血
骨肉を断つときの感覚、刀を握るタツヤの手にはたしかにそれがあった。
しかし、黒衣の男は背中に生やした羽を何もなかったかのようにパタパタと動かしている。
外したのか?
タツヤは自分の手応えに疑問をもった。
もしかすると翼の中でも特に硬い部分に当たっただけかもしれない。
男は再びふわりと宙に上がり、タツヤに襲いかかる。タツヤの身のこなしをみて、一番の驚異だと感じたようである。
コウモリのように上下に揺れながら、タツヤに牙をむける。
タツヤが躱し続け、時折、剣筋を男の身体に入れた。しかし、斬った感触ばかりで、その皮膚には一切の傷がついていない。
どれほど刀を受けようと、男は無表情を貫いている。
タツヤは思った。
随分と余裕な顔つきだ。自分が負けるかもしれない。そんなことを微塵も考えていない顔だ。いや、そもそも負けるということを知らない可能性もある。
恐怖を知らざる者。これは人間の類いではない、何か別のものだと思わなければ……。
タツヤはその能力の秘密を探ろうとした。が、男は休むことなく攻撃を繰り出す。
速さなら絶対に負けることはない。しかし、斬っても無駄な相手の攻撃を躱し続けるのには限界がある。
そう感じたとき、タツヤの頬に一筋の痛みが走った。手を当てるとぬめりがある。
黒衣の者もタツヤが一筋縄ではいかないと感じたのだろう。指先から長い爪を出している。
ただの人間であれば、爪はつかわない。
自らの餌、それをむやみに出血させる意味がないからだ。
だが、タツヤは餌ではないと認識した。これは自分を害する虫だと。排除しなければならない。
左右から繰り出される爪の連撃をタツヤは刀でしのいだ。爪は鉄のような硬さで、刀が当たるたびに金属音が鳴った。
致命傷を与えなければならない。
次々と襲い来る爪を受け流しながら、タツヤはあえて隙をつくった。
そして、黒衣の者の爪先はそこへ吸い込まれた。
タツヤの懐から火花が散った。そして、タツヤはその刀を手放すと脇差を即座に抜き、男の頸へと差し込んだ。
血のようなものがみえた。人間の血のように黒い。が、それを成すのは赤色でなく、濃い闇のような青色である。
だが、それがあふれ出すことはなかった。
たった一滴、こぼれ落ちただけだ。
タツヤは喉をかっ斬るように脇差を動かすが、斬られたその瞬間には、その裂け目は繋がっている。
――――再生能力、超再生能力。
タツヤはその者の能力を把握した。
極めれば刀に斬れぬものはない。そう教えを受けてきたタツヤである。
しかし、斬ったとしても打ち倒せないものに遭遇したことはなかった。
霧のごとき魔獣を斬ったと伝わる脇差、それですら通用しないのだ。
タツヤはすかさず脇差を男の頸から引き、その顔を冷徹な顔に無数の斬撃を浴びせた。
だが、まるで水面をなぞったように傷口の線はすぐさまに消える。
倒す術がない。
タツヤはしゃがみこみ、手放した打刀をひろい、男の足に杭のように突き刺した。
そして、身をひるがえした。
「ゲンゾー殿、逃げよう!」
「え、お、おう。ジョアンナ、逃げるってよ……っておい!」
「た、立てません!」
ジョアンナは腰を抜かしていた。
「ええい!」
ゲンゾーはジョアンナを担ぎ上げた。
「光だけは消すなよ!」
「は、はい!」
タツヤたちは洞穴の出口へ駆けた。
それを追いかけようとして、黒衣の者は飛ぼうとするが、突き刺された刀がそれを邪魔した。
男はそれを引き抜かなかった。肉を断ち、再生しながら、自らの足の方を引き抜いた。
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