吸血鬼
「タ、タツヤさん! ず、ずっとは無理ですよ!」
ジョアンナが光球を操りながら言う。素早いコウモリの動きにあわせ、光球を動かし続けるのは気力を激しく消耗するのだ。
「わかりました。すぐに決着します!」
タツヤの攻撃をかわした吸血鬼は、宙を一回転してタツヤに向き直った。
鋼鉄のように硬い爪をのばし、空からの強襲を狙う。
タツヤは銀の刺突剣を構えた。半身になり、剣先を吸血鬼にむける。
一羽ばたきし、ふわり、と吸血鬼の身体が舞ったかと思うと、ハヤブサのように急降下し、タツヤの心臓を目掛けて、その爪先を突き刺した。
だが、次の瞬間、吸血鬼はタツヤの後方へと転げ落ちた。
ゲンゾウやジョアンナたちが驚いた顔をして、その光景をみるが、それ以上に驚愕しているのは吸血鬼自身であった。冷徹をつらぬいていたその顔に、はじめて表情らしい表情があらわれたのである。
吸血鬼はすぐさまに宙にあがり、体勢を立て直そうとした。だが、その暗黒の翼は機能しなかった。その飛膜には布地を裂いたような、大きな穴が空いていたのである。
吸血鬼の爪先をタツヤは半歩動いて躱し、身体が交差するその瞬間、飛膜に刺突剣の先を当てたのである。
吸血鬼は再生を促すように翼を動かす。だが、変化する様子はない。
はじめて痛みを味わった吸血鬼はその刺激に顔をゆがめている。
それをみて、タツヤは確信した。銀が効いていると。
飛行能力を失った吸血鬼は、もはやタツヤの相手としては不足だった。
タツヤは吸血鬼の攻撃を楽々と躱す。だが、反撃はしない。
彼は吸血鬼を殺すべきか否かを考えていた。
数百年もの間、空腹のままにとじこめられていた吸血鬼に同情しないこともなかった。人を襲わずにいられるのならば、命を奪う必要はない。
タツヤは祖国の剣術師範に言われていたことがある。
殺人剣となるな。命を活かし、本当に必要なものだけを武によって斬れ。
その教えを忠実に守ってきたタツヤはいままで一人も殺めていない。
戦闘不能にすることで、しのいできた。
殺めることに抵抗があるのではない。ただ、理由なく殺すことはできなかったのだ。
「攻撃をやめるんだ。そうすれば逃がしてやる」
美しい顔をもつ吸血鬼にむかってタツヤは言った。
「これで最後だ。攻撃をやめろ」
姿形こそ人間のようだが、人の言葉を理解しないのではないか。
タツヤがそう思ったとき、ついに吸血鬼が口をひらいた。
「私は負けない・・・・・・。人間を滅ぼすまでは・・・・・・。我らを滅ぼした人間を・・・・・・」
タツヤと吸血鬼は動きをとめ、向かい合った。
「人間を襲ったのはおまえたちではないのか」
「そうだ・・・・・・。人間の血は我らの糧・・・・・・」
「人間だって黙って餌にされるわけにはいかない。お互い様だろう」
「そう・・・・・・。だから、殺し合う・・・・・・。どちらかが滅ぶまで・・・・・・」
「・・・・・・わかった」
タツヤは覚悟を決めた。
吸血鬼の鋭い爪がタツヤの身体へとのびる。
長い牙はタツヤの喉元へ突き刺さろうとする。
動脈を切り裂き、あふれる鮮血を吸い尽くしたい。
吸血鬼は渾身の力で、タツヤに飛びかかった。
だが、その牙も爪先はタツヤの皮膚へと届かない。
タツヤはただ一突き、吸血鬼の心臓へと刺突剣を差し込んだ。
吸血鬼の心臓からは血があふれでる。
吸血鬼の身体から力が抜けた。
タツヤはその身体をゆっくりと地面におろし、剣を引き抜いた。
「これが私の血か・・・・・・」
吸血鬼は傷口に手をあて、か弱い声で言った。
少しほほえみ、そして、息を絶った。
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