呪われる映画
たまに映画好きの友人に誘われて、彼の家で映画を見ることがある。
私は映画にあまり興味がなく、彼の家以外では、ほとんど映画を見ない。
映画通の彼が見せてくれる作品は、映画にうとい私には聞いたことのないものばかりであった。
その日も、私は酒とつまみの入ったビニール袋をぶら下げて、友人の家に上がり、ソファーの定位置に坐った。
ローテーブルの上に酒とつまみが並ぶと、友人は大型テレビに向けてリモコンを操作し、映画を再生させた。
「前から見たかった映画が、今日から無料で配信されることになったんだ。それで、これは君と一緒に見なければならないと思った次第だよ」
その映画は、聞いたことのないタイトルで、出てくる役者も知らない人ばかりであった。
しかし、映画は有名な役者が出ているからおもしろいとは限らない。
大事なのは中身のおもしろさであり、これを否定する人は少ないだろう。
そこで、肝心の映画の中身だが、筋はむちゃくちゃで、役者の演技も私には下手に見えた。
だが、映画通の友人にはわかるおもしろさが、どこかにあるのだろうと思い、黙って画面を眺めつづけた。
しかし、映画はいつまで経っても、ちっともおもしろくならなかった。
何気なく友人に「これ、長さはどれくらいなの?」と尋ねると、「二時間四十分」との答えが返って来た。
「ずいぶんと長いね」
「うん、長いよ」
あまりにもつまらなすぎて、私の酒を飲むスピードがいつもより速くなった。
そのためもあって、中盤で眠くなり、それでも我慢して見続けていたが、終盤でいつの間にか眠っていた。
友人に揺り起こされて目覚めたときには、エンドロールが流れていた。
あくびをする私に向かって、「つまらなかっただろう」と言いながら、友人が口の中へピーナッツを投げ入れた。
「君みたいなマニアにはおもしろい作品だったかもしれないけど、しろうとにはさっぱり良さがわからなかったよ」
素直に答える私に友人が笑いながら言った。
「安心しろ。僕もつまらなかったから。いや、この作品をおもしろいというやつはいないだろう。俺はおまえらとは違うんだと、マウントを取りたいやつ以外はね」
彼の返答に対して、当然、私にはそぼくな疑問がわいた。
「そんな作品をなぜ、見せたの?」
「この映画に、Aが出ていたのに気がついた?」
Aは俳優にうとい私でも知っている役者だ。
善人から悪人までこなす名脇役として知られており、数々の映画に出ていることを、友人に教えてもらったことがある。
友人が見せてくれた邦画の中にも、たまに出ていた。
それだけでなく、テレビのバラエティー番組にも出ていたので、私にはそちらの印象のほうがつよかった。
そういえば、今日見た映画の中で、ダンディーな白髪のおじいさんが出ていた記憶がある。
友人が言うには、この作品がAの遺作とのことだった。
Aは映画の主役でデビューを果たしたものの、その後は長い低迷に陥り、中年になってようやく脇役で人気が出て、どんな役でも仕事を断らずに受けてきたそうだ。
しかし、年齢を重ねると体がついて来なくなり、Aは仕事を選ぶようになった。
そんなときにオファーのきた仕事が、今日見た映画であった。
映画界のうわさ話によると、脚本を渡されたAはそのひどさに出演を断ろうとしたが、監督がAの熱烈なファンで、手紙や電話で何度も出てくれと頼まれたので、仕方なく引き受けたのだそうだ。
「その映画の試写会のあと、Aは体調を崩して、そのまま肺炎で死んでしまったんだ」
酒を飲みながら話を聞いていた私が、「何だかかわいそうだね」とつぶやくと、友人もうなづいた。
「トンデモ映画として歴史になまえを残すぐらいつまらないわけではなく、Aの遺作としてそこそこ客も入ったから、何だか中途半端な作品なんだよね。これが最後の作品というのは、ちょっと未練が残るよね」
「まあね」と口にしたあと、私は脱線していた話を戻した。
「それで、そんな作品をどうして見せたのさ」
私の質問に、友人は少しだけ声をひそめて答えた。
「実はね、Aが死んだあと、今日見た映画の関係者に、いろいろと不可思議なことが起きたらしい」
映画にさして興味はないが、怪談が好きな私は、少し身を乗り出して友人の話に耳を傾けた。
「目の前で誰も触っていないのに茶碗が割れていたり、ひとり暮らしで机の上に置いていたドーナッツがなくなっていたり、誰もいない二階から人の足音がしたり……」
話を続けようとする友人を、「どれも微妙だなあ」と私はさえぎった。
「それだけではないんだ。僕が所属している映画サークルの仲間から教えてもらったのだけど、この映画を見た者も、関係者と同じような不可思議な現象に見舞われるらしい……。君も何か不可思議なことがあったら教えてくれ。ホラーは好きだろう?」
「ねえ、そんなことのために、二時間四十分もあんなつまらない映画を見させられたの? そっちのほうがホラーだよ」
私の抗議を無視して、「あ、思い出した」と友人が話を続けた。
「実は、Aにはもう一本映画のオファーが来ていてさ。そちらは新進気鋭の監督の作品で、Aはその作品を自分の引退作と決めていたらしい」
「まだ、続けるの、この話」
「まあ、聞いてよ。それでね、その作品のAが出るはずだった場面に、人間に見えなくもない何かが映っているんだよ」
「また、微妙だな」と、私はあきれながら壁の時計を見た。
すると、終電の時間が近づいていたので、私は友人の家を後にした。
自分のアパートに戻り、私がリビングに入ると、フィギュアケースが視界に入った。
なにげなく、そこそこお気に入りのフィギュアを見てみると、手についていたはずの武器がなくなっていた。
どこを探しても見つからない。
探すのをあきらめた私は「微妙だな」とつぶやきながら、バスルームへ向かった。
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