31 ビヨンド ユア ワーズ




37


「さっきも言ったけど、私はこれ以上必要以上に戦いたくない・・・」

「戦えないんだろ?戦意喪失ってところか?腰抜け」

「勿論戦う意志がないと言えばそうだけど、体の傷がまだ痛むのもあって全然動けない。これ以上戦えば間違いなく無事では済まない。私はこの荷物を届ける役目がある」


目線にあるリオラの荷物。それを追う様に彼女の目線はリオラの荷物の方を見る。


「お前にとってこれがどれだけ重要なものかは知らんが、俺にとってこいつはどうでもいい。なんなら今、お前が俺と行動を共にする上で、思い悩む様な障害になる邪魔なものなら消してもいい。俺にとってあいつは直接的ではないにしろ手下を殺した一人には違いないんだからな」


本気の冗談ではない事を目が示している。彼女にとって気に食わない相手である事には変わりない、そして本当にそうだったに違いない。

けれどここで引き下がる訳にはいかなかった。


「リオラという人がどういう人だったかは関係ない。その人を大切に思っていた人が彼の形見を待ってる、だからその人が生きた証として残した物をどんな危険な場所でも回収して私達が届ける。それが私の仕事だから、リオラさん・・・”[スターキャリアー]リオラ”だってそうだったはず」


「なんだ?その言い方だとリオラとかいうやつのこと知っていたのか?」


詰め寄る彼女に押し負けぬよう答える。


「知らない、スターキャリアーは仕事の都合上ほとんど面識はないけど、危険な上に他の仕事に比べれば死ぬ事だって人一番多い仕事・・・、私はそんな仕事をしていた”[スターキャリアー]リオラ”を尊敬している」


その言葉に腹を立てた彼女の反抗するように口調は少し強く当たるようになる。

当然と言えば当然だ。


「誰かを私欲の為に殺そうとしていてもか?お前はそんな奴すら尊敬に値するのか?」


意気揚々と語った言葉をすんなりと跳ね除ける様に彼女の言葉は私の思いと裏腹に鋭く貫く。分かりきったそんな事に言葉として返す事が出来なかった。

その一瞬の間にリフレシアは「ほらな」と何か呆れた様な表情を見せ、


気が付けば勢いよく私は打たれていた。

その一瞬の出来事に不意をつかれ何が起こったか理解が出来ない私に彼女は表情一つ変えずに言う。


「お前のそのどっちつかずの言葉にもうウンザリだ。お前、自身に信念は無いのか?」

「・・・ある」

「じゃあお前はリオラという馬鹿が間違いを犯していない、サニアが悪いと思うか?」

「それは・・・」


「じゃあ殺されたサニアが正しくて、リオラが悪いんだな?

お前の尊敬するそいつはただ私欲で殺した大マヌケだ、誰が為とか胡散臭い屁理屈は抜きだ。

そいつが本性だったんだ。いいか、お前の思う平等も中立も結局お前が無関心なだけなんだよ、誰にも寄り添えない、誰にも干渉せず自分だけが傷つかない。お前は卑怯者だ。それともお前は誰かを殺した時そう言い訳出来るように言ってるのか?」


「ちがう!!」


「違わないな。お前、誰にでも良い顔しようとして誰も傷つかない様にして、結果それに誰も救われず誰かを傷付けてるんじゃないのか?誰に好かれたいんだ?お前はどうなんだ?お前は誰にでも正義があって悪はない、皆平等だと思ってるのか?中立のつもりなんだろうがお前は自分自身の言葉も考えもないただ一歩引いて遠くから中立気取って、そんな奴が偉そうに説教か?本当にお前そう思っているのか?誰にでも愛想良くしていればお前は誰からも好いて貰えているのか?」


その言葉は私に的確に抉る様に刺さった。

誰にも嫌われない様に誰からも好かれる様にしようと心がけた。まるで分かったように言い聞かせる様に中立で正当化しながら。何度も自分の中でそれで納得していたらいつかそれが普通になっていた。

