25 当事者 ⑬




32


何度あらゆる部位の骨を折っただろう、何度顔を殴っただろう、男を話す隙を与えず完膚無きまでに痛めつけた。

両腕から両足に至るまで細かく丁寧に何度も折り男はその度に叫び許しを乞うてきたか分からない。

その度に俺は言った「死人にどう償うんだ?」と、男はその度に顔を青ざめさせ絶望的な顔をしその顔に拳を叩きつけた。

いつしか死ぬのではないかと心配したがよくよく考えてみれば死んだからどうという事はない。

ただいくつかの疑問が残るだけなのだから。

男は1時間近くもの拷問に近い一方的な暴力、呼吸は荒くかなり瀕死に近い状態までにボロボロにするもまだ生きている。


「中々頑丈じゃないか?」


男の体から離れ、見下す様に倒れる男を眺めていると男は言う。


「・・・死にたくない・・・」

「ああ、サニアもそうだったろうな」


気に食わなかったその命乞いの一言に黙る男、顔に砂をかけてやると露骨に睨みつけてくる。

その姿に1つこの男の最後に相応しい死に方を思いつく。


「このまま生き埋めも中々乙だな・・・そうだなこれと一緒に埋めてやろう」


服の内側から男の持ち物であろう町で手に入れた指輪を見せると男は悲しい顔をして言う。


「なんで・・・なんでこうなったんだ・・・こんなはずじゃ・・・」


ボロボロと泣き出すその姿に同情の余地等無く、躊躇なく口に目掛け砂を蹴り上げ放り込む。

口に入る砂を吐き出しながら咽び泣く男。男の足も腕も肉から骨に至るまでズタズタでまともに立ち上がれなどしないどころかそこから動く事も出来ないだろう。


「俺は・・・俺は殺したかった訳じゃ無いんだ!!」

「逆ギレか?人殺しの分際で随分と威勢がいいな。そこは気に入った」


男のリュックを奪い中を探るも食料らしきものもなく必要最低限の道具といった所だろう見慣れない物がいくつか入っていたが、中には見慣れた物もある。


「この箱二つとか」


こいつが偽物と本物を持っていた。やはり部屋から盗み入ったか。あとは何か大切に封がされた紙が二つ、目ぼしい物は特にない。


「お前、”リオラ”だよな?この指輪の相手、どこにいる?」


その言葉に男は震え出し、同じ言葉で何度も「やめてくれ」と小さく呟くその姿はまるで被害者そのものだ。


「いくつか質問するそれに答えろ、慎重に答えろよ。中には俺が知っている事も含まれているからもし嘘だと判断したらお前をその場で殺し、指輪の相手も殺す」


男は真っ青な顔で痛めつけても尚動く首はこれでもかと言う程頷く動作を見せる。かなり必死なので恐らく嘘もつけないだろう弱み、指輪を持っていて正解だ。


「俺の父の調査書を何故欲しがった」

「それが・・・それが依頼だった」

「何故この箱を欲しがった」

「・・・箱の回収はあくまで依頼の中のオマケみたいな物で、もし見つけられればそれだけでも本来の依頼の倍以上金が貰えたから」

「お前は何故それが俺の持つ箱だと思ったんだ?もしかすれば他の物かもしれないだろ」

「それは・・・君が持っていたから」


サニアの存在が鍵と”探知機”か、成程。この男にも依頼主はそれらしき事を伝えられている。

なら殺されたのは用済みと言う事か?


「それもその依頼を受ける際に教えられた事なのか、成程。では何故もう一つの箱を盗んだ?」

「・・・数日前に交換して受け取ったものは空だった。だから君の部屋にあったもう一つの箱を手にしたんだ」

「殺しに来た理由はそれか」


男は急に黙った。図星なのかそれ以上に話せない理由があったのか、それにしても動悸が弱いとも思える。

たかだか金の為に人を殺すのか?人間の金への価値観がいまいち理解が出来ない。しかし黙られた所で関係は無い。


「お前、冗談か何かだと思ってないか?俺は必ず始末するぞ?」

「・・・わ・・分かってる・・・、殺そうとした理由は・・・それが依頼だったから」

「・・・俺を殺す事がか?」

「君との取引でお金が足り無かったのは本当だ、当初の目的は"調査書の回収"に"とある箱を回収"それだけだった。それからこの”トリル・サンダラ”の地から・・・抜けて近くの町で依頼主の代行人に直接不足分のお金を貰いに行った。その時に追加で言われたんだ」

「お前、それで殺しに?今の社会では人殺しまで依頼して貰えるのか、良い時代になったな」

「・・・脅されたんだ。君と似た様な事を言われた。少し状況は違う」

「余す事なく全て話せ」


男は再び黙り。今度こそ話すまいとした雰囲気、まるで察してくれと言わんばかりに。


「脅された・・・、察するに箱の中身を聞いた、そしてその内容を聞いた上で共犯者になってしまった。後戻り出来ない所まで追い詰められ、挙句人質まで取られ保身の為に俺を殺す様に言われた。そんな所か?」


