第9話 初めてのダンジョン、初めての接触

 勇者達がダンジョンの前に集結した。

 このダンジョンは地下に洞窟が広がっているタイプで深さは五階層、冒険者なども使っているため通路には魔法の明かりが設置されている。

 しかし暫くは国からの通達により勇者の貸し切りとなる。


「では諸君、これよりダンジョンに突入するがいつも通りの平常心で向かうのだ」


 近接戦闘教導隊隊長のレオポルドがダンジョン入り口を背にして勇者達に声をかけると、意外と勇者のテンションが高いのが「おう!」と返事が返って来る。

 簡単な注意事項が伝えられるとパーティーごとに別れ、十のパーティーそれぞれに二人の護衛が付く。

 第一パーティーは最も成績の優秀な十人で、如月睦月むつきと生徒会長の大城戸裕晃ひろあきがおり、なんとビッチギャルの黒羽凜華りんかもいる。

 護衛に付くのは今年十六歳になる若い女騎士と、同じ年の魔法兵だ。


「ルーシーさん、タリクさん、本日はよろしくお願いします!」


 裕晃達が二人に挨拶をすると二人も軽く挨拶をする。

 ルーシーが女騎士団員、タリクが男魔法兵だ。

 普段から訓練してもらっているため勇者達にはよく知った顔ぶれ。

 早速ダンジョンに入ると中は意外と明るく足元が良く見えるが少し肌寒い。

 一つのパーティーが十名と多めだが、初心者ダンジョンといっても中は意外と広いので丁度いい人数だ。


「うわぁ~、洞窟なのに明るいのって不思議だな」


「本当だね睦月むつき。足元に注意して」


 裕晃が睦月むつきの手を取り歩こうとするが、早速ルーシーから注意が入る。


「ダンジョン内で手を繋ぐのは限定的な場合だけにしてください。二人の行動が阻害されてしまいますので」


 注意されて慌てて手を離すと凜華りんかが二人を茶化す。


「二人が恋人なのは公然の秘密だけどさ? ダンジョンでイチャつくのは勘弁だよ~?」


 他のメンバーも笑いながらウンウンと頷くと睦月むつきと裕晃は顔を赤くして距離を取るが、チラリと互いを見て笑顔になる。

 しばらく小声で雑談をしながら進むと、ルーシーとタリクが立ち止まり壁際による。

 勇者達は一瞬どうしたのかと思うが直ぐに壁に寄り武器を手にする。


「前方にブロブがいます」


 ブロブはスライムの一種で形は不定形、移動は血管の様な枝分かれした細い触手を複数本進行方向に伸ばし、触手に体の中身を移動させることで進んでいく。

 なので移動速度はとても遅く攻撃手段は直接触れる事による酸攻撃だ。

 だから直接触れなければ子供でも倒せるモンスターと言われている。

 ただ今回は少しだけブロブが大きく、触手を伸ばしたら一メートル程ある。


「ブロブは直接触っちゃダメだから、魔法攻撃が良いんでしたね」


「その通りです睦月むつきさん。では魔法を使える人は前に」


 魔法指導官のタリクが言うと魔法使いが三名前に出る。

 音楽会の指揮者が持つような小さなタクトを前に掲げると詠唱を始め、杖の先に直径十センチメートル程の火球が発生する。


「「「火炎弾ファーバ!」」」


 三つの火の玉が飛んでいきブロブに命中するとブロブの体の半分が燃え始め、ブロブは暴れるようにあちこちに細い触手を伸ばして暴れだす。

 だがブロブが大きいせいか暴れるからか、体は小さくなったが火は消えてしまった。

 初めての戦闘で倒しきれなかったので魔法使いは落ち込んでいる。


「大丈夫です効いています! もう一回撃ってみましょう!」


 睦月むつきの掛け声で魔法使い達はもう一度詠唱を開始し、今度は全体が燃えてブロブはすぐに動かなくなり氷が解けるように地面に広がっていった。


「討伐おめでとうございます。大きなブロブだったので手助けしようかと思っていました」


 ルーシーの言葉に喜ぶ勇者達。

 今回は活躍の場がなかったが戦士や斥候せっこうなどもやる気に繋がったようだ。

 その後は順調にそれぞれが活躍し、多少の戦利品と共にダンジョン初日は終わる。

 



「意外と言っては何ですが、如月睦月むつきは芯が強いようです」


 ルーシーがシュウトの執務室で報告すると、シュウトは何やら手紙を読みながら返事をする。


睦月むつき裕晃ひろあきの関係に変化はあったか?」


「特に変化は無いと思います。入ってすぐに手を繋ぎましたが、流石に注意してやめさせました。それ以降も何かあれば裕晃ひろあきの方が睦月むつきさんに近づいていましたが、睦月さんも気にはしていましたがパーティー全体を見ていましたね」