誰も傷付けないつもりが、誰かを傷つけ自分は傷つかない様にしているだけ、違う。本当は周りに見えるもの全てに愛され、許されたいなんて烏滸がましい事を未だに願っていた。



「私は・・・そんなつもりじゃ・・・」


何を焦っているのだろう、私は必死に弁解しようとした。しかし私は私の中で今まで答えた持ち合わせの自分の言葉が嫌に成程繰り返され、そのどれもが彼女の言う言葉に刺さり、返す言葉はそれ以上続けて出て来ない。口は動く、けれど声が、言葉が出ない。


「・・・お前、人間になりたかったって言ってたよな?その後お前、容姿だけで嫌われる事はあっても、好きでいてくれる人はいる、だから今は魔獣である事を否定したくない。けど人間であればもっと生きやすかった。だったか?お前はどっちなんだ?獣で良かったのか?人間になりたかったのか?」


「それは・・・人になりたかったのは昔の事で・・・」

「今はどうなんだ?自分で矛盾した事を言っているの気がついていないのか?」


即答出来い。それが今の私を表すには十分な程、無様に。

私は考える間もなく彼女に再び頬を打たれ、追い打ちをかける様に問いかけられる。


「寝てるのか?それとも俺の質問が理解できなかったのか?」


言葉も無い。言われるがまま、今の彼女に返す言葉等、私にそんな事を自信を持って語れる程の発言力なんて今は皆無に等しい。

やるせないその気持ちはいつか怒りに変わり燃え上がる様にお腹が熱くなりふつふつと心臓は強く動き、私は遂に声を出し言う。


「私は・・・きっと間違える」


つい口に出た言葉はそんな情けない言葉。恥ずかしくて誰にも話したくない、まるで自分を表す様な。


「間違える?何をだ?」

「私の信じた、私の思いも行動も間違え続けた・・・だから私はもう分からない、私の選んだことはきっとまた誰かを傷つける」

「だからどっちつかずなのか?そんな言い訳を・・・」

「言い訳でも嘘なんかでもない!!!」


怒鳴ってしまった。感情的に彼女に言葉をぶつけると少し驚いた様子を見せる彼女はため息をつく。呆れた様な哀れむ様なそのどこか見下したとも見える態度に私は投げつける様にいつの間にかさっきまで声も出せなかったのが嘘の様に息をするのも忘れ声を荒らげていた。


「私は魔獣がもっと世界で認められ愛される世界にしたかった!平和になれば、私が頑張れば認められると思った!けど、どれだけ頑張ってもダメだった!誰にも嫌われない誰かの役に立ちたかった!!でも・・・でも・・・」


急に言葉が溢れる。誰にも吐き出せなかった言葉。

これ以上言うべきではない、そう思っていたのに、私には閉じ込めた何かが溢れる様に言葉になって漏れ出て止められなかった。

打ち明けその結果死ぬ事となっても良いとさえ思う程。


「私達は・・・"最厄の龍ピリオド"を、あなたのお父さんを殺した。世界が支配される以前の様に平和にすればきっと私の夢を、私達の夢は叶うと誰もが思った。けど現実はそうじゃ無かった・・・誰一人として・・・皆何も叶わなかった・・・。平和にも平等にもならなかった・・・」


いつしか徐々に冷静さを取り戻し、呼吸を荒らげさせながら吐き出した言葉。我に返り息を整えながらふと自分が言った言葉に少し後悔と罪悪感を覚え、彼女の顔を直視出来なかった。その折に彼女は大きくため息をつきながら頭を掻き少し落ち込んだ様子を見せていた。


