第9話 和解
ひとまずお互いの存在を感じ合ってから、アロイスは後ろに控えている北の衣装に身を包んだ男女を不思議そうに見た。
「アロイス様、紹介します。私の傍にいたいと一緒に来てくれた、護衛のロルフとメイドのビルギットとカリーナです。ビルギットは、私と一緒に二百年寝ていた古くからの付き合いです」
アロイスの視線に気が付いたヴェンデルガルトが涙を拭い、再び三人を紹介した。
「もしかして――俺が攫った時に一緒にいた……?」
アロイスは、ヴェンデルガルトを攫った時のことを思い出した。確か、様子を窺っていた時にもう一人女がいた気がする。
「はい。あの時はご挨拶出来ませんでした」
ビルギットは半歩前に出て、深く頭を下げた。少し、嫌味が含まれているのは仕方がない。ここ迄付いてきたのは、二百年前から使えて慕っていたからだろう。ヴェンデルガルトの性格を考えると、メイドに慕われて当然のはずだ。その最愛の主を、目の前で攫われたのだ。確か、ヴェンデルガルトが治癒したがバルシュミーデ皇国の騎士を斬ったような覚えがある。印象は最悪だろう。
「アロイス・ペヒ・ヴァイゼだ。バーチュ王国の第三……いや、第二王子だ。ヴェンデルには失礼なことをしたが、彼女には許して貰っている……その、君たちにも許して欲しい。攫った時に、彼女を利用しようとしたのは確かだ。しかし、一緒にいる内に心から愛してしまった。出来るなら、俺の愚かな行為を許して欲しい。俺とヴェンデルの結婚を、君たちにも祝福して貰いたい」
アロイスはゆっくりだが、自分の心を素直に口にした。自分より身分が下であっても、自分が許されないことをしたのは確かだ。彼女が愛する家族のような存在達を、自分も愛したかったのだ。
「アロイス様。私たちは、心からヴェンデルガルト様を愛して大切にしています。そのヴェンデルガルト様が、北の国を出て迄花嫁になりたいと言ったお方です。私たちは、あなたを主としてお仕えさせて頂きたく思っています」
「ヴェンデルガルト様が大好きな方なら、私は応援していますよ。もう、お二人の仲の良さにこの場にいていいのか迷っちゃいました。どうぞ、よろしくお願いします」
「元赤薔薇騎士団で、ヴェンデルガルト様の護衛を担当させて頂いています。出来るなら、この国でもヴェンデルガルト様の護衛を任せて頂きたいです。あなたの話は、ヴェンデルガルト様にたくさん聞きました。俺は、ヴェンデルガルト様の幸せを願っています」
アロイスの言葉に、三人は彼ららしい言葉で祝福した。その言葉に、少し緊張していたようなアロイスの表情が優しくなった。
「有難う――本当に、有難う」
「この子たちの部屋は決めたわ。ここでの地位や生活に必要なものとかは、明日に用意するわね。今日は、ヴェンデルガルトちゃんが帰ってきたことを喜んでいる人たちの為に、簡単な宴を用意するわ。あたしの婚約者も紹介したいし」
話がまとまったのを確認して、ツェーザルが口を挟んだ。アロイスはまだ全快している様子ではなく、少し顔色が悪いまま頷いた。
「有難うございます、兄上。俺はまだ参加出来そうにないので――ヴェンデルたちの事を、よろしくお願いします」
そう言うと、アロイスは辛いのかベッドに身体を落とした。
「アロイス様!?」
心配げにヴェンデルガルトが声を上げるが、アロイスは小さく微笑んだ。
「大丈夫だ、まだ身体が慣れていないだけだ。ずっと、水龍の作った水の中にいたそうだから。レーヴェニヒ王国に貰った薬を飲み切れば、元に戻るらしい」
キョウチクトウの毒に悩まされていた時のヴェンデルガルトと同じだ。東の国の薬を信用しているヴェンデルガルトは、微笑み返してアロイスの手を強く握った。
「早く元気になる事を願っています――毎日、お見舞いに来ますね」
「有難う、ヴェンデル……俺の愛しい天使」
アロイスが辛そうなので、ヴェンデルガルトは彼の額にキスをするとゆっくり身体を起こした。
「じゃあ、お風呂に入って綺麗になってから宴に出るわよ」
ツェーザルが手を鳴らすと、南の国風の衣装の女性たちが現れた。
「――あの、まさかヴェンデルガルト様が帰ってこられた時のような衣装を……私たちが?」
ビルギットは、少しこわばった顔でツェーザルに訊ねた。あのように露出が多い服を身に着けるなんて、彼女には想像出来なかった。しかしツェーザルは、微笑んだまま頷いた。
「彼女たちに、ここでのお風呂の事を教わってね。衣装も、あたしがあなたたちに似合うのを用意しておくわ。ロルフは、あたしと一緒に行きましょう。あなたの服も用意しておくからね」
「ええ、王子と一緒にお風呂に入るのは……」
一応貴族であるロルフは、王子とそのような場所で一緒になるとは思っていなかった。
「風習も、北とはずいぶん違うわ。仲間が出来るまで、遠慮なくあたしに聞いて頂戴」
もう慣れてしまったヴェンデルガルトは大人しく後についていき、困惑した表情の三人は大人しくその後に付いて行くしかなかった。
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