避しなければならない、というのが現実だ。


 俺は苛立ちとともに、ちぃ、と舌打ちした。


「姫騎士だけでも厄介だと言うに。あんな女騎士までいるなんて聞いてないぞ」


 水色の女騎士。ルードの話を聞く限り、彼女は氷の魔法を操り滑るように移動して敵を討っていった、という。

 疑うつもりは毛頭ないが、それが本当なら魔法の出力を上げれば周囲一帯を銀世界へと変えることも不可能ではないだろう。下手すれば危険度で姫騎士を越えるのは想像に難くない。


 あの女体化した兵士に謀られた……?

 いや、それはあるまい。あの状況、命乞いをしていたときのあいつは、とてもじゃないがそこまで頭を巡らせているようには見えなかった。なら単純に知らなかった、もしくは思い付かなかった。あるいは、あのとき俺が問うたのは周辺状況だったため、あの女騎士についての情報が省かれることになった。こんなところか。


 そうなると、あの兵士にはまだ利用価値があるかもしれない。俺は手遅れかもしれないが、あの兵士近辺の映像を表示させる。そこにはある意味予想通りだが、ゴブリンに嬲られ白濁に彩られた兵士の姿。

 俺はまだ兵士に思考能力が残っていることを祈りながら、ゴブリンたちに兵士を解放するように命令するのだった。






 兵士をゴブリンから解放させたあと、俺はハンスに身体を清めさせ、この部屋へと連行させていた。

 正直、最初はファラの方に清めさせるべきか、とも考えたのだが……。さすがにルードの妻、しかも身重の女性にそんなことをさせるのは憚られたのと、何よりルード以外のゴブリン相手にトラウマを再発させる可能性もあったため、ハンスへ任せることとした。

 それに、これも元男なのだから、なにか問題が起きる可能性だって否定できない、と思ったのだが……。


「…………ひっ」


 俺の眼前で怯える女。これは、念のためハンスを護衛としてそばに控えさせていたが、それすら必要なかったかもしれない。

 しかも、それだけじゃない。こいつ、怯えているのは確かなのだが、それでも瞳の奥に劣情が浮かんでいる。それに、元男の筈なのだが、所々女のような所作を見せている。

 何だかんだ、半日以上ゴブリンたちに嬲られていたのだ。頭に、そして何より身体に自身が女である、ということを叩き込まれたということだろう。

 それが、幸か不幸かこいつに自身が女となった、女であるという自覚を叩き込んだ。

 まぁ、それはどうでもいい。それよりも――。


「さて、半日ぶりだな?」

「……は、はい」


 自身に着せられた襤褸きれをぎゅ、と握りながらか細い返事をする。


「な、んで……。俺を――」

「……ん?」

「……っ! ――ふ、へへ。あたし、でした……」


 俺が少し疑問の声を上げると、こいつはびくり、と身体を震わせ、媚びた笑みを浮かべ一人称を変えてきた。自身が男みたいな話し方をしたことに、俺が気分を害した、と考えたらしい。

 別にそんなつもりはなかったが、やつからすれば、俺の機嫌を損ねればまたあの地獄に逆戻りなのだから必死なのだろう。それはそれとして……。


「そういえば、貴様の名を聞いていなかったな?」

「は、はいっ! 申し訳ございません、アラン、アランと申します!」


 必死の形相で、懇願するように叫ぶアラン、と名乗った兵士。こいつの叫び声がうるさく、少し顔をしかめると、絶望に顔を歪ませ、涙目になっていく。

 ……正直、面倒くさい。と、思い、ふぅ、とため息をつく。それに反応してびくり、と震えるアラン。

 このままではまともな話も出来まい。だから、俺はまずこいつを安心させるため、なるべく優しい口調で話しかける。


「……そう怯えなくてもいい。約定通りお前の命は奪ってないし、これから話すことで俺の役に立てば、あの場へふたたび送るのもやめてやる」


 その宣言にアランはぱぁ、と明るい表情を……?

 明るい表情なのは確かなのだが、それだけではないな。これは……、残念に思っている?

 なるほど、そういうことか。さんざん嬲られ、快楽を叩き込まれたんだ。それを急に取り上げられたら、色々と持て余すか。

 その証拠、というほどではないが、アランの白い肢体が桜色に薄く染まり、軽い発情状態にあるのがわかる。

 なんというか、こいつ。元々被虐趣味があったのかもしれないな。しかも、本人が自覚していない状態で。まぁ、そちらは後で考えるとしよう。それよりも今は。


「実はアラン、貴様があそこに落ちたあと新たな侵入者が来てな」

「……侵入者、でございますか?」

「あぁ、貴様のところの姫騎士どのだ」


 ひゅ、と息を飲む音が聞こえた。こんなところに姫騎士が、公国の切り札がくるなぞ想定外だろう。しかも俺が無事で、そんな話題を出す。ということは今、やつの頭には最悪の可能性が過っている筈だ。事実、アランの顔は蒼白になっている。姫騎士が敗れたのであれば、もはや助かる可能性など存在しない、と言っていいからな。

 まぁ、それは勘違いな訳だが。


「それで、とある理由から今、姫騎士どのと俺は協力関係にある」

「…………え?」


 困惑。それも仕方あるまい。本来なら救助、もしくは後詰めとして来た、と考えるのが普通だからな。それなのに、その姫騎士と俺が協力している。アランにとってこれほど絶望的な情報もない。その証拠に、こいつは恐怖でかたかた、と震えている。


「しかし、そこは重要じゃない。俺が知りたいのは別のことだ。侵入者は姫騎士どのとは別にもう一人いる。水色の髪をした女騎士だ。彼女のことは聞いてないからな」


 さっきとは別の意味で青くなるアラン。きっと、俺が責めているように聞こえているだろう。情報に抜けがあったぞ、と。

 がくがく震えながら、アランは弁明するように女騎士のことを話す。


「そ、その方はアリア、氷塵のアリアと呼ばれた元傭兵の騎士さまで、リーゼロッテさまの剣の先生です!」

「……ほう?」


 リーゼロッテ、姫騎士どのの名前だったな。つまり、姫騎士どのの師匠か。とんだ大物が出てきたもんだ。

 それはともかく。


「なるほど、よくわかった。ふむ……」


 アランの前で考え込む、振りをする。俺の中でこいつの処遇はすでに決定済みだからだ。俺はこいつを……。


「……決めたぞ、貴様はしばらくの間。俺の近くで待機してもらう」

「…………えっ?」


 ぽかん、とした顔を見せるアラン。やつの間抜けな姿に笑いそうになるが、それをこらえて真面目くさった顔で告げる。


「あそこに落としたままで、必要なときだけこちらに呼ぶ、というのは面倒だからな。相談役、というやつだ。そして、役に立てばそれなりの扱いをしてやる」

「……あ、ありがとうございます!」


 必死にペコペコ、と頭を下げるアラン。やつの奇行を見ながら、俺は今後の目的を修正するため、ルードへ連絡を取るようナオヘ告げるのだった。

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