砂を抜けて

流れる砂の中をタツヤは馬を引き連れて、ラクダに乗っていた。その横では同じくラクダに乗ったザハルがいる。


「王都なら一度いったことがある。俺にまかせておけば問題ない」

「お願いします」

「仲間なんていらなかったか?」

「それがし一人では砂漠を行くのは難しい。ザハル殿の助けが要ります。それに王都でも仲間の一人と会うことになっています」

「ほう、もしかして花嫁か何かか?」

「いえ、オッサンです、正真正銘の」

「オッサンか……」


砂漠を歩き続けること一日、タツヤたちはあるオアシスにたどり着いた。

「ここが第一オアシスだ。みてみろ、あの建物を」

ザハルが指さす方をタツヤはみた。

そこには大きくて立派な、いや、立派であったはずの建物がある。

屋根が崩れ落ち、壁は所々崩壊している。


「弾が的中したようだ」

“砂の都”の王の間から放った魔弾砲は、このオアシス目掛けて発射されていたのである。

破壊された建物は王国軍が建てた基地だという。

「このオアシスは王国領と“砂の都”との中継点にあたる。ここが使えなければ、ゴートを攻めるのが難しくなる」

ザハルは安心した様子で言った。


二人が壊された基地をのぞくと、バラバラになった砲台の残骸が散らばっていた。

タツヤは基地の周囲の足跡を探った。風で消えかけているが、大勢がここで宿りをし、通過したようである。おそらくは撤退したリードが率いる小隊だろう。基地が破壊されていたため、そのまま王国領に引き揚げていったようである。


ザハルが無傷の小屋の戸をあけた。

ここで一泊をするつもりである。

しかし、そこには先客がいた。


「王国軍の者か!?」

ザハルは弓を引いた。

タツヤが駆けつけるとそこには、横たわった男がいる。王国軍少佐のバルトである。


「ザハル殿、待たれよ」

バルトはこちらを見たが、抵抗する様子はなかった。額から汗を流している。高熱を発しているようだった。

タツヤに制止され、ザハルは弓を下ろした。

「おまえは傭兵の剣士……タツヤ、だったか」

「なぜ一人でこんなところに」

「大きな猫に足を噛まれて、脚の骨が折れた。大佐のお荷物にならないようここで留まってしんがりを務めることにしたのさ」

「しんがりができないくらい、ひどいようにみえますが」

「骨折くらいなら平気なんだが、傷口が塞がらなくて。身体が動かなくなってしまった。もう長くはないだろう。はやいところ殺してくれ」

「楽にしてやろう」とザハルがふたたび矢をつがえるのを、タツヤは止めた。

そして、タツヤは布をめくって、バルトの脚をみた。

脛がまるで太もものように腫れ上がっていた。ザハルがその脚をみて、何かに気がついたようである。

「ん? これは……蛇に噛まれなかったか?」

「脚を引きずって歩いていたらスナヘビに噛まれたんだ。でも、やつは無毒だろう?」

「スナヘビは無毒だが、スナコブラは猛毒だぞ。出遭うことはまれだが、流砂の民は必ず血清を持ち歩いている」


「ザハル殿も血清を?」

タツヤがザハルに聞いた。

「ああ、一本分、ラクダに積んである」

「では、この者に処置してください」

「えっ? ……たしかに打てば助かるが、こいつは王国軍だぞ?」

「少なくともこの者は任務に忠実だっただけです。侵略はしていないはずです」

「うーん……。まぁ、あんたの頼みなら聞くしかないな」


ザハルはラクダから血清をとり、バルトの脈へと打った。バルトは疲れ果て意識を失い、しずかに眠りについた。


*****

オアシスの水場のそばで、タツヤとザハルはたき火を囲んでいた。

「敵に情けをかけるとは。いいのか? 王国軍だぞ」

「王国は祖国の敵です。しかし、一人一人は敵ではありません。あの者とは剣を交えました。もう見知らぬ者でもない」

「そういうものかね。まぁ、置いてきぼりを食らったやつだ。殺す理由もないだろう」


翌朝、タツヤが目を覚ますと傍らの丸太にバルトが座っていた。

タツヤはすばやく刀の柄に手をやった。


「まあ、待て。俺も剣士の末席。命の恩人の寝込みを襲ったりはしない」

タツヤは構えを解いた。

「良くなりましたか?」

「熱はひいた。だが、骨の方はすぐには治るまい。おまえと斬り合えばたちまち輪切りとなるだろう」

「怪我人とやり合う気はありません」

「わかってるよ。とにかく礼を言う」


やがてザハルも目覚め、三人は火をおこし、朝食をとる。

「おまえたちはどこへ行くんだ」

バルトは訊ねた。

「王都へ行きます」

タツヤは素直に答えた。

「そうか……。頼みがあるんだが……俺も連れて行ってくれないだろうか?」

バルトは心なしか頭を下げた。

「その脚のあんたを連れて行くのは正直なところ厄介なんだが……」

ザハルが言った。

しかし、バルトは言葉を重ねた。

「砂漠から出るには岩場の一本道を行くか、ラクダも歩けぬ岩山を行くしかない。そして、一本道の出口は王国軍によって閉鎖されている」

「なに? 前に行ったときはそんなものなかったぞ?」

「5年前にできたのだ」

「あんたがいれば、そこを通れるっていうのか?」

「俺がいれば検問を難なく通れるだろう」


(つづく)

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