男は決して口を割ることは無かったがその推測の域を出ない発言に少し反応を見せた。

わざとだろう、あくまで自分は口を割っていないと言う事で伝えたかったのだろう。まあ人質もいるとなるとその方が都合が良い。


「それで、お前の殺す動悸な金の為として、雇い主の目的が分からないな。まさか渡した箱が空だったからなんて言わないよな?俺は最初から言った通りこの箱は拾った物でこの箱自身の価値で交換したんだ、中身も何も俺が知ったことではない」


その質問に返答は無かった。知らされていないか知っていても話せないか。

今している会話に行き違いがない所からあの交渉に置いてサニアは言う通りにし、私情以外の必要最低限の会話はしていないと言う事になる。余計な事はしたまでも従順に徹し行動を心がけた彼女のおかげでこちらのペースに会話を進められる。


男はしばらく黙り会話は途切れた、というのもこれ以上に質問する事も恐らく回答を望めるものも無いと思ったからだ。言い方や考え方を変えて別の質問を探していた時の事だった、その時今になってやっと気が付いた事がある。

"箱の中身が空だった"偽物の箱には確かに何も入ってはいない、簡単な封印魔法で俺が封をしたに過ぎない。開いた事により偽物だと思ったと認識した、つまり本物も開かれたのか。


「お前、盗んだ箱を開けたのか?」


その質問に対する男の回答は、小さく首を縦に動かし示した。


「中身を見たのか」

「・・・ああ」


開けることが出来た。という事よりも開けてしまった事に対する驚きの方が大きかった。

すぐ様に取り出した箱を確認すると見事に2つとも封印の魔力を感じずどちらも空の状態であった、誤算だ。不覚をとった、最初からこの事を確認していれば対処が変わっていた。

表情を曇らせていたのだろう、俺の表情が急に変わる所を見る男は察した様に憐れむ様に俺の方を見つめていた。


「お前・・・やりやがったな、どういう理屈で開けられたかは分からんが、これでお前もそのお前の想い人も死ぬ理由は出来たな」

「それが命令だった、もしそうしなければフリルも殺されてしまう・・・」

「お前、その為にサニアを、大勢の同族を殺したのか。あれがどんなものかも聞かされたよな?」

「勿論全て聞かされた、その上で選択したんだ」


違う、話を整理しやっと気がついた。確認したところで意味等無い事を承知で聞いた。


「お前、箱を盗んだ後にサニアに封印を解かせてから殺したな?何故二度に渡ってサニアの部屋に入った?」

「な・・・何のことだ?」


男は本気で戸惑った様子を見せそう言った。嘘をついている演技にしては出来過ぎている程に。


「また最初から最後まで話を聞くのはめんどうだ、最後の質問だ。サニアに会ってからどうした」


男は不思議な顔をしながら少し苦い顔をし答える。


「君がサニア・・・さんだろ?」

「違う」

「・・・じゃあ君はなんなんだ?」

「俺はあいつの友達だ」


男は疑う訳でもなく経緯を語った。おおよそ予想通りの答えではあった。


「本当はあの子の父親の調査書を盗み、親子共々殺す事を命じられていた。その後彼女の部屋に間違えて入った時だ、全く同じ箱を見つけ驚いた俺はそれだけを盗み家から出た。

オアシスのあの場所で彼女と交換する時、箱の中身を開けるように指示したら彼女は躊躇いなく開け、俺の持つ彼女の部屋にあった同じ箱を見せ、それを開けるように指示した。すると彼女は表情を変えて頑なに断った時に偽物と本物の存在を知った。


そして俺は彼女を問い詰めて無理矢理箱を開けさせた・・・」

「で、殺したのか」

「最後まで抵抗してたよ、友達ともう開かないと約束したと何度も泣きながら、けれど俺は俺じゃないと思える程に罵詈雑言に暴力を浴びせてしまった・・・焦っていたんだ、俺にも大切な人がいたから・・・。仕方なかったんだ・・・仕方ない・・・」

「あいつは開けたのか?」


それを聞いた男は少し微笑み答えた。


「きっと君の事なんだろうな、その友達と父親に君に関わった町の人間全員探し出して、組織で殺すと言ったら嘘でもあっさり開けてくれたよ。とても良い子だったろうに」


「用済みだ」


その言葉を最後に、指先から伸びる鋭い龍の爪で男の体を力の限り捌き、引き裂くと瞬時にバラバラになる、原型をも残さず肉塊になったそれを更に灰になる迄焼き払い跡形もなく、あの男は影も無く消え去った。


「これ位しか俺には出来ない、これで満足か?・・・・、まあこんな事望まんか、あいつ」


旗の封印は解かれた、行方も聞く前に男を殺した。

もうこの場所に留まる理由等もう無い、立ち去ろう。

新たな新天地を求めて。

男の持っていたリュックと箱をオアシスの底へ沈め、天を仰ぐとそこには大きな魚の形をした砂の塊は空を優雅に飛んでいた、その光景に自然とハッと少し呆れたように息が漏れる笑いが出る。


「始まったか」

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