第26話危機?

 








「ぜぇりゃあぁぁ!!」



「――ぎゃうぅぅん!?」




 ゲルトの剣が最後の一匹となったマッドウルフの胴体に致命傷を与え、マッドウルフの断末魔が響き渡る。



「……周囲に魔物の気配はなし……馬車を進めてください!」



 他の群れや茂みに隠れた魔物が居ないかアーデリアの索敵が行われた後、俺やルイが乗る馬車が前に進み始める。





 ――魔物の出る樹海に入ったガトラーは、行きと同様に順調に魔物を狩りながら慎重に馬車を進めており、特に危なげなく王都への帰路についていた。



 ルイも魔物の出る樹海には少し緊張はしていた様子だが、数回の魔物達の襲撃を経験したおかげか、もうそれほど緊張をしているようには見えないのである程度魔物に慣れたのかもしれない。







「―――なぁ、なんか変じゃないか?」




 ふと、戦闘が終わって魔物達の死体を横目に見ながら常に馬車の前を歩いていたゲルトが何かに気が付き、辺りを見渡しながら声を上げ、全員がゲルトへ視線を向ける。



「んー?何がだ?」



「襲ってくる魔物……時々怪我をした奴がいないか?」



「……そういえば、足とか胴体に怪我をしてるウルフが数匹居ましたね。その時は弱っててラッキーくらいに思ってましたけど、今思えば確かに変だったかも…」



「魔物が縄張り争いや他の冒険者達に怪我を負わされる事は別に不思議じゃないが、怪我をした魔物は傷を癒す為に巣穴に戻る事が多い……なのに、俺達が樹海に入ってからかなりの頻度で『負傷した魔物』と遭遇している……数匹程度なら気にならないが、こうも多いとちょいとばかり嫌な予感がするな」




 数刻前、王都を出発してこの魔物の出る樹海に入った時は、今の様に負傷した魔物の姿は殆ど見受けられなかった。



 だというのに、今現在、このガトラーに襲い掛かってくる魔物……ウルフ系やゴブリン達の中には瀕死とまでは行かないが、かなり深い傷を負ったまま、馬車に襲撃を仕掛けてくる魔物が数多く見受けられる………らしい。



 ……俺とルイは、ずっと馬車の上で隠れていただけなのでそんな事一切気が付きもしなかったが、ゲルトはもちろん、アーデリアやポートも何となく違和感には気が付いていたようで、ゲルトの指摘に神妙に頷いている。(リードディヒは……魔物の様子など特に気にしてはいなかったっぽいな)



「王都を出る際に聞いた情報だと、今日この樹海を通る冒険者パーティーは他に居ないはずだ。つまり、魔物の負傷は人間が原因…。弱い魔物達が縄張り争いをしていただけなら問題はないが、念の為もう少し森の外周を通るように動こう。おやっさんもそれでいいか?」



「構わねぇよ、時間にはまだ余裕はある。魔物相手なんだ慎重になりすぎるなんて事はねぇだろ」



「助かる……コナー君もそれでいいか?」



「大丈夫です」




 元々、ガトラーの仕事を見学しに来た俺にとってはこういった臨機応変に動く時こそ見て学ぶ機会も増えるというもの。



 皆には悪いが、1人社会科見学気分でのほほんと傍観させてもらおう。



―――ぎゅぅ……



「ん?……ルイ?」



 ゲルトの決断で進路を少しばかり森の外周よりの遠回り方向へ変えた際に、近くで座っていたルイが不安からか、俺の裾を掴んでくる。



「ご、ご主人!万が一の時はオレが【水魔法】で魔物をやっつけるから!ま、任せてね!」



「……怖い?」



「こ、こわくないょ!!」




 めっちゃビビってた…。




 んー、よくよく考えれば子供を連れて魔物の出る樹海に入るのは良かったのだろうか?



 もちろん【エココ村】にルイ1人置いていく選択肢などないのだが、心の準備もさせずにいきなりガトラーに乗せたのは早計だったか?



