第10話 紅茶を倒してみた


 馬車はかなりスピードを上げて、走っているような気がする。


 宿場町があれば休憩があるが、それも短時間で、すぐに馬車は走り出す。


 シュワルツの膝枕で眠りに落ちて、目が覚めると、もう暗くなっていた。



「起きたか?」


「ごめんなさい。お膝を枕にしてしまって」


「気にするな。フラウムが眠っていたから、一つ向こうの宿場町まで行くことになった」


「急いだ旅なの?」


「護衛が少ないからね。皆、ピリピリしているようだ。命を狙われている身だからね。どこに残党が残っているか分からない」



 フラウムは頷いた。



「第二皇子は、皇太子になりたかったのね?」


「魔力は、私の方が上だったが、第二皇子とは一つしか歳は離れていない。昔から何かと競い合ってきた。勉強も私の方が、成績がよかったのだ。その頃から、嫌がらせは受けてきた。毒を盛られた事もあるが、私の従者もメイドも優秀だった。私の口に入る前に、見破られて、口にすることはなかった。私には毒味が付いていた。母君がつけてくれたのだ。第一皇子と第四皇子、第五皇子は瑠璃色の瞳をしていなかった。魔力が極端に低くなる。継承順位からは外されていた」


「瑠璃色の瞳を持った子しか、継承権はないの?」


「魔力があれば、継承権はあるかもしれないが、今まで、瑠璃色の瞳の子以外で、魔力の高い者がいなかった。フラウムと結婚したら、緋色の瞳を持った子が生まれるかもしれぬ。もしかしたら、瑠璃色の瞳の子よりも強い魔力を持った子が生まれるかもしれぬ」


「父の穢れた血が入っていても、望んでくれるの?」


「私には穢れているとは思えない」


「ありがとう。そう言ってもらえると、少しは救われるわ」


 フラウムはシュワルツの手に手を重ねた。


「シュワルツ、愛しているわ」


「フラウム、私も愛している」



 自然に唇と唇が触れあった。


 フラウムの頬が真っ赤に染まる。


 フラウムにとって、初めてのキスだが、昨夜、フラウムにキスをしたシュワルツにとっては、二度目のキスだ。



「今夜は母に会いに行こうと思うの。お話をしたくて」


「紅茶を飲むなと言うのか?」


「言うかもしれない。けれど、必ず、シュワルツを助けるわ。この想いも消したりしないわ」



 神からの罰は、自分一人で背負う事にする。



 +



 食事とお風呂を終えたフラウムは、備え付けの寝間着を着て、シュワルツの隣に座った。すぐに、シュワルツの手がフラウムの手に重なる。



「行ってくるわ」


「無事に帰ってきてくれ」



 フラウムは微笑んで頷いた。


 ブレスレットの水晶に手を触れて、意識を集中していく。


 ……

 …………


「皆さん、今日は粗相のないように、お願いしますね」



(お母様)



 お母様と目が合った。


 まるでこちらにいらっしゃいというように、お母様が空き部屋に入っていった。


 フラウムはその後を追う。



「幾つのフラウムかしら?」


「16歳ですわ。今日はお母様にお話がしたくて来たのですわ」


「これからパーティーなのよ」


「その前に、将来起きることを今のフラウムに伝えて欲しいの。手紙を書いてくださいませんか?」


「重要事項なのね?」


「ええ、とても重要ですわ」


「いいわ。お部屋を移りましょう」



 母は自室に招いてくれた。



「今年の冬に疫病が流行します。魔力を練った薬丸で治ります。テールの都から最北端のキールの村で、薬丸を安値で売ってください。その3年後、わたくしの誕生日の翌日の午後2時頃シュワルツ皇太子が狙撃されて川に落ちます。それを助けてください。犯人は第二皇子です。帝国騎士団の制服を着て、制服には、パルマ・クロノスと書かれています。記憶を失っていますが、記憶は必ず戻ります。山小屋を借りるか購入して、その時を待つようにと。わたくしは、シュワルツ皇太子殿下を愛しております。必ず助けるようにと」


