第20話 初めての祭り
お茶の時間を少し早く終わらせたので、まだ空は明るかった。城に続く道を薔薇園とは反対側の市場が広がる道に向かう。いつもの市場にも、もう夕暮れが近いというのに人が多い。この市場が開かれている区画の奥に、西の国から来た旅団が祭りのテントを広げているらしい。バルシュミーデ皇国の植民地であっても異国の祭りが開かれているので、会場には青薔薇騎士団と紫薔薇騎士団が護衛に配置されていた。庶民だけでなく、貴族も見物に来るのでしっかり警護しているらしい。
「すごい人……!」
「そうなんです。ですから、しっかり手を握っていてくださいね?」
ヴェンデルガルトが驚くほど、人がたくさん集まっていた。たまに通りかかる薔薇騎士団たちが、ギルベルトとヴェンデルガルトにお辞儀をして行った。酒を吞んで浮かれている人が多いのか、楽しげな声があちこちで上がっている。
剣を握っているとは思えないようなすらりとしたギルベルトの手が、ヴェンデルガルトの手を握った。
「さあ、祭りを楽しみましょう」
夕暮れにギルベルトの笑顔が映えた。ヴェンデルガルトは少しドキリとして、頬を薄く染めてギルベルトの手を握り返した。
最初に見たのは、様々な芸を見せるテントだった。剣を口に入れて飲み込む男や、蛇を笛で扱う老人。見えないカードに描かれた絵を当てる女。見たことがない芸の数々に、ヴェンデルガルトとビルギットは驚いて子供のように喜んだ。男が杖を振り上げるとヴェンデルガルトの手に小さなブーケが現れ、思わずヴェンデルガルトが喜んで「素敵!」と嬉しそうにその男に手を振った。それを見ていた見物客たちも、盛大な拍手を送った。
「可愛らしい花ですね。確か、西の方で咲く花です。毒物はありませんから、安心してくださいね」
一応ロルフが、そのブーケに仕掛けなり怪しそうなものがないか確認したが、大丈夫そうだった。フロレンツィアの事件以来、ギルベルトは毒の植物を勉強していた。
「笑って楽しんで、少し喉が渇きませんか? 飲み物を買ってきます、カリーナ手伝ってくれませんか?」
ブーケはビルギットが預かり、ギルベルトはヴェンデルガルトにそう訊ねてからカリーナに声をかけた。少し手前に、ヘザーベェと言われる爽やかな柑橘類のジュースを売っているテントがあった。剣を腰に差しているロルフがヴェンデルガルトとビルギットを護るように立つのを確認して、ギルベルトはカリーナを連れてそのテントに向かった。
「楽しかったですね、見たことありません」
珍しく、ビルギットが興奮したようにそう呟いた。ヴェンデルガルトも、明るい表情で頷いた。
「ええ、西の文化は興味深いわね。ロルフはたまにこのお祭り見るの?」
「そうですね、子供の頃からありましたよ。植民地と言っても、建国時の侵略当時ほどひどい関係ではありませんからね。こんな祭りが出来るほど、今は友好的です。春を迎える祝い、成人の儀式、西の祭りと名物の春の三大祭りです」
バッハシュタイン王国が滅ぼされたとき、バルシュミーデ皇国は西に攻め込み大半の国を属国にした。バルシュミーデ皇国の初代皇帝であるゲープハルト・ハイノ・フンベルト・アインホルンは貪欲な男だった。ヴェンデルガルトの姉が彼に嫁いでいるので、バルシュミーデ皇国はヴェンデルガルトにとっても無縁ではない。バルシュミーデ皇国の現皇帝たちがヴェンデルガルトに対して無下な扱いができない理由の一つでもある。
「たたたたたた、大変です!」
三人で話していると、カリーナが一人慌てた様子で走ってきた。ギルベルトの姿がない。
「どうした、カリーナ?」
ロルフが思わず腰の剣に手をかけるが、カリーナはその手を抑えた。
「違うの、危ないわけ……ん? 危ないのかしら? ええと、危ないけど剣はいらないと思うわ。ギルベルト様が攫われたの!」
カリーナの言葉に、三人は一瞬意味が分からないというような顔になり、困ったように彼女を見つめた。
「攫われた? ギルベルト様が? 大変じゃないか!」
ロルフの言葉は、もっともだ。しかしカリーナは、首を横に振った。
「攫った人、私たちが知ってる人なんです!」
ますます意味が分からなくなった。三人は顔を見合わせた。
「カリーナ、落ち着いて。誰がギルベルト様を攫ったの?」
ヴェンデルガルトがカリーナの肩にそっと手を置いて尋ねると、カリーナは困ったように眉を寄せた。
「ゾフィーア・ゲルタ・バルテル……元バルテル侯爵令嬢です。ギルベルト様に婚約破棄をされて社交界から追放された、そのお方です!」
「なんだって!?」
フロレンツィアの従姉妹で、カールによって皇帝の怒りを買いバルテル家を追い出された……ヴェンデルガルトとビルギットには、名前しか知らぬ女性だった。
「そうか、それでギルベルト様が祭りには顔を出さなかったわけだ!」
ロルフが
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