裏切りものだと婚約破棄されたドラゴン令嬢の恩返し~王子様はうっかり半殺してしまいました~

シナジー180s

1 人外は人になるなって酷くないですか?

 薔薇の咲き誇る庭園。

 そこに居るのは意思の強そうな琥珀の瞳を持つ少女だ。


 少しだけ彼女には刺激の強い香りだけれど問題はない。これぐらいは我慢出来る。

 風と共に流れてきた強い香りから意識を逸らせた。


「もうすぐ終わりますよ」

「ありがとう。髪の長さが上手く調整できませんでした」


 庭園の薔薇よりも深い深紅の色。下ろしていたら膝裏にまで届きそうな長い髪だ。

 艶やかな髪は侍女の手によって整えられ、編み込まれている。


 そこらの人間が着れば霞んでしまうような髪と同じく深紅のドレスをぎこちなく着ていたが、決して衣装だけに目が向かないほどに少女は美しい。

 むしろ衣装や装飾のひとつに至るまでが彼女の引き立て役を全うしていた。


「ねぇ、どこかおかしい所はありませんか?」


 庭園を歩いていたところで髪が乱れ、侍女にまた髪を結いあげてもらっていたのだが、今日はいったい何度その質問をしたか。

 身嗜みを整えられていた少女が緊張気味にして今日何度目かの問いかけを侍女にした。


「貴女ほど美しい人はおりませんよ、パティエンテ様」


 パティエンテ、それが彼女の名前だ。


 正確にはパティエンテ・ラ・ドラグニア


 ――ドラグニア辺境伯令嬢。

 それがこの国における彼女の身分である。


「良かったです。それにしてもヒトっていつもこんなにも窮屈なものを纏っているのですね」


 見る者が見れば目を引ん剝くほどの逸品であるドレス。

 それをただの布のようにペラペラと捲る。


 すかさず侍女が「はしたないですよ」と嗜めた。


 そうか。これははしたない行為なのかとぱっと手を離す。

 ふわりとスカートが揺れた。


 それもそのはず、パティエンテは先ほど初めてドレスを着たばかり。


 比喩ではなく、文字通りにの服を着ていたのだ。


「アルトスは喜んでくれるでしょうか」

「勿論でございますよ、アルトス殿下は貴女を愛していますもの」

「そう、……かしら。ええ、ええ。彼はわたくしを愛していますとも」


 わかっていますと頷くき、パティエンテは婚約者、アルトス・ロースラグを思い浮かべた。

 光に輝く金色の髪と、自分を見つめる深緑の瞳はいつだってキラキラと輝いていて好ましい。


「貴女のように美しい人間はこの国にもそう居ませんよ」

のはとても大変でした」

「存じております」


 この国、ロースラグ王国の第一王子であるアルトスはいつだってパティエンテを優先していた。

 だから大丈夫だろう。きっと褒めてくれる。心配しなくても大丈夫だと言い聞かせた。


 宝石のような輝きを持つ彼が、今の自分の姿を映す様を想像してパティエンテは微笑む。


 今日は特別な日。

 正式にドラグニア辺境伯令嬢とロースラグ王国第一王子の婚約が結ばれてから、初めてのお披露目の日だった。

 だからこそパティエンテはアルトスに釣り合いが取れるよう、精一杯に身嗜みを整えていたのだ。


 もちろん今日この日、彼女のめかしこんだ姿をアルトスは一度も見ていない。

 他の貴族や要人と同じく初めてその姿を目にするのだ。


「さぁ、ホールへ向かいましょう。大丈夫、貴女は誰が見ても美しいヒトです」

「ありがとうございます」


◆◆◆


 かくして、その時は訪れる。


「人間の姿になるなんて裏切りだ!婚約を破棄させてもらう! パティエンテ・ラ・ドラグニア! 許さない。絶対に許すものか!」


 常は蕩けるような瞳を向けていたアルトスは何処へ消えたのか。

 キッとパティエンテを睨みつけ高らかに宣言した。


「金輪際ボクに関わるなッ!」

「なっ、何を言っているんだアルトス」


 煌びやかな祝いの場が騒然とした。

 混乱する父王の言葉すら第一王子には届いて居なかった。


 睨みつけられた先にいるのはもちろんパティエンテだ。

 何故怒鳴られているのか彼女には分からなかった。何故憎悪に染まった瞳で睨み付けられているのかわからなかった。


 きっと褒めてくれると思っていたのに。何時ものように撫で回してくれると思っていたのに。

 何故、何故、何故。

 少女の顔は困惑に染まっている。


「そんな人間のような顔でボクを見るなッ!」


「まって、待ってくださいアルトス! どうしてそのようなことを言うのです!」


 はっとして我を取り戻したパティエンテは食い下がる。


「気持ち悪い。そんな姿のヤツと婚姻などするぐらいならば死んだ方がマシだ!」

「そんなっ」


 そうか。見た目が悪かったのか。

 気に入ってくれると思い、必死に繕った姿。彼が気に入らなかったというのなら仕方がない。

 どれだけ時間がかかるかわからないけれど作り直そう。

 

「この姿が気に入らないというのならば変えます。だから、」


 アルトスとは半年ほど会えない日々が続いていた。見せられる姿をしていなかったからだ。

 そしてやっと見せられる姿になっていた。

 けれども好みではなかったようだ。


 今度はどんな姿がいいのか教えて欲しい。

 そう伝えたくて、パティエンテは口を開こうとして――


「黙れ裏切りもの」


 冷たい声に遮られた。


「ドラゴンという最も美しい人外が人間になるなど許されない。。」


「は?」


 ぽかんとパティエンテは呆けた後に言葉を捻り出した。


「以前、あなたは『どんなキミでも愛している』と言っていたではないですか」


 が、火に油を注いでしまったようだ。

 口火を切ったアルトスは止まらない。


「言った。だと言うのにその美しい姿を捨て去るなど裏切りでしかないだろう。ドラゴン人外が人間の姿を取ろうとした時点で最悪なんだ。愛する人間を裏切っておいて、人間のような顔でさも自分が被害者のような顔をするな。そもそもなんだその姿は。取ってつけたような大きな瞳とハッキリした目鼻立ち。それでいてすらっとした手足なんて。胸にわざわざ脂肪なんてつけて。はぁ、世間一般的小綺麗なパーツの寄せ集めじゃないか。人間になったというだけでも許されないのにそのような面白みのない姿になるなど悍ましい。人化した時点で美しい人外ドラゴンでは無いんだよ。ただの醜悪な肉袋――ギァアッァア」


 延々と話続けるアルトスの身体が宙に舞った。

 ゴキュリッとおおよそ人体から出る音とは思えないものが鳴った。


 更に瓦礫が崩れる音。

 壁にアルトスが叩き付けられたのだ。遅れてどさり、とずた袋のように彼の身体は地へと落ちる。


 ザクロを投げた後のようにひび割れた壁が紅く染まっていた。

 

「はぁ、……はぁ、あ」


 そしてその下手人は散々罵倒されていたパティエンテ嬢その人である。


 瞳孔は縦に割れ、破れたドレスからは深紅の太い尻尾が飛び出ていた。

 びちゃり、と尾から液体が滴り落ちた。

 ドレスと尾が同じ色で気付かなかったが、よく見ると水気を吸ったような色になっていた。


 誰かが気付く。

 深紅は深紅でも血染めになっているのだと。


「き、きゃぁぁあああ!」


 びちゃり。ぽた、ぽた。

 静まったホールに流れた確かな水音を聞いて一気に会場が狂乱に包まれた。

 

「兵を、兵を呼べー! パティエンテ嬢が乱心した!」

「誰かアルトス様の治療を!」


 怒号の中にパティエンテは呆然と立つ。

 彼女とて何が起こっているのか変わらなかった。


 冷静にアルトスの話を聞こうとして、感情が爆発してしまったのだ。


 どうしよう。こんなつもりじゃなかったのに。

 皮膚を突き破り飛び出た己の尾を両手で抱える。


 王の指示によってパティエンテの周りには精鋭も精鋭。

 近衛兵がずらりと取り囲んでいた。


 避難の指示に従い、逃げていく貴族がちらりと彼女を見る。

 誰の目も恐怖に染まっていた。髪を整えてくれた侍女さえも。

 先ほどまでの同情の視線は何処にもなかった。


「わ、私は……」

「ご覚悟を」


 チャキリと近衛兵が剣を構える。

 その中で彼女の優秀な耳はこんな言葉を拾った。


「パパ、ここで命を賭けてお前たちを護るからな」

「神よ、我らをお助けください」

「エリー、最期に会いたかった……」


 ――いや、待って? あまりにも私、悪役すぎではありませんか。


 そりゃついカッとなって力加減を誤ったけど。でも、事故といえば事故なのだ。

 途中まではちゃんと冷静に聞いていた。途中までは。


 不意にやってしまった自体にパティエンテとて大混乱していたのだ。けれども相手は待ってくれない。


 的確に隙を付くべく背後のひとりが地を蹴る。それに合わせ、他の近衛兵達も続いた。


「ぐあぁあああ!」


 まずは最初のひとり。

 今度はちゃんと加減をして尻尾で弾き飛ばす。


 いけない、この身体にあまりに慣れていないから難しい。間怠こしい。


「ぉおおおおおお!?」


 背から翼を顕現させ、剣を防ぎつつ薙ぎ払う。

 身体よりも大きな深紅の翼は一振で暴風を起こした。


 ――とにかくここを離れないと。


 ズタズタになったドレスのまま走り出し、窓を突き破る。そのままバルコニーから飛び降りた。

 ここは地上10Mほどの高さ。近衛兵達は思わず下を覗き込んだ。


「と、飛んだ!?」


 地面へと真っ逆さまに落ちたパティエンテは地面間際で体制を立て直す。

 そして脚を地に付けると、そのまま踏み台のように蹴り上げ翼を羽ばたかせる。


 最初こそ無理やり翼の筋肉を動かして飛んでいたものの、被膜が風を掴むと軽やかに空を進む。


 どこか、誰も居ないところに。

 ドラグニア領はダメ。

 あそこの竜はみんなヒトが好きだからこんな事をしたって知れたら八つ裂きにされる。


「きゃっ」


 あれこれと考えていると、翼の皮膜に開けられた拳大の穴。

 遥か後方には魔導士が杖を構えていた。


 痛みが翼全体に広がる。だが、ここで羽ばたきを止める訳にはいかない。

 穴から逃げていく風を補うように翼を必死に動かし、空を飛ぶ。


 三度の朝日を見て、三日三晩飛び続けて。

 死に物狂いでいくつかの山を越えた時、ついに翼の感覚が無くなった。

 そしてそのまま山の中にかくん、と落ちていく。


「ひゃっああああ!」


 いくつかの木の枝をクッション材にして落ちた先は深い森の中。

 普通の人間よりは頑丈とはいえ痛いものは痛い。


 なんなら人間の姿のまま急に翼と尻尾を出してしまったせいでもぐちゃぐちゃだ。

 とにかく飛び出た翼と尾をしまって一息つく。


 彼女の身体を染めるものは返り血だけではなく、自身の血でもある。


 慣れない人化魔法。

 段階を踏んで元の姿や人間の姿に戻る所を一気に変えてしまったのだ。

 おかしくなったや、尻尾や翼が突き破ってしまった皮膚が痛い。


 少しだけ休もうと、人間の姿をしたドラゴンは耐えがたい眠気に身を委ねた。




 人と竜が共存する国、ロースラグ王国。

 その国防の要を担うドラグニア辺境領は歴代国王と盟友たるドラゴンが領主である。

 だからこそ、婚約披露パーティは更に人と竜が強い結びつきとなる特別な日になるはずだったのだ。


 ドラグニア辺境伯令嬢とロースラグ王国第一王子は確かに愛し合っていた。

 それが一変、まさか辺境伯令嬢による第一王子殺害未遂事件が起きるなどとは誰も考えてすらいなかった。


 王子が人外の人化絶対許さない性癖ドララーであったが為に起きた悲劇。

 ドラゴン令嬢が憤怒の化身とも言われる赤竜であったが為に起きた悲劇。


 歴史に残る前代未聞の事件はこのようにして起きたのだ。

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