4 ふかふかベッドに勝るものってありますか?

 ぬかるんだ地面を力任せに歩き回ったり、獣道の蔓を薙ぎ払ったり。

 ヒトは歩くのだけでも大変だと実感しながら道なき道をパティエンテは進んでいた。


(太古はこのような道を開拓してきただなんて……翼も牙も爪もないのにヒト、凄すぎます)


 まさかこのような状況で改めてヒトの力強さを実感するとは。

 パティエンテはヒトを脆い生物だと思っているが弱いと侮ってはいないのだ。


「足がとられますね……」


 ぶちりと蔓を引き千切りながらあてもなく前進する。


 ヒトは凄いと感じた所で、この場所は特殊だ。

 普通の人間はそのような獣道を敢えて進むなど考えもしない。

 もしも彼女と同じ道を進む者がいたとしたら、山に慣れた狩人か冒険者ぐらいだろう。


 それもそのはず。

 彼女の居る場所はアルミラ大森林。

 大自然が作りだしたロースラグ王国を守る防壁である。


 大自然である意味ではドラグニア辺境領も天然の防壁ではあるのだが、あそこはドラゴンたちの楽園だ。

 攻め入ろうものなら一瞬で消し炭にされる。

 とはいえ基本的にドラグニア辺境領のドラゴンたちは人間に友好的だ。


 大自然とはいえ、人間の生活圏も確保されている。

 ヒトとドラゴンとの交流が盛んに行われており、集落もそれなりに点在していた。

 加えてヒトにとって危ない魔獣も定期的にドラゴンが狙って捕食しているのだ。


 しかし、アルミラ大森林は違う。

 ロースラグ王国のドラゴンたちが寄り付かない土地だ。


 魔獣が間引かれず放置されているアルミラ大森林。

 生態系の頂点たるドラゴンが居ないそこは常に強力な魔獣が跋扈していた。


「こんな森、やっぱり誰も寄り付かないわけです」


 大木の隙間には蔓を初めとした低い木がびっしり。これでは翼を休めようにも休むスペースが無い。

 大型のドラゴンでは、獲物が地を覆う草むらの中に逃げられると狩猟もやりにくい。


 そして何より、ヒトが少ない。


 ロースラグ王国のドラゴンは人間が好きだ。

 獲物の狩猟もやり辛く、人間すらいないアルミラ大森林には翼を伸ばすメリットが何も無いのである。


「先程感知した場所はここですかね……?」


 辿り着いた先。


 ちょっとした穴蔵があるはずだとパティエンテは考えていたのだが。そこは大きな岩の窪みのようだった。

 先に行くにつれて細くなっている。ここは洞窟の入口なのだ。


 岩肌に背を預け、今後について考える。


 この深い森を超えるとミネルウァ公国だ。

 そこまで行けばきっとロースラグ王国のもの達も追っては来ないだろう。


(あれ? そもそもこの森ってもうロースラグを出てましたっけ)


 せっかく覚えた地理が既に頭から飛んでいる。

 興味が無いものを必死に詰め込んだだけ偉いというものだ。


 アルミラ大森林に関してはミネルウァ公国もロースラグ王国も半ば放置している場所だと記憶している。

 魔獣や根を張る木々が強力すぎて開拓が困難な場所だ。


 どちらかの国が攻め入ったところで魔獣の腹の中。

 ドラゴンだってドラグニアから遠いこんな森まで来たくはない。

 ならばうやむやな国境線として置いておこうと、そんな感じらしい。


 ドラゴンに本来は国境などない。翼の赴くまま自由に空を駆る生き物なのだ。

 ただロースラグ王国のドラゴンは例外だった。

 国民の一翼として数えられる代わりに人間社会の規範を(出来るだけ)守っている。


 聞けばミネルウァ公国は小国の寄せ集めで多民族国家らしい。

 その特性上、人の集まりやすいお国柄なのだとか。

 であれば自分も上手く溶け込めるはずだとパティエンテは考える。


(起きたらまず人が多くいる場所に行きましょう。身に着けている宝石を手放すのは惜しいですが、渡せば助けてくれるはずです)


 パティエンテは首飾りを握った。

 首飾りには大粒のルビーが嵌め込まれている。

 父竜が彼女に独り立ちの祝いとして渡した。彼が溜め込んだ宝石のひとつを装飾品として加工したもの。


 お気に入りで、他の人間も価値のあるものだと言っていたから役に立つだろう。

 

 人間だってドラゴンと同じで宝石が好きなのだ。


 ドラグニアに居た頃は貨幣の概念をよくわかっていなかった。でも、ヒトの世界で生きるのならばお金が大切だとわかる。

 

 ドラゴンには貨幣なんて小さなものは扱い辛いものでしかない。

 大きな獲物や自分の鱗と人間のモノを交換していたのだ。

 人間との貿易は物々交換が現役だった。


 とにかくヒトの街についたら装飾の宝石を渡して代わりに住めるように教えてもらって。

 服も汚れてしまったから新しいものが欲しい。

 家は……無くてもいいけれど、ヒトは屋根の下に住むものだから必要なのだろう。


 考えて考えて、避けに疲れが溜まってきた。


(いまいちこの身体ではサイズ感が掴めませんね)


 広い天井を眺め、辺りを見渡す。

 魔力探知では身体が丸められるぐらいの穴蔵だと思ったが、今の身体では大きな洞窟だ。

 多少ザラザラとした岩肌が気になるが贅沢は言ってられない。


(ああ……コットンの寝具が懐かしいです)


 人間社会で暮らした経験。ごはんの量さえ除けば何もかもが素晴らしいものだった。

 

 故郷ドラグニアではヒトが作ってくれた藁のベッドで眠っていたが、やはりコットンのふかふかベッドには叶わない。

 ヒトの身体になって初めて布団にダイブした時。その気持ちよさを生涯忘れはしないだろう。

 パティエンテはすっかり人間の生活の虜となっていた。思い出すと名残惜しくなるほどに。


「とにかく2日程眠りましょう」


 眠りとは最も簡単で有効な回復手段だ。

 捕食されるような殺気を感じたら起きられるように気を付けて。


(先ほどのイキり蛇のような身の程知らずが他に居るとも思いませんし)


 意識を落としても問題は無いはずだ。

 今度はしっかりと意図して眠る。

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