第14話 六つの世界の支配者

「皇帝陛下へいか、ザナドゥ王国より親書が届いております」


 旧帝国バーランタンの王城にある寝室で、側近の男が入り口近くで皇帝に声をかける。

 バーランタン皇帝アルフレート・フォン・バーランタンはベッドの上に立ち、乗馬の鞭を裸の獣人の娘に力いっぱい振るうと悲鳴が上がる。

 獣人は犬か猫だろうか、両手両足を広げてロープで縛られているため逃げる事が出来ない。


「ザナドゥだとぉ⁉ ギーッ! あの歴史も気品もない下賤の者の国か!」


 六十~七十代だが白髪は無く、身長は高くないが体は丸々と太っている。

 高そうな寝巻のままで息を荒くしてもう一度獣人を叩く。


「内容はなんだ! ぐぬぬ、以前送った支援の返事か!」


 側近はベッドに近づいて手紙が乗ったトレイを両手で差し出すと、皇帝は手紙を奪う様に取り封を開ける。

 読み始めてしばらくすると手紙をビリビリに破りだす。


「こっ、皇帝陛下へいか⁉ 親書ですぞ!」


「こんな事知るか! ザナドゥの冒険者訓練の為にダンジョンを使うから日程を調整しろだと⁉ ゲボハハハハ! ふざけるのも大概にしろー!」


 破いた手紙をまき散らし、また鞭を手にして獣人の娘を叩きだす。

 獣人の娘は手足には毛が生えているが胴体などは産毛が生えている程度、なので真っ赤にはれ上がって血がにじんでいる。

 しかし顔は叩いていないようだ。

 徐々に獣人の悲鳴が小さくなり、反応が薄くなると叩くのをめる。どうやら獣人は意識を失った様だ。

 ベッドにどっかと座ると側近に命令を出す。


「向こうの日程に合わせてダンジョンを使わせてやれ。チッ! チッ! チチチチッ! ああ腹立たしい! 暴力しか能のない名ばかりの王国の分際で!」


 この男、間に擬音か何かを挟まないと気が済まないのだろうか。

 チッ! は舌打ちだ。連射もした。

 ちなみに名ばかりの王国というのはザナドゥはシュウトが国王であり、他は全て平民だからだ。

 一応王妃は居るが貴族という訳ではなく、役職や階級があるだけだ。


「それとこの無茶な頼みごとの報酬は、うおっほん、あー、しっかりと請求しておくように。それと! ダンジョンは貸すが冒険者の安全を保障するものではない事を、ゲボッ、ゲボハハハハ! 伝えておけよ!」


 小物感あふれる皇帝である。

 しかし反乱勢力のせいで国が分かれて以降、ザナドゥ王国からの支援なしにはまともに生活もままならない状況が続いている。

 にもかかわらず貴族主義が抜けず頼り切っているザナドゥ王国に毒をはく始末。

 ザナドゥ王国もどうしてこのような国に支援を続けているのだろうか。


 さてその頃勇者達は最上階である十階を目指して奮闘していた。

 何とか一日一階を目標にクリアしているが、八階に進めないで悩んでいる。

 いつも一階からスタートして極力戦闘を避けて進むのだが、どうやっても七階での戦闘回数を減らせないのだ。


「あまり広くない塔とはいえ、全ての部屋の前を通らないと階段にたどり着けないというのは嫌がらせにしか感じないな」


 帰りの馬車の中で地図を広げ、裕晃ひろあきは廊下を指でなぞって階段をトントンと叩く。

 

