第33話 ステント
がんが食道を圧迫していて、文字通り、ものがのどを通らない状態。
私が理解できずに言葉も冷静さも失っている間、夫はしばらく私と先生の顔を交互に見比べていた。
先生は相変わらず、微笑を浮かべたまま、でもどこか神妙に見えるような不思議な表情をしながら淡々と結果だけを話す。最初の先生のように感情的になられたら、静かに聞いていられないだろう。
夫が言った。
僕はとにかく薬とか変なものはやりたくない。なので、ステントにします。でも、このまま何もしないということはできるのでしょうか。本当ならば何もやりたくないんです。
これからもポジティブにご自分の人生を楽しむためにも、どちらかを行うことをお勧めします。私からはどちら、とは言えないのですが。
すると、夫は先生に、先生だったらどうしますか?と尋ねた。
そうですね、私だったら放射線かな。放射線やってだめだったらステントってできるけど、その逆はできないですからね。きっとそんな風にすると思います。
そうか。やっぱり先生は僕とは違うな。ステントにします。
その後は早かった。ステントは、口からカメラを入れるような形で行うという。また、つらいだろうな、と思いながらも、努めて平常を保つようにしていた。
夫がステントにする、この後手術になる、ということを私はミチコに伝えるべきなのだろうか。それとも夫が逐一報告しているのか。
後味が悪いのも嫌なので、ミチコに決定事項だけ伝える。こんな時、顔を見ず、声も聞かずに用件だけ一方的に伝えられるLINEは便利だ。
すぐに返事が返ってきた。
私も病院行ってもいいですか?
どうぞ、というのもしゃくだが、ダメともいえない。
そうですね、コロナで長居できないと言われているし、身内だけと言われているので、そこらへんは適当に言っていただければ大丈夫です。
我ながら事務的でいかにも冷たい感じだなと思ったが、時間を持て余していそうなミチコとダラダラとLINEでおしゃべりするほど、こっちは暇じゃない。
夫の手術が終わるのをぼんやりと待っている間、ミチコのことを考えていた。そういえば、子供はできたのだろうか。これからどうするつもりなのか。夫から資金はもらっているのだろうか、などなど。
奥さん、旦那さんの妹さんがお見舞いにいらっしゃいましたよ、という看護師さんの声で我に返った。
相変わらず安物の服を着たミチコが病室の入り口に立っていた。
奥さん、こんにちは。
ミチコが私を奥さん、と呼ぶことに違和感を感じたのか、看護師さんがいつまでも去っていかない。
あら、ミチコさん、忙しいのにありがとう。私は努めて冷静を装って言ったが、手のひらに爪の後がくっきりとつくほど、手を握りしめていた。
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