第20話 お母様
騎士に、フラウムの母君を連れてくるように頼んだ。
シュワルツはフラウムと自分にクリーン魔法をかけて、体を清潔にした。それから、侍女に着替えを頼んだ。
来賓用のネグリジェに着替えたフラウムは、宮廷の来賓室のベッドで眠っている。
侍女に頼んで、フラウムの看病を頼んだ。
シュワルツも普段着に着替えて、サロンに行った。
皇帝と皇妃はサロンで寛いでいた。
二人はシュワルツの顔を見て、ホッとした顔をした。
「記憶は戻ったのですね?」
「はい、フラウムが看病してくださいました」
「3年前、アミ・プラネット侯爵とフラウムが訪ねてきて、シュワルツが視察中に狙撃されて、怪我を負い記憶喪失になると言ってきたときは、半信半疑でしたが、フラウムを信じてよかったですわ」
「その記憶は、まだ数日前に新たになった物です。フラウムは、母を亡くし、父親に命を狙われ、家出をしてキールの村でひっそり暮らしていたのです。
偶然、フラウムに助けられました。医術の腕は確かです。傷もどこにあったのか分からないほど、綺麗に治っております。フラウムは山で薬草や野草を採り、自分で薬を作り、それを売って賃金を稼いでいました。
3年前の疫病の流行では、彼女が村人を助けたそうです。村人は誰も死ななかったと嬉しそうでした。幼い身で、薬を売るために、5割の手間賃を払って、薬を売っていた事には驚きました。
私は彼女と暮らす間に、彼女の事を好きになりました。彼女は、名前を教えてくれなかったのです。緋色の一族である事もお妃教育に通っていたことも秘密にしていました。
記憶が戻った時に、家が強力な魔法で守られていた事に気づきました。その魔法は、私でも解けませんでした。これほどの強い魔法を使える者など知りませんでした。
そこで名前を聞き出したのです。フラウムと聞き、家名は捨てたと言いました。私は母君が可愛がっていたフラウムの事を思い出しました。
アミ・プラネット侯爵の娘だと。マスカート伯爵令嬢ですね?と聞くと、その家名は捨てたと申したのです。理由を聞くと、父が母を毒殺したと言いました。
フラウムは、亡き母を生き返らせるために慧眼を使い、何度も過去に飛び、犯人を捜していたのです。しかし、二人で暮らすうちに、互いに思い合うようになり、私は、この気持ちを消さないで欲しいと我が儘を言いました。フラウムはどうしたら、母を助け、この想いも消さずにいられるか悩んでおりました。
そこで彼女が思いついたのが、幼いフラウムにあてた手紙を、アミ・プラネット侯爵に書いてもらうことです。断られた事もあるようです。お願いの方法を考えて、ようやく信じてもらえるようになりました。
紅茶に入れられた毒を飲まさないように、失敗もし、母の死を何度も目にしたようでした。
数日前にやっと助ける事ができたのです。誰もができなかった巻き戻りの術を使い、フラウムの母を助けたのです。それで、記憶の改ざんが始まり、母君に手紙を見せて説得した事になったのです。フラウムは3年の間に、もう3年過ごしたことになります。
毎日慧眼を長時間使い、体が疲弊していた所に、闇討ちに遭い、二人で逃げ出しました。馬車は、まだ到着していないのですね?」
「到着していないようです」
父君の従者が答えた。
「眠らず、山越えをして、明け方寒い林で二人でブランケットにくるまって眠りました。彼女は、私の服装が目立つからと、ずっとブランケットを私に着せて、平民の薄いワンピースに外套を着ただけの姿で旅をしていました。食べ物も買えず、僅かな銅貨で、パンを一つずつ食べておりました。
不甲斐ない私のせいで風邪を引かせてしまったのでしょう。連続の慧眼の疲れもとれてはいなかった。先ほどの賊は、フラウムの父の仕業です。
慧眼中にフラウムの父が、隣国、サルサミア王国の国王のキリマクルス・サルサミア国王の諜者だと分かりました。弱い帝国を作るのが目的のようです。第二皇子をそそのかし、私を葬れば、この帝国の皇子は、瑠璃色の瞳を持った者はいなくなる。サルサミア王国は、この帝国を狙っておるのです」
「確か、エリック・マスカート伯爵だったな」
「そうです、父君」
「その男はどうした?」
「途中で逃げ出しました」
「サルサミア王国に渡ったな?」
「その可能性が高いでしょう」
「エリック・マスカート伯爵は、爵位剥奪、帝国入国禁止と致す。帝国内に侵入した場合、即死刑とする。屋敷は焼き落とせ」
「即そのように」
皇帝の従者の一人が、室内から出て行った。
「フラウム嬢は、そんなに頻繁に慧眼が使えるのか?」
「はい、毎晩、慧眼をしていました。私は慧眼が苦手ですが、私を連れて過去に渡り、慧眼中に慧眼を使ったり、慧眼中に、時間を超えたりすることもできます」
「それは素晴らしい」
皇帝は、拍手をした。
「あの子は、努力家で、幼い頃から魔力は高かったわね」
皇妃は、誇らしげだ。
「フラウムを早く母君に会わせてやりたい」
「シュワルツ、あなたも休みなさい。顔色が悪いわ」
皇妃は急に思い出したように、シュワルツの体調を気にかけ出した。
「そうさせていただきます」
シュワルツは、頭を下げると、自室に戻り、使用人に「アミ・プラネット侯爵が来たら、起こすように」と告げて、ベッドに横になった。
+
アミ・プラネット侯爵を迎えに行かせて、2時間後にアミ・プラネット侯爵とテクニテース・プラネット侯爵とレース・プラネット侯爵夫人が到着した。