「走って通り過ぎようとしても、どこかで敵と遭遇したら後ろから挟み撃ちにあっちゃうし、一度止まると通り過ぎた部屋から敵がゾロゾロ出てきちゃうし……」


 睦月むつきは廊下を指でなぞり敵と遭遇した部屋の前で止めると、他のメンバーが後方の部屋から指でなぞり睦月むつきの指にぶつける。

 挟み撃ちにされると危険度が上がり戦闘時間も伸びるため疲労が蓄積する。

 かといって順番に倒していくと時間切れになってしまう。


「やっぱりアレっきゃないんじゃない?」


 アレか、とメンバーが思い思いに考えるが、思い切って聞いてみる事にした。


「レオポルドさん、塔の内部で一泊する事は可能ですか?」




「シュウト様、第一パーティーが塔の中で宿泊したいと言ってきました」


 勇者部屋で軽食を食べているシュウトにレオポルドが報告する。

 すでに女勇者達と遊んだ後で風呂から上がったばかりの様だが、女勇者達は部屋の奥にある大きめのバスルームでキャッキャ言いながら体を洗っている。


「七階まで行ったんだったな。何日足止めされた?」


「四日です」


「四日か。随分と悩んでたんじゃないか?」


「二日目から悩み始め、今日は他の手段を色々と試してダメだったようです」


「キャンプに必要な装備は用意しておけ。勇者が必要だと思ったものを直ぐに持って行けるようにな」


「かしこまりました。それと如月睦月むつきなのですが……」


「何かあったか?」


「塔の攻略を開始した日から妙に大城戸裕晃ひろあきに密着しています。何か計画に変更がありましたか?」


「密着か。計画に変更はないが、相変わらず手紙は毎日来ているからかなり葛藤しているんじゃないか?」


「葛藤ですか。意外と心の強い娘なのですね」


「まったくだ。俺の魅力値を随分下げたとはいえ抱けない勇者はいない。その中で葛藤できるほどの意志を持っているんだからな、最後が楽しみで仕方ない」


「本当に、今まで見た事がありません」


 レオポルドの中にあるシュウト像は、全ての者がひれ伏し、男女を問わず好意を寄せ、欲しい物はすべて手に入れ、意に沿わぬものは殺す、そんな姿だった。

 そんなシュウトに屈せず、シュウト自身も屈しないのを楽しんでいるので二重に驚いている。

 ただそれを楽しんでいる理由も理解している『ひま』だったのだ。


 シュウトはこの世界を含めた六つの世界を支配している。それこそ原始時代から銀河間戦争が起きている世界までだ。

 技術などというモノを超越した力を持っており、指先一つで世界を崩壊させることも可能なので、どの世界に行っても祭り上げられ媚びへつらってくる。

 全ての世界の娯楽・快楽を経験した人間にとって、楽しみと呼べるものはあまりにも少ないのだ。

 

「んん? お泊りになると手紙が来なくなるのか。結構楽しみにしていたんだがな」


 今までにも手紙、ラブレターなどは山のようにもらっているのに睦月むつきの手紙を楽しみにしていた様だ。

 どうやら今回の遊び、シュウトの中ではかなり楽しんでいるのかもしれない。


 場所は戻って旧帝国バーランタン、皇帝の命令により冒険者ギルドでは天地をひっくり返したような混乱におちいっていた。

 いきなりザナドゥ王国の冒険者に協力しろ、来たらダンジョンを貸し切りにしろ、良い宿を用意しろ、見た目の良い男女を揃えてもてなせ、などなど、冒険者に必要なのかと思う内容が盛り沢山だ。


「マスター、予算は国が出してくれるんですよね? ね?」


「当たり前だ! ダンジョンの貸し切りでも他の冒険者に大迷惑なのに、良い宿? 美男美女でもてなせ? こんなふざけた内容を丸投げするなら相応の額は払ってもらう!」


「来週には来るっていうし、まずは出来る所からやっていきますか」


「……ザナドゥ王国か、一番新しいSランク冒険者が所属しているのに何をしようっていうんだ。まさかSランク冒険者をさらに増やすつもりか?」


 この大陸にSランク冒険者は十名。

 約二十年の間に二人が引退し一人が追加されたのだが、追加された一人がザナドゥ王国に所属する冒険者なのだ。

 それ以外にもSランク相当と言われるBランク冒険者が三名おり、同じくザナドゥ王国を拠点としている。


「まあどうせ? 今回の資金もザナドゥ王国から出て来るんだろうけど、あの国には一体どれだけの資金が有るっていうんだ」


 ザナドゥ王国は世界中に金をばらまいている。

 特に世界大戦で負けた国には大量の金をばらまいており、旧帝国バーランタンの様ににっちもさっちもいかない国がほとんどだ。

 しかし友好国には別の支援をしており、代表格といえるのがメナストーン国だ。

 三十年前までは「三代先は無い国」と言われていたのだが、今では鉄鋼産業や宝石の産地として大変賑わっている。

 中でも「人より大きな宝石の原石」が有名で、観光客で毎日大混雑だ。

 まぁシュウトの嫁が女王をしているのだが。

 そんな混乱の中、ギルドには更なる混乱の元が訪れた。


「ちょっといいかしら、近々ザナドゥ王国の冒険者が来ると聞いたのだけれど、ギルドマスターに問い合わせてくれないかしら」


 話題に上がったザナドゥ王国のSランク冒険者、フランチェスカだった。

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