第23話 ドレス

 祖父の屋敷に来て、二日目の朝、フラウムは母が幼い頃に着ていたドレスを一着出された。



「普段着に着ていたドレスよ。型は古いけれど、今、フラウムが着られる物がないの。食事を終えたら、父がお店に連れて行ってくださるそうよ」


「お祖父様が?」


「サイズが分からなかったから、用意する事ができなかったのよ」


「お母様のお洋服、お借りします」


「小さくないといいけれど」



 侍女が付けられたけれど、フラウムは3年間、一人暮らしをしてきたので、何でも一人でできる。


 普段着用のドレスは、締め付けがなく、ゆとりがある物だった。


 痩せたフラウムには、ちょうどいい加減だ。


 淡いピンク色で、髪色にとても合っていると思う。


 デザインも可愛らしい。



「もしかしたら、お母様のお気に入りでしたか?」


「ええ、そうよ。このデザインは珍しくて、とても気に入っていたの。フラウムも似合うわ」


「とても、可愛らしいですわ」


「まずは、朝食よ」


 母は、フラウムが起きている間、ほとんど一緒にいてくれる。


 まるで夢を見ているようだ。


 ダイニングルームに降りていくと、お祖父様とお祖母様は、もういらしていた。



「おはようございます」


「おはよう」


「おはよう、フラウム」

 


 椅子に腰掛けると、食事が並び出す。


 温かなスープに、厚切りベーコンの焼いた物。お野菜が添えてある。テーブルロールは、ブドウパンとクルミパンだった。


 食事を見て、フラウムは微笑む。


 シュワルツと一緒に厚切りベーコンの野草炒めを食べた時の事を思い出した。


 豪華だと言ったシュワルツは、本当に美味しそうに食べていた。


 添えの野菜もなかったけれど、あのベーコンは本当に美味しかった。


 ナイフとフォークでベーコンを切り、口の中に運ぶと、ゆっくり噛みしめる。ジューシーな肉汁が口の中に広がる。


 きっと厚切りベーコンを見るたびに、シュワルツと一緒に食べたあの日を、思い出すのだと思う。




「フラウム、旨いか?」



「ええ、とても美味しいです」




 お祖父様は嬉しそうな顔をした。




「食べたいものを言いなさい。何でも作ってもらおう」


「いいえ、普通でいいわ。あっ、そうだわ。わたくし、パンが焼けなかったのですわ。シェフに教わってもよろしいですか?」


「この先、自炊することは、もう無いだろう?」


「それでも、できなかった事は、できるようにしたいのですわ」


「それなら、シェフに習うといい」


「ありがとうございます。お祖父様」




 フラウムは、明日からパン作りを習おうと思った。



 +



 お祖父様の馬車で、お母様とお祖母様と一緒に街に出掛けた。


 シュワルツが言っていたように、3年前と様子が変わっている。街の風貌が以前より賑やかになっていて、人が多くなっている。お店も知らないお店がある。


 フラウムが3年、田舎に隠っていた間に、街は発展している。


 高い展望台ができていた。



「フラウム、あれは、スピラルの塔だ。最上階は展望台になっている。塔の中はお店が入っている。服屋、雑貨屋、食べ物屋、あの塔の中で、大概の物を見繕える。テールの都の一番の繁華街だ」


「そうなのですね。3年経つと、街の景色も変わって道に迷いそうだわ」


「アイスクリーミーという冷たい食べ物が最近の流行なのですよ」



 お祖母様が教えてくれる。



「冷たいのですか?この寒い季節に、冷たい物なんて食べたら、体が冷えてしまうわ」


「塔の中は、春の陽気のようなのよ。若者が集まっているわ」


「まあ、大きな暖炉でもあるのかしら?」


「従姉妹のナターシャを紹介しましょう。フラウムより二つ年上の令嬢がいます。覚えているかしら?」


「お目にかかった事はありません」


「アミの兄の子になりますわ。アミはあまり帰ってこなかったから、会わなかったかもしれないわね」



 フラウムは頷いた。


 母は3年前に死んでいたので、この3年間は偽りの3年間なのだ。


 生き返って、まだ1週間も経っていない。



「ナターシャには、二つ上に兄がおりますの。このプラネット侯爵の長男夫婦の子になります。今は別邸で暮らしていますが、仲良くしてくださいね」


「はい」



 家系図を頭に描きながら、フラウムは関係の深くなりそうな二人の名前を頭の中に記憶した。



「二人と仲良くして、遊んでもらうといいわ。街も案内してもらえるでしょう」


「ええ、でも」



 街の案内はシュワルツがしてくれると言っていた。


 それを楽しみにしているのだ。



「フラウムはおとなしいわね。せっかく、テールの都に住んでいるのだから、この土地を案内できるほど街を知らなくては、あなたも本家の孫になったのだから」


「はい」



 緋色の一族は性をプラネットと名乗っている。


 侯爵家は本家筋になるが、伯爵家から子爵家まである。


 血が薄くなるほど、位が低くなる。


 母の兄が別邸で暮らしていたので、今の屋敷に暮らせるが、叔父さんが同居を決めれば、母は出戻りの小姑と呼ばれる事になる。


 母と一緒にどこかに住まなければならない。


 死んでいた母に仕事は当然無い。


 収入が0のゴロつきになってしまう。


 母に苦労をかけさせないように、フラウムは、これからの生活を考えなければならない。


 いつまで、お祖父様やお祖母様が養ってくれるか分からない。


 勝手に生き返らせた母に迷惑はかけられない。フラウムがしっかりしなければならない。


 馬車は老舗の洋服屋に到着した。



「今日はわざわざ足をお運びありがとうございます」



 普通は洋服屋が来て、注文するが、フラウムに着る服が一着もないから、こうして、足を運んだ。母のお古の服を着ることは嫌では無いが、家柄がそれを許さない。



「今日は娘と孫娘の洋服を探しに来た。孫には数着、既製品を後は、デザイン画から起こして欲しい。娘にはデザイン画から頼む」


「かしこまりました」


「珍しい洋服をお召しですね」



 店員がフラウムの洋服を見て、微笑んだ。



「これは、母の子供の頃の物なのですわ」


「孫は、田舎で家業の修行を3年間していたので、今着る洋服がないのだ」



 祖父が、自慢気にフラウムを褒める。


 物は言い様である。


 フラウムは、あの家から逃げ出したのだから。



「似合う物を頼む」


「かしこまりました」


「では、奥様とお嬢様は採寸致しましょう」


「皆様は、お茶を淹れて参ります。奥の応接間にどうぞ」



 何人もの店員が、それぞれに連れて行く。


 フラウムと母は、広い部屋で体を採寸してもらった。



「洋服は一着もお持ちではないのですか?」


「はい。3年前に修行の旅に出て、帰ってきたばかりです」


「それは、お疲れ様でした」



 フラウムは少しだけ微笑む。


 家出して、お持ち帰りしたのは皇子様で、これからどうなるのだろう。


 不安ばかりだ。



「洋服をお召しください」


「はい」



 母の古いドレスは、明るい場所で見れば、色褪せている。



(わたくしは、間違ったことをしてしまったのだろうか?)



 母も採寸を終えて、ドレスを着て出てきた。


 母のドレスも色褪せて見える。



「お母様、お疲れ様でした」


「フラウムもね」



 母に会いたいために、死人を生き返らせて、これから苦労させるなら、母への裏切りになってしまう。


 母を幸せにしなければ、それは、生き返らせたフラウムの責任だ。


 血の穢れなど、気にしている場合ではないかもしれない。


 フラウムは自分が幸せにならなければ、母を不幸にしてしまうと、自分のこれからを考えなければと、強く思った。


 靴屋やバック屋、化粧品屋を順に回り、外で外食した。


 フラウムの記憶の中で、家族で外食した事はなかった。


 お祖父様とお祖母様がワインを召し上がっている間に、母と下着屋に行き、必要な物を購入してもらった。


 母は、祖父からお金を預かったのか、婦人用の財布の中にお金が入っていた。



「今は父に世話になりましょう」


「お母様、辛いですか?」


「いいえ、これから、生きるために父が揃えてくれているのです。わたくしたちは、これからを生きていくのですわ。フラウムに後悔などさせません。わたくしも幸せになります」


「お母様」


「欲しいものがあれば、買ってしまいなさい」


「着る物を買っていただいただけで、幸せですわ。コートまであるんですもの。外食は初めてでしたね」


「エリックとは外食はしなかったわね。どうして、わたくしは、あんな男を好きになって、駆け落ちなどしてしまったのでしょう。好きになる要素など、一欠片もなかったのに」


「きっと騙されていたのだと思います」


「フラウム、ごめんなさい。あなたのことは愛しているのよ」


「分かっているわ」



 父は母を騙して、駆け落ちさせた。


 母の未来を台無しにした父を許せないけれど、今は母を取り戻せた。


 母を幸せにするために、これから生きようと決意した。

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