「そうか。っと、そういえばそろそろ手紙の返事を書かないとな」


睦月むつきさんからの手紙ですか?」


「ああ、三通に一通は返すようにしているが、相変わらず当日にあった楽しい事や俺を励ます様な内容ばかりだ」


「という事は計画は順調という事ですね」


「そういう事だ。そろそろ一度会っておこう」


「それでその……陛下へいか? 最近お呼ばれしていないのですが……」


「わかっているさ。今日子守りをした奴を寝室に呼んでおけ。おっと男にはボーナスを出すと言っておけよ」


「は、はい! ありがとうございます! それでは!」


 ルンルンでスキップしそうな勢いで部屋を出て行くルーシー。

 シュウトは返事をしていない手紙を読み返して筆をとった。


 ダンジョンでの初訓練が終わった夕方、いつものように睦月むつきはシュウトに手紙を渡しに廊下までやって来た。

 初めてシュウトに会ってから十日以上が経っており、もう会えないかもしれないと思っていた矢先だった、エルフメイドが手紙の受け取りを拒否した。


「今回はご自分でお渡しください。こちらです」


 一瞬何を言ったのか理解が出来ずポカンとしているが、ハッとなりメイドの後を付いて行く。

 広くきれいな廊下を進むと、ある場所から少し薄暗くなり廊下の一番奥へと案内される。

 シュウトが勇者と楽しむための部屋「勇者部屋」だが、普段は他の廊下と変わらず明るいが今日は薄暗い。


 メイドがノックをするが返事が無く、メイドは挨拶をして扉を開ける。

 するとシュウトはソファーで背もたれによしかかるように寝ていた。

 メイドがシュウトに近づくが反応は無く、睦月むつきを手招きしてシュウトの隣に座らせるとお茶の準備を始めた。


 睦月むつきの分と、一応はシュウトの分までローテーブルに置くとエルフメイドは部屋を出て行ってしまった。

 その状況にどうしたらいいのかわからず睦月むつきはキョロキョロと周囲を見回し、落ち着こうと紅茶を飲む。

 紅茶を飲みながらシュウトをチラリと見ると、静かに寝息を立てるシュウトに顔を近づける。

 

「本当に綺麗な肌。虐待とかされてる訳じゃなさそうだけど」


 思わず頬に触れようとするがティーカップを持っている事に気が付き、慌てて紅茶を置く。

 しかしチラチラとシュウトを見て、無意識に少しだけ腰を動かしてシュウトに近づき、また動かして近づく。

 シュウトの寝息を聞きながら色々と考えている様だが、シュウトの頭がカクンと睦月むつきの側に倒れると、体もつられて倒れそうになる。

 倒れたら起きちゃう! と思って慌てて体で支えるとシュウトの顔が睦月むつきの肩に乗る。


 シュウトの顔が自分の顔に触れそうな距離に来て、自分がやった事とはいえ固まって動けなくなる。

 ギギギと顔をシュウトに向けると頭のてっぺんが見え、何を思ったか匂いを嗅ぎ始めた。


「少し汗臭い……でも良い匂い……は! 違う違う、何いってるんだろう」


 不純な考えを振り払おうと顔を横に振ると、意識がシュウトから離れてしまったせいで体重を支えられなくなり、シュウトに覆いかぶさられるようにソファーに倒れ込んでしまった。

 小さな悲鳴を上げて慌ててどこうとするが、相変わらずシュウトは寝たままなので安心しどうしたものかと思案している、が。


「む……つき……?」


 シュウトが目を覚ますと半目を開いたシュウトが睦月むつきを見つめていた。

 

「ああ睦月むつき、会いたかった……夢の中なら君に会えるんだな」


 そうして睦月むつきに抱き付いくと体の匂いを嗅ぎ始める。


「これが睦月むつきの香り……いい香りだ……香り?」


 ようやく目を覚ましたのか、シュウトは睦月むつきを見つめると睦月むつきは両手で顔を覆って震えていた。


「……っ! すまない、寝ぼけていた様だ」


 慌てて睦月むつきから離れると直ぐに謝罪をするのだが、睦月むつきは顔を真っ赤にしてなんとか平静を保とうとしている。


「だっ、大丈夫です! 寝ぼけてたんですよね?」


 そう言いながら体を起こすと自分を守る様に両手を胸の前で交差させる。

 そしてどうして直ぐに逃げなかったのか、なぜ寝ているからと安心をしたのかと自分の行動がわからなくなる。

 裕晃ひろあきと付き合い始めた時でさえ手を触れられると直ぐに手を引っ込めたのに。


「寝ぼけていたからとやっていい事ではない、本当に済まない」


「いえいえ! 大丈夫です! それに寝ている所にお邪魔したのは私ですから!」


 メイドに案内されたのだがその事は特に意識していないようだ。

 そして自分の鼓動がとても速くなっている事に気が付き、これ以上シュウトを見ていたら自分がどうかしてしまいそうなのだろう、早めに用事を済ませることにしたようだ。


「あ、あの! 私お手紙を書いてきたんです! ど、どうぞ!」


 両手で丁寧に、まるでラブレターを渡し告白するような仕草だ。

 それを丁寧に受け取り、シュウトは書いてあった自分の手紙を睦月むつきに渡す。


「いつも返事が遅れてすまん。何とか空いてる時間に書いているんだが……」


「気にしないでください。シュウトさんの気が向いた時で大丈夫です!」


 手紙を大事に胸に抱き、久しぶりにシュウトに会えて嬉しかったのか満面の笑みでシュウトの部屋を後にした。

 睦月むつきの姿が廊下から見えなくなったころ、シュウトの勇者部屋にダンジョンに入っていた女兵士が集結し、シュウトからご褒美を受け始めた。

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