「そうか、お前達に父は敗れたのか・・・。こんな半端で弱いやつにな・・・」


「・・・、強かったよ。ピリオド」


必死の擁護の一言に彼女は少し苦笑いを見せる。


「負けたなら意味の無い慰めだな、それにその程度のやつだったという事だ」

「・・・え?」

「お前のせいで俺はとんでもない勘違いで大きく"間違い"だったと恥じる羽目になった」

「どういう事・・・・?」


大きく「ハァ・・・」と言葉混じりの息を吐きその場に座り込むと彼女は少し俯きながら自身について話始める。


「俺は長く父と離れていた、それは俺が弱く幼かったからだ。偉大だと讃えられ、教えられていた父に認められたかった。それだけの為に本当に大切にしなければいけない者達を、共に過ごすべき時間さえも犠牲にしてだ。父が討たれた時、俺は初めて気付いた。あれとの繋がりなど血だけ、共にした時間さえも無い。親子とはなんだったのか疑問すらあったな。

力に固執し損失感だけが残り、本当に俺という存在を大切にしてくれていた者達を思いを踏みにじり、それに気が付き振り返れば俺の周りにはもう誰もいなかった。残ったのはこの行方知れずの力だけだ。


俺も周り見ずだ。力を手にし、それで何をしたかったのか等、犠牲にした物に比べれば下らないな。俺の最大の"間違い"だ」



私に投げ掛けた言葉は自身に対しての戒めの言葉でもあったのかもしれない。

彼女に打たれヒリヒリとする頬を撫で気がついた、手加減されている。

彼女なりの不器用な優しさなのだろうと受け止めた。

久しぶりだった。こんなに誰かに私と言う存在を見て話をしてくれる人がいた事。

突然の彼女の告白、境遇も立場も違う。



彼女は"最厄の龍ピリオド”の娘、この世を滅茶苦茶にした龍の一匹。


私はその龍を倒したパーティの一匹、しかし成し遂げた功績は結果として私の夢を潰える形となった。



正義と思い動くもの達が集い各々の自らの夢を乗せ、希望を胸に打ち倒した"災厄"は私達の誰もが信じていた結果にはならなかった。


本当に"最厄の龍ピリオド”を倒して良かったのだろうか?と思ってしまう程に、その時から私は分からなくなっていた。

度々そんな事思い返していていた。



彼女のその気持ちや言葉はきっと嘘ではない、そう感じさせる目の輝きはあの時感じた鋭く冷たい威圧感のある目はもうどこにも無かった。私は彼女の言葉に嘘のない言葉で返す。

それは礼儀であり彼女が教えてくれた事、無下にしてはならない。

覚悟を持って私は今の思いをハッキリと口にする。


「・・・ごめん、でも私は"最厄の龍ピリオド”を倒した事を間違っていないと思ってた。間違ってたとは思わない・・・。

怒らないで聞いて欲しい、けれど結果的に龍の支配が潰えた事によって、各国は土地争いの戦争が多発して、差別も被害者も死者もどんどん酷くなっていった・・・こんな事になるのならもっと龍達や反対勢力である魔獣達とも平和的に解決出来ればこうはならなかったのかもしれないなんて思っていると何が正解で何がダメなのか私にはやっぱり分からない・・・」


「分かるものか愚か者が、小説や御伽噺の世界の住人では無いんだ。偉大な俺ですら間違えを犯した、常に正解の答えなど選べる訳がない、中立である事が決して悪だとは言わん。だがな、お前には向いていないんだよ」



2匹というべきか、2人というべきか。

今日の出来事は疲れるには十分だった、私は彼女の隣に並ぶ様に座りひと息つく。静寂の中、部屋には私達の声だけが響く。


「なんで急にあんな事言ったの?」

「お前がどっちつかずでウザかったから説教してやろうと思った。まあ周りが見えていない所はまるで俺を見てるみたいでお前の事言えないなと思ったら何故か口に突いて出て話てた、それだけだ」


恥ずかしさを隠そうとしているのか見栄を張る彼女はそう言いながらもどこか落ち込んでる様にも見えた。


「ごめん、けど私嘘をついてた訳じゃないんだ。分からなくなってた、あなたに言われるまで。ありがとう」

「まあ部下の世話も出来ると分かれば俺の下に就くのも安泰だと分かっただろ?」

「でもやっぱり部下は嫌かな」

「何故だ」

「大変そうだから」

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