「ええ、書いたわ。近い将来の話ですね」


「はい、今のわたくしが、必ず分かる場所に。お母様が購入してくださった宝石箱の中に入れてください」


「今ですか?」


「今すぐです」


「分かったわ」



 母は信じてくれた。部屋を移動してお妃教育に行っているフラウムの部屋に入って、宝石箱の中に入れてくれた。



「これでいいかしら?」


「ええ、いいです」


「他にもあるのかしら?」


「お母様は、お父様に命を狙われています。今日のお茶会の紅茶の中に毒が入っています。それをわたしが零します。お茶会中は何も召し上がらないでください。フラウムが帰宅したら、実家に戻ってください。そうしなければ、お母様は死んでしまいます。慧眼を使ってわたくしを視てくださっても構いません。これは、お父様との賭けです。お父様の不貞はご存じですね?メイドと毎夜、閨を供にしているはずです。その他にも今日、お父様の愛人が紛れています。お父様は、サルサミア王国の諜者です。お母様が亡くなった後は、お父様の愛人と子がやってきます。フラウムと1歳しか違わない義妹がやってきて、フラウムはこの家から追い出されます」


「あなたを視ました。嘘ではないようですね」


「お母様、お願いです。紅茶を飲まないで」


「奥様、お客様です」と声がする。


「フラウム、過去を変えて、今のあなたは消えたりしないの?」


「だから、フラウムに手紙を書いてもらったのです」


「分かったわ」



 初めて、母が受け入れてくれた。



「お茶会が始まるわ」

 


 母は急いで部屋から出て行った。


 その後をついて行く。



 +



 お茶会が始まった。


 テーブルには宝石のようなクッキーやマフィン、ケーキも並んでいる。メイドがお茶を配りだした。



「本日はお茶会に参加してくださりありがとうございます。楽しいひとときをお過ごしください」



 母は礼儀正しく挨拶をした。


 わたしは、母の紅茶めがけて、魔眼を放った。バシッと茶器が割れて、お茶が零れた。


 母のドレスが紅茶で濡れて、メイドが慌てて、タオルを持ってくる。


「すみません、着替えてきますわ」


 母は席を立った。


 母について行く。


 部屋に入った母は、ドレスを脱いで、フラウムを視て笑った。



「素晴らしい、魔眼ね」


「それより、毒が沁みたりしていませんか?」


「確かに毒が混ざっているわね」



 母は火傷の治療をしながら解毒もしている。



「この後も、何も召し上がってはいけません」


「分かったわ」



 美しい紫のドレスに着替えた母は、お茶会に参加した。


 すぐに新しいお茶が出てくる。


 母はその後もお茶を飲まなかった。クッキーやケーキも食べなかった。


 無事にパーティーが終わった。


 お客が帰っていく。



(お母様が生きている。成功したのね?)



 お見送りをしている母の背中に矢が刺さった。ドサッと倒れる母。撃ったのは誰?


 クロスボウを持っているメイドがいた。ミリアンだ。



(捕縛)



 ミリアンを見えない縄で捕縛して、母に駆け寄る。


 誰かが矢を抜いた。エミリアだ。


 母の傷を視る。


 毒矢だ。


 フラウムは、解毒をしていく。


 遠隔の治療は難しい。


 毒が全身に回って、心停止を起こしてしまった。


 目の前で、母の死を視ることになった。



「お母様」



 フラウムは母のまだ暖かな手を握った。


 矢を抜かずに切断すれば、毒は、それほど体内に入らなかったはずなのに、エミリアに殺されてしまった。


 エミリアを睨んだ。


 エミリアは微笑んでいた。


 その顔に毒矢の矢を飛ばしてやった。



「キャ」



 頬に斜めに入った傷は一生消えないだろう。


 母を殺した毒入りだ。



「痛いわ。痛い」



(お母様は死んでしまったのよ。そんな痛みは軽すぎるわ)



 頬の傷は毒により変色を起こし、腫れている。



(その顔の、あなたでも、父は愛するかしら?)



