証言

兵を見捨てて、戦地から逃げ出したのはカール自身である。そして、契約の呪印を盾にして、タツヤに単騎特攻というでたらめな命令を下したのも彼だ。

そのことが明らかになればカールの立場も危うい。しかし、彼は自身の罪が露呈するまえにタツヤを罪人に仕立て上げようと企んだ。

もちろんそこには武功をあげたタツヤへの嫉妬も多分に含まれている。

カールはエスメラルダに執心だ。そして、エスメラルダの周囲にいるタツヤを邪魔と思っている。

この場には領内の貴族や役人たちも列席している。領主の息子であるカールは優位な立場を利用して、彼に意見し、楯突いたタツヤを排除するつもりなのである。


タツヤが口を開こうとすると、エスメラルダが手をあげた。

「エスメラルダ殿」

はい、と彼女は言い、立ち上がった。

「タツヤの弁明を聞く前に、判事をフー少将にお任せすることを提案します。領主デンバー様が公平なお方であることは誰もが承知のことですが、カールは肉親。判決によっては亀裂が入らないとも限りません」

エスメラルダの言葉を聞いてカールの表情は曇り、あわてた。

「ちょっ、ちょっと待って……」

「カール、静かにしろ。エスメラルダ殿の御考慮をありがたく受けたいと思う。フー少将、お願いできますかな」

フーは眼鏡をおさえ、「謹んでお受けいたします」と答えた。


タツヤは判事がフーになり、少し安堵した。

フーは事情を知っている。問題は、カールの嘘を曝くための証拠を出さなければならないということだ。

そのためには………。

「まずはカールの訴えに対し、タツヤさんの反論はありますか?」

フーがタツヤに尋ねた。

「カール殿のいうことは真っ赤な嘘です。むしろ、戦場から逃げたのは彼自身です。それに、それがしに単騎特攻を命じました」

タツヤの言葉を聞き、デンバーからため息が聞こえた。フーは続けていう。

「そのことは私も前線でタツヤさんから聞きました。しかし、私はその現場を目撃していません。何か証拠はありますか」

フーはこの場では判事として、あくまで公平に審議をすすめるつもりであるらしい。タツヤに肩入れする様子をみせれば、タツヤの無実すら怪しまれてしまうという配慮だった。

「援軍として共に前線に向かった衛兵がそれを聞いています」

タツヤは答えた。

彼らが証言すれば、カールの虚言は無効となる。タツヤはカールの顔にちらと目をやった。しかし、先ほどの曇った表情からふたたび薄笑いを浮かべた顔へと戻っている。それをみて、タツヤは違和感を感じた。

フーが手を叩く。

「実はタツヤさんが来る前に、カールさんも同様の証言を。どちらが正しいか、実際に衛兵に聞いてみましょう」


ドアがひらき、三人の衛兵が入ってきた。

カールは相変わらずニヤついている。

「怪我なく帰還した援軍の衛兵の中から、無作為に三人選んであります。では、右端の彼から聞いてみましょう」

フーがそういうと、衛兵の一人が緊張した面持ちで話しだした。

「前線がみえたところで、タ、タツヤ殿、が、む、謀叛を起こさないかと、い、言い出しました。カール様がそれを、それを、とめようとしたところ、タツヤ殿は森の中へと姿をく、くらませました・・・・・・」

衛兵の言葉を聞いて、タツヤは即座に理解した。カールは衛兵たちを言いくるめている。証人はランダムに選ばれるため、可能性のある200人近い衛兵たちを買収しなければならないが、それにはあまりにも金銭がかかりすぎる。となると、何らかの方法で彼らを脅しているに違いない。

続く二人目、三人目も同様の証言を行った。カールは勝ち誇った顔でそれを聞いていた。


「……なるほど。タツヤ殿が謀叛を企み、出奔したと。ちなみに援軍の中にカールさんがいなかったのはなぜですか? では、真ん中のあなた」

フーは二人目の衛兵を指さした。

「タツヤ殿をとめようとして腕を斬りつけられ、怪我をしたからです」

カールは包帯の巻かれた腕を高らかとあげた。フーはしばし無言で考え込むと、タツヤに言葉を投げかけた。

「タツヤ殿、兵たちはこう言っていますが……」

「それがしはやっていません。……ただ、それだけです」

タツヤはそれしか言えなかった。反論はいくらでもできるが、それを証明するものがないのだ。

「衛兵たちの証言に従うならば、タツヤさんは有罪。逃亡だけでなく謀叛の疑いもあるので、処刑もあり得ます。しかし、彼の活躍によって支援部隊が助けられたのも事実。判決まで数日、審議したいと思います。その間、容疑のあるタツヤさんは牢に入ってもらいます。申し訳ないですが、おわかりいただけますか」

タツヤは頷いた。刀は入室の前に兵に預けている。体術を駆使してここで脱走を図ってもよいが、エスメラルダのことが気にかかった。今度の戦にタツヤを傭兵として引き込んだのはエスメラルダである。ここでタツヤが逃げ出せば、その責任が彼女まで波及しないとも限らない。

それに、ここで逃げ出せば、罪人として自分を認めることになる。エスメラルダの前で、そのような姿は見せられないとタツヤは思った。


「カール殿、覚悟するといい」

手枷をかけられながらタツヤはそう言い、大人しく牢へと向かっていった。

「おお、犯罪者だ。怖い怖い。ははは!」

カールは高らかに笑った。だが、フーの次の一言でカールの笑い声も止んだ。

「カールさん、あなたも今のところ容疑者です。次の審議までは部屋に幽閉させていただきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る