短編集「天使の像」
青切
天使の像
帝国が華やかだった時代の話。
ある州の長官が、その州一の石工に、天使の像をつくるように命じた。蛮族に対する戦勝記念の広場をつくるので、その中央に置こうという話であった。
命を受けた石工は、一世一代の大仕事と、寝食を忘れて、大理石へ鑿をあてつづけた。
石工は、傍目から見れば立派な出来の石像を何体もつくったが、彼は納得しなかった。どうしても、腕の位置が定まらなかったのだ。天に両手を捧げている像、前方に差し出している像、太ももに添えている像……。いろいろ試してみたが、どうもしっくりこなかった。どういう姿がいちばん、天使にふさわしいものなのか。それが石工にはわからなかった。石工は悩み、やつれていった。
石像を長官に納める期日が来た。石工の嘆願を受けて、長官は期日を何度も伸ばしてやったが、広場はとうの昔に完成しており、それ以上は待てなかった。
長官が多数のお供をつれて、石工のもとを訪れた。
ずらりと並んでいる天使の像は、長官たちの目には、どれもすばらしいものに映った。多少、審美眼を持ち合わせていた長官は、その中でいちばん出来のよい、両手を前に差し出している像を広場に立てるようにお供へ命じた。
「それは出来損ないです」と石工は泣き叫んで、それを止めようとしたが、仲間の石工が羽交い絞めにした。石工は暴れた果てにうなだれて、それ以上は抵抗しなかった。
像が広場に立てられると、国中の評判となり、石工は帝国一の職人とうたわれたが、酒浸りの本人はまったく喜ばなかった。
しばらくしてからのち、帝国を代表する武人であり、かつ、高名な詩人でもあった将軍が、蛮族を退治する命令を受け、通り道である、その州を通りかかった。
長官は州をあげて歓待した。
その宴の席で、くだんの石像の話になり、将軍がぜひ拝見したいと言ったので、長官は快く、彼を広場へ案内した。
広場につくと、将軍は右手をあごにあてつつ、天使の像をまじまじとながめた。そして、「ふむ」と言った。
あまりにも長い時間、将軍が像を見つめているので、長官が「何か、この像に、不都合な点でもございましたでしょうか?」とたずねると、「いや……。この像をつくった者と話をしたいのだが、会えますかな?」と答えが返ってきた。
家で酔い潰れていた石工が将軍の前へ立たされると、将軍は優しく問いただした。
「すばらしい出来だが、おまえはこの像に不満があるだろう?」
将軍の言いに、石工はろれつの回らぬ舌で、「よく、おわかりで。腕の……、腕の形が気に入らぬのです」と答えた。
すると、将軍はひとつうなづき、「たしかに、この像はよい出来だ。しかし、今のままでは、単なる石の像、天使の化石にしか見えぬ。血が通っているように見えない」と言った。
将軍の言葉に、石工は涙を流しながら、「その通りなのでございます。しかし、わたくしには、どうすれば、この石像に血を通わせることができるのかわかりません」と応じた。
それに対して、将軍は石工に近づき、彼の肩に手を添えてから口を開いた。
「おまえは石を彫る技術はすばらしいが、想像力がすこし足りぬようだな」
「想像力でございますか?」と石工が口にすると、将軍はひとつうなづき、刀をするりと抜いた。
どうされたのかと、みなが驚く中、将軍は「足してだめなら、引いてみろという言葉がある」と言い終わると、像の両腕を切り落とした。
予想外の行動に、みなは困惑した。石工ひとりを除いて。
石工は両腕を失った像をしばらく見つめたあと、「これだ。これが私の求めていた姿だ」と言いながら、像の台座に抱きつき、その足に接吻をした。
長官のお供に石工が像から引き離されるのを見ながら、将軍は刀を鞘に納めた。
すると、両腕を失った像をながめていた長官が、「た、たしかに、腕のないこちらの方が想像力を掻き立てられ、まるで生きているように見えますな」と将軍に言った。
それに対して、将軍が黙ってうなづいたところ、異変がはじまった。
「おい、像の肌の色が変わっていないか?」
長官のお供のひとりが声を発すると、みなが、像を凝視した。たしかに、肌の色が人間のそれに変わり、瞳や髪の毛にも色がつきはじめた。それだけでなく、やがて、むずむずと像が体を動かしはじめた。
「ああ、これはやりすぎたかな」と将軍が声を発すると、腕のない天使の像は羽をはためかせて、空高く、どこかへ飛んで行ってしまった。
将軍から直接その話を聞いた皇帝は、その話をいたく気に入り、将軍が切り落とした両腕を取り寄せ、後宮の宝物庫へ安置したとのこと。
この両腕が夜な夜な動き出し、後宮で悪さをした話は、また、別の機会に話そう。
天使が飛び去ったあとは、どうしたのか?
長官の命令で、その台座には何も置かれなかったが、国中から、多くの人びとがひと目見ようと、その広場に押し寄せたそうだ。
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