俺だけ生配信中なんだが? 〜生配信中に異世界転移してしまった結果、配信切れなくなった件〜

直哉 酒虎

第1話 『雷さんありがとうございます』


 新しいゲームを買った帰り道は、自然と足取りが軽くなる。


 俺は今、歩き以上スキップ未満。 弾むような足取りで帰路についている。


 生憎あいにくの大雨のせいでアスファルトには小さな水溜まりがそこらじゅうにできていて、溜まった水をバシャバシャと撒き散らしながら帰路についていた。


 俺はVtuber、黒湖くろこナイルの魂。


 今の時代、星の数ほどいるVtuber界隈かいわいでそれなりの知名度を誇っているゲーム実況系Vtuberだ。


 数年前までは液晶画面に映るゲームをコントローラーやキーボードで操作するゲームが主流だったが、今の時代はフルダイブゲームが主流になった。


 Vtuberのゲーム実況において、フルダイブゲームとは相性が悪いと発売当初は何人ものVtuberが頭を悩ませたが、今はそんな問題も解決されている。


 フェイストラッキングアプリがフルダイブゲーム向けに開発されたおかげで、脳内で発生した喜怒哀楽の感情をアバターに直接反映することができるようになった。


 おかげで視聴者は今まで通り、ゲーム操作画面と共にアバターの表情を確認できる上に、表情の動きもよりリアルに視聴できる。


 今の時代、ほとんどのゲーム実況系Vtuberはフルダイブゲームで配信している。


 もちろん、俺が今日購入してきたこのゲームもフルダイブゲームである。


 ジャンルはオープンワールドのロールプレイングゲーム。 広々とした世界を自由に探索しながらストーリーを進めていく感じの人気ジャンルだ。


 【ヘリオポリス・インカーズ】数年前に発売されたタイトルで、発売当時はそれなりの人気を誇っていたらしいが、今では知る人ぞ知る名作として名を連ねている。


 なぜ最新ゲームや人気ゲームではなくこんなゲームを買ったのか、それは俺のゲーム実況スタイルを説明しなければならない。


「よーし、そろそろ時間かなー?」


 自宅に帰り、実況用の機材を確認した俺は早速配信を開始する。


 バイクのフルフェイスヘルメットのような形状をしたハードウェアだが、ヘルメットで言うシールド部分を上にスライドさせていればゲームにフルダイブせず、ゲームを起動したままパソコンをいじったりすることもできる。


 帰り道に降っていた雨は余計に強さを増し、パソコンの起動音を消してしまうほどの雨音あまおとせわしなく響いてきている。


 陰鬱いんうつとした気分でカーテンで締め切った窓を横目に見ると、カメラのフラッシュがたかれたような光が見えた。 すると、遠方の空から獣のうなり声のような雷鳴が聞こえてくる。


 雷が落ちる前に帰って来れてよかった。 そう思いながら画面左下に表記された時計を確認し、配信開始のリンクボタンをクリックする。


 配信時間はSNSのサイトで告知しているため、遅れないよう五分前には配信を開始するのだが、すでに配信を見にきている視聴者も多い。


「よーし、少し早いけど配信始めますよー」


 配信画面に表示されていたウィンドウに、視聴者たちのコメントが表示される。


 『待ってましたー』

 『今日はどの世界に転生するんですか?』

 『今日の転生先はー?』


 配信時間前に張り込んでいた視聴者たちが、俺の独り言に反応してコメントを送ってくