放浪

「その男がどうしたというんだ!」

カールがゲンゾウを指さして言った。

戦場と違って、服を新調し、風呂で砂埃を落としたゲンゾウの姿は、タツヤの目に頼もしく映った。

エスメラルダが言う。

「この怪しいオッサンはゲンゾウ。傭兵です。街で、とある情報を入手したようです。フー少将、話をさせてもよろしいですか」

エスメラルダはフーにたずねた。フーは「はい」とうなずいた。

「拙者はゲンゾウ。傭兵を生業としている。街の浴場でサウナに籠もっていたところ、ある男たちの会話を耳にしたのだ。その後、彼らをつけ、酒場まで行った。拙者は個室にて彼らに酒を振る舞ったが、そのうちにへべれけになり、面白い話を聞かせてくれたのだ。そう、彼らは衛兵で、カールとかいうどこぞどら息子に家族を人質にとられていると」

はぁー、とカールの父デンバーの大きなため息が聞こえた。

「拙者は真偽を確かめるため、彼らの一人を家に送った。すると、怪しき人影がその家を見張っていたんだ。おそらくは暗殺を請け負った者だろう。事を荒立てないために拙者はその場は何もせずにおいた。まずはこんなところだ」

「……と言っていますが、カールさん」

フーがカールに言う。

「で、でたらめだ!」

カールは大声でわめいて否定する。

「では、先日の衛兵たちにもう一度聞いてみましょう」

ドアがふたたび開き、先日証言した衛兵たちが部屋へと入った。彼らはカールをにらみつけている。

「あなた方の家族は王国軍が保護しています。王国軍の名誉に懸けて誓います。また、先日の証言における真偽は不問とします。今回は必ず真実をお話ください」

フーがそういうと、衛兵たちは頷き、話し始めた。

先日の証言はカールに嘘を強要されたこと。そして、本当はカールが単騎特攻をタツヤに命じ、彼自身は森に隠れて戦場に出なかったことを。

「カール、その傷はタツヤにやられたのね? ここで包帯をとってみせて」

エスメラルダが言った。

「刃物の傷がついているはずでしょ? 傷口をみせて」

「うぐぐ……」

カールは包帯をとろうとしない。

そのカールの様子をみて、デンバーが口を開いた。

「フー少将。そろそろ審議で良いのではないか」

「そうですね。そうしましょう」

ちなみに、とデンバーがカールを見ながら言った。

「私はタツヤ殿が無罪。カールが有罪という意見だ。心配は不要です。後継者なら他にもいる」

その言葉を聞いて、カールはうなだれた。


***


結局、タツヤは無罪判決となり、カールは有罪となった。王国軍がカールの身柄を預かり、法廷で裁かれるのだという。


「タツヤ殿、愚息が迷惑をかけた。これを持っていってくれ」

タツヤはデンバーから未払いであった報酬金を受け取った。迷惑料も入っているのか、契約時よりも上乗せされていた。

「タツヤさん、行く当てはあるのですか。あなたならば良い戦士になれる。王国軍に入隊しませんか?」

少将のフーがタツヤを勧誘する。

だが、タツヤは迷うことなく断った。

「それがしは武者修行のために諸国を回ります。どこかに忠義をつくすというのは性にあわないので」

ましてや王国には……とタツヤは思った。

「残念です。ですが、またお力を借りることがあるかもしれません。そのときはよろしくお願いします」

フーがそう言って手を差し出し、タツヤがそれを握り返した。

「ええ。そのときがくれば」


***


出立の前、タツヤとエスメラルダは中庭にいた。

「エスメ、ありがとう」

「タツヤには助けられたからね。これからどうするの?」

「何も決めていない。まずはどこかの街を訪ねてみようかと思っている。エスメはこれからどうするんだ?」

「私は南の連合諸国に用があって……」

「なら、護衛はいらないか?」

フーには武者修行と伝えたが、実際の目的はもっと漠然としたものであった。隠れ里を出て、諸国を巡り、自身の行く末を決める。そうせざるを得ないほど、タツヤの里は衰退していた。ひとまずは武者として身を立てることを考えていたが、なるようになれというやるせない気持ちも彼にはあった。

どうせ放浪するならば、彼女のそばにいた方が良いのではないか。エスメラルダのことは放っておけない。なぜか気になるのだ。

だが、タツヤの提案に、ううんとエスメラルダは首を振った。

「心配ありがとう、でも、仲間が迎えに来るの」

「そうか・・・・・・」

タツヤは自分が思っていた以上に残念な気持ちとなった。

「これ、持ってて」

エスメラルダはタツヤに木彫りの鳥を渡した。以前、ゲンゾウがつかった魔道具の伝書鳩である。しかし、その形は鳩ではなく、ハヤブサのように鋭いフォルムである。

「何かあったらこれで文を送って。飛ばす前に頭をなでてね。また会うときまで元気で」

「わかった。ありがとう。エスメも道中無事で」

タツヤは伝書鳩を受け取り、庭をあとにした。


***


タツヤは旅の装備をととのえ、街の門をくぐった。

すると後ろから呼び止める者がある。

「おーい! 待ってくれ!」

そこにあらわれたのはゲンゾウであった。

「タツヤ、おぬしはどこへ行くんだ?」

「とりあえず西へ行こうかと思います。鍛冶の街があると聞きました」

「ブロンズハードのことか。拙者の槍もそこで造られたものだ。おおよその道もわかる。迷惑でなければ拙者が護衛しよう。こいつもどうにかしなければならない」

そう言って、ゲンゾウは弾丸が刺さったままの槍をみせた。

「護衛……。雇えるほどの金はありません」

「あ、いや、すまん。そもそもおぬしの実力に護衛は不要であったな。……護衛というよりも従者として同行させてくれ」

タツヤは驚いて否定する。

「同郷の先達を従えるなんてできませんよ。逆ならわかりますが」

「ならば、同等の仲間として同行しよう。拙者も祖国を失い、さまよう侍。行く当てがないならば、シキオリの若者のために力をつかうのが本望というものだ」

「まあ、旅は道連れ……といいますが。ゲンゾウ殿が良いのならば」

「ゲンゾーと呼べ。殿様が手の者を敬うか? 言葉もかしこまるな」

「は、はあ。ともかく行きましょう」

「そうだな、行こう」


タツヤとゲンゾウは連れだって西への道を歩きはじめた。

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