 母は使用人によって、部屋に運ばれていった。



 それを見送りながら、クロスボウを持ったまま捕縛されているミリアンの元に歩いた。



「捕まえろ。奥様を殺した犯人だ」



 男の使用人が駆け寄っていったので、捕縛を解いた。


 ミリアンは縄で縛られた。


 フラウムは、亡くなった母の元に行った。


 だんだん、体温が冷えてきた母の傷に触れる。


 毒の検知をしようと思った。


 次こそは、母を守る。


 毒は神経毒だ。



(これはトリカブト?)



 母の汚れたドレスも手に取る。匂いを嗅ぎ、少量を口にして吐き出す。


 間違いなく、トリカブトだ。


 父が帰宅して、ミリアンは役人に引き渡された。



「茶で殺せと言ったのに、失敗したのか?エミリア、その顔はなんだ?見苦しい」


「旦那様」


「治らなければ、離縁だ」


「そんな!」


「そんな見苦しい顔の女を連れて歩けるか?どこにいても目立つではないか?私は陰の仕事をしている。そんなに目立つ女は邪魔なだけだ。失敗したおまえが悪い。結婚はなしだ」


「あなた、そんなの酷いわ」


「鬱陶しい」



 父は腰に下げていた剣で、エミリアを殺した。



「妻を殺した共犯者だ」と言って、亡骸を役人に引き渡した。



 フラウムはお妃教育から帰宅して、母に縋って泣いている。



(ごめんね。もう一度、頑張るから)



 フラウムの意識は遠ざかっていく。



 +



 目を覚ましたフラウムは、すぐに立ち上がると、手を洗い、口を濯いだ。


 陰の体だが、万が一と言うこともある。


 呼吸が苦しいとか、痺れはないから、大丈夫だと思うが、ここで母のように毒で死ぬわけにはいかない。



「フラウム、どうした?」


「毒に触れて口にしたから、念のために」


「そんな危険な事をしてきたのか?」


「母は救えなかった」



 そう口にしてから、頭を抱える。


 記憶が改ざんされる。



「どうした?」



 シュワルツはフラウムを抱き上げて、寝台に寝かした。



「父は継母を連れてこなかった。わたしが彼女の顔に傷をつけたのよ。母を貫いた毒矢で。父に結婚はしないと言われて、殺されたわ」



 フフフフと笑う。



「お母様は話を信じてくれて、紅茶も何も口にされなかったわ。最初に魔眼で毒入りの紅茶のカップを割ったのよ。上手くいっていたのに、ミリアンがクロスボウでお母様を撃ったのよ。毒矢だった。それを引き抜いたのが、エミリアよ。エミリアは継母になるはずだった女よ。毒矢を引き抜かなければ、解毒できたはずだった。それなのに、エミリアは父と結婚したくて、毒矢を引き抜いたのよ。その毒矢で、頬を撃ってやったのよ。斜めに傷が入って、毒入りだから、醜い顔になったわ。父に捨てられて、いい気味ね。でも、母は死んでしまった。わたしはどうやら、手紙を見つけて、父を捨てて家を出たようね」


「手紙とはなんだ?」


「母に書いてもらったの。父の悪事。この先に起きること。あなたのことも。ちゃんと、わたしは、あなたを愛しているわ」


「フラウム、君は、どうしても母君を助けるつもりなのか?」


「神の罰なら、わたし、一人で受けるわ。毒はトリカブトだったわ。今度は、もっと早くに渡って、毒を取り上げるわ。お母様は信じてくれた。わたしも助けられると信じているの。その証拠にシェフは助けられたのよ。犯人はミリアンになっているはずよ」



 フラウムは横向きになって、シュワルツの顔を見る。



「父は、今も陰の仕事をしていると言っていたわ」



 フラウムは目を閉じた。


 急激な眠気は疲労だろう。そのまま吸い込まれるように眠りに落ちた。


 シュワルツは、フラウムが心配だった。


 今のところ、シュワルツに記憶の行き違いはない。


 シュワルツは、従者を呼び、ノートとペンをもらった。


 日付を書いて、フラウムとの出会いから現在の気持ちまで書いて。これから、毎日、この作業をしようと考えた。


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