 せめて、ガトラーの見学が終わって俺の【アイテムボックス】を周知させた後であれば【アイテムボックス】内に避難させる事も出来たのだが…。




「ルイ?一応念の為に伝えておくけど、もしこの後何か問題が起きて、怪我なり命の危機ってなったら、俺の近くから離れないでね?そうすれば大丈夫だから」



「うぇ?」




 ルイにだけ聞こえる様に耳打ちでそう注意を投げかければ、ルイは呆けた表情で俺の事を見返してくる。



「―――安心して?俺が絶対にルイを守るから」



「ふあ?!」



 御者のおっさんに聞かれでもすれば『お前は【アイテムボックス】スキルだろ?それでどうやって守るってんだ?』と訝しまれる可能性もあったので、ルイを安心させる為に小声で伝えたが、当の本人のルイは小さく奇声を上げて何故か俺から顔を逸らしてしまう。



 なんだ?声を押さえる為に顔を近づけたのが嫌だったのかな……?



 まだ会って1時間ぐらいの間柄なのだし、男同士で顔を引っ付けても嬉しい事はないかと納得し、俺は元の位置に座り直す。




「あ、ありがと……ご主人…」



「ん?うん」



『ゴブリンの群れ!数は5,6匹です!!』



 ルイの耳が微かに赤く染まっている気もしたが、アーデリアの魔物の襲来を告げる声に釣られてそちらに意識を向けた俺は、特に気にする事なく事の成り行きを見守るのだった。








――――――――――

――――――――

――――――








「…止まれ……何か来る…」



「「「…………」」」




 樹海の外縁部を迂回していこうとした俺達は、少々時間は掛かれど順調に王都へ向かって進む事が出来ていたが、あと少しで樹海の出口と言う所でゲルトが静止の声を上げる。



 「…ゴブリンやウルフの足音じゃ…ないな……来るッ!」



――ベキベキベキッッ!!!!



「ガァァァァァァァァァァァ!!!!」




 ゲルトの声と共に木を薙ぎ払いながら飛び出てきたのは、俺がどう足掻いても勝つ事など不可能と言えるだけの迫力を持った…大熊。



「【ビッググリズリー】…?なんで樹海のこんな端っこにまで来てるんだ!」



「マジかくっそ!あいつ相手に馬車を守りながらとか無理過ぎんだけど!」



 ゲルトとリードディヒはすぐにあの大熊の正体に気が付いた様子。声には出していないが、ポートも顔をしかめてビッググリズリーを睨んでいる事からゲルト達3人は全員知っている魔物のようだ。



 アーデリアと御者のおっさんはビッググリズリーの名前すら知らなかった様子で、只々目の前の魔物が強敵な事しかわからない様子。



 …もちろん、俺とルイは知ってる知らない以前の問題なので、馬車の上で肩身を寄せ合っているだけだが。




「リード!ポート!俺達3人でビッググリズリーを倒すぞ!…すまないがアーデリア!君はガトラーの護衛をしながらこの場から退避してくれ!なんでこいつがここにいるのかは知らないが、このままだと絶対に馬車が破壊される!」



「え、でもそれじゃ3人が……」



「俺達の心配はしなくていいよ!時間は掛かるが以前にもビッググリズリーは討伐した事がある!だから馬車を頼む!」



「……ッ!……おじさん!!」



 リードディヒの発言がこちらを安心させる為の嘘か事実かは不明だが、アーデリアはこのままだと護衛対象の馬車や非戦闘員の俺達が危ないと理解したようで、悔しそうに顔をしかめながら御者のおっさんに馬車を転回させるように指示を出す。



「え、あ、ちょま――」



「行け!!絶対に生きて帰ってこい!」



「…ッ!!はい!!」




 馬車は、すぐさまビッググリズリーのいる場所から離れるべく、来た道を全速力で戻り始め、ビッググリズリーとその場に残してきたゲルト達3人の姿が小さくなっていく。



「ちょちょちょ!アーデリアさん!待って!…一旦ゲルトさん達の所に戻っ―――」



「駄目です!!コナーさんもゲルトさん達の思いをわかってください!!私達は全員が死なない為の最善手を取るしかないんです!……たとえ!死ぬ可能性が高かったとしても!!!」