アミ・プラネット侯爵はフラウムにそっくりな顔立ちに、とても42歳には見えない美貌をしていた。
再婚はしなかったようで、未だ独身である。
祖父母も孫が心配だったのだろう。それでも、さすが医学に秀でた家系で、傷薬から飲み薬まで、揃えて持ってきていた。
「すみません。命を助けていただいたのに、無茶をさせてしまいました」
アミ・プラネット侯爵は、フラウムの顔を見た途端に熱を測り、脈を診て、薬を飲ませ、腕に針を刺すと、点滴を始めた。
「過労と脱水と風邪でしょう。すぐによくなりますよ」
「しかし、心配で」
「皇子も顔色が悪いですね。熱はありませんか?」
「熱はありません」
「では、過労でしょう。温かくして眠れば、すぐによくなるでしょう」
「はい」
「点滴が終わったら、フラウムは連れて帰ります」
「体調がよくなるまで、ここで休んでいってください」
「お気遣いありがとうございます。フラウムが聞いたら喜ぶでしょうが急変が遭ったときに適切な治療が遅れてしまいますので」
「……そうですか?分かりました」
シュワルツは、フラウムの手を握る。
離れたくないのが、正直な気持ちだ。
「フラウム、本当にすまない」
「フラウムは皇子を守れて幸せだったでしょう」
「アミ・プラネット侯爵」
「皇子の体調がよくなったら、フラウムに会いに来てください」
「ありがとうございます」
「皇帝と皇妃から、少しお話があります」
「では、我々が視ていよう」
「お願いします」
アミ・プラネット侯爵は祖父母にフラウムを預けて、シュワルツの後を追った。
+
「皇子、あなたには会ったことがあるわね?」
「フラウムの慧眼で3年前に行き、フラウムの母君を救ったのは、まだ数日前になります。フラウムは放って置いたら、毎晩、母君を助けるために、慧眼で母君に会いに行ってしまうほど、母君を生き返らせるために力を使ってきました。偶然、助けられたときに、私はアミ・プラネット侯爵に会っています。私とフラウムは愛し合っています。この気持ちを消さないために、フラウムは、キールの村に行き、私をもう一度、助けたのです」
アミ・プラネット侯爵は、静かに頷いた。
きっと慧眼で視たのだろう。
「フラウムを叱らないで抱きしめてあげてください。ずっと母君に会いたくて、何度も泣いていました。私の事も母君の事も救いたくて、必死に考えたのです」
「分かりました」
「それから、私たちが戻るときに、二度、賊に襲われました。どちらも、エリック・マスカート伯爵の仕業です。彼は、サルサミア王国の国王のキリマクルス・サルサミア国王の諜者です。先ほど皇帝から、爵位剥奪と帝国追放、入国した場合は即死刑と宣告されました。屋敷も焼き落とされます」
「あの人が……わたくしを裏切り、フラウムにも暴力を振るっていた男です。騙された我が身が情けない。あの子は、辛い思いをしたでしょう」
「ええ、父親の血が混ざっていることを嫌って泣いていました。私は今のフラウムを愛しています。間違っても自害をしないように、見張っていてください」
「皇子、ありがとうございます」
「では、皇帝と皇妃の元に行きましょう」
シュワルツは二人が寛いでいるサロンに招待した。
+
ノックをして、サロンの扉を開ける。
「アミ・プラネット侯爵をお連れしました」
アミ・プラネット侯爵は、サロンに入るとカテーシーを取った。
「このたびは娘がお世話になりました」
「我が息子がフラウム嬢に助けられたのだ。感謝する」
皇帝は丁寧に頭を下げた。
「息子から、先ほど、誰も成功したことのない巻き戻しの術を使ってあなたを助けたと聞きました。これほどの魔力を持ったフラウム嬢を帝国の母として招きたい。シュワルツは次期皇帝。二人の結婚を許してくれまいか?」
「フラウムはまだ目を覚ましておりません。目を覚ましたら、わたくしからも話しましょう」
「アミ、生き返ってくれてありがとう」
「皇帝」
二人は見つめ合って、頷きあった。
元恋人で、婚約者で、それなのに皇帝を裏切り、駆け落ちをしたアミにとって、皇帝から処刑を言い渡されてもおかしくないのに、皇帝は、黙って婚約解消をしてくれた優しい人だ。
今は恋心はないが、あの時約束した、「娘が生まれたら皇子の妃にしてほしい」という約束は守ろうと思っている。
「フラウム嬢の具合がよくなったら、パーティーでも開こうぞ」
「仰せのままに」
アミ・プラネット侯爵は皇妃と供に、お茶を飲んでからフラウムの元に戻った。
フラウムの点滴は終わって、目を覚ましていた。
母親の姿を見ると、フラウムは目に涙をためて抱きついていった。
「お母様、生きていてありがとうございます」
「フラウム、無理をさせたわね。ありがとう」
「ずっと会いたかった」
フラウムは母の胸で号泣して、帰宅する前に、シュワルツと抱きしめ合った。
「必ず、会いに行く」
「待っています」
シュワルツはフラウムを馬車まで送った。
互いに寂しさを抱えながら、フラウムを馬車に乗せると、そっと扉を閉めた。
窓越しに見つめ合うが、馬車は行ってしまう。
皇帝の騎士団が、付き添ってくれている。
無事にプラネット侯爵家まで到着するだろう。
今日からは、独り寝かと思うと、シュワルツはやはり寂しかった。
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