「いや、だから絶対に死なない様にする為に一度…」



「おじさん!!今この場で戦えるのは私だけ……申し訳ないけど、ある程度の馬車の破損は覚悟してください」



「はッ!そんなもん気にするな!……あいつらの覚悟を見て馬車の一つや二つ。壊れた程度で文句なんぞいわねぇよ!!」




 アーデリアも御者のおっさんも覚悟が決まった表情になっており、何が何でも生きて、生き延びて……ゲルト達と再開するのだという心の声がこちらにまで聞こえてきそうだ。



「いや、助かるから!助ける事出来るから話を聞いーー」



「えぇ!私達は助かるわ!絶対にッ!」



「――ッ!!嬢ちゃん!あそこに魔物の群れが!」



 漲る闘志に2人が燃え上がっているタイミングで、ちょうどゴブリン達が馬車に奇襲をかけようと接近しているのに気が付くおっさん。



「数は6……1人じゃ少々心もとないけど…やるしか、私には選択肢が無いのッ!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」












――――ボォォォォォンッッッ!!!!




「――きゃッ!?」「――うおぉ!?」




 魔物に向かって駆け出すアーデリアを追い越すように放たれたがゴブリン達に直撃し、その爆風に2人が驚く。







「―――だぁかぁらぁぁ……少しは人の話をきちんと聞きなさい!!パニックなのはわかるけど冷静さを失ってる状態で『生き残るんだ!』って叫んでても意味はないから!!と言うか完全にフォルンの事忘れてるよね!?こんな騒ぎの中一切起きてないけど、一応アーデリアさん以外にも戦力いるから!!寝てるけど!!!」



「「あ……そうだったッ!?」」



「すぴー……ひゅぴー……Zzz…」



 樹海に入ってからほぼ瀕死の魔物ばかりでフォルンが居なくても順調に進めていた所為で起こす必要も無かった為、全員の記憶の中からフォルンの存在が消えていたらしく、アーデリアもおっさんも爆風で髪が吹きあがった状態で間抜けな呆け面を晒す。



 ちなみに、今の火球は以前にやって見せたフォルンの魔法を発動させる際の癖を利用した【熟睡式おてて魔法】である。……ちなみにこの名前はフォルンが適当に名付けただけなので俺の趣味じゃない。



「さ!早くゲルトさん達の所に戻って!急がないと手遅れになるかもなんだから!!」



「い、いや!確かにフォルンの事を忘れていたが、仮にフォルンの魔法があっても馬車を守りながらじゃ流石に……」




「大丈夫ですから……全員助かる為に行動するんですよね?なら俺を信じてください」



「……ッ……!…」



 アーデリアは俺の真剣な表情に言葉を詰まらせ、信じていいのか?それとも初志貫徹の気持ちで全員を連れて逃げるべきなのかを逡巡する。




「――任せていいんだな?」



「おじさん…?」



 アーデリアがすぐに答えを出せずにいるのを横目で見ていたおっさんが、俺に声を掛けてくる。



「えぇ、俺なら全員必ず生きて帰せます」




「……よし、わかった!なんか知らんが、どの道何もしなきゃ誰かは死んじまいそうだからな。坊主の案にのってやろうじゃねぇか」



「…はい!」



 おっさんは俺の何を見て信じてくれたのかはわからないが、今はゲルト達の救出が最優先。いらぬ問答をしている時間は無いので、俺の言葉を信じてくれて動いてくれるだけでも助かる。




「――アーデリアさん!ほら早く!!」



「え?あぁもうッ!!わかったわ!でもせめて説明ぐらいはしなさいよ!!」



 頭を悩ませていたアーデリアも馬車を動かすおっさんが俺の事を信じて行動を始めたのを見て覚悟が決まったのか、ヤケクソの様に馬車に乗り込む。



「もちろんです……俺は―――」




 馬車は急ぎ、ゲルト達のいる樹海の出口付近へ走り出し、俺は移動をしながら説明を行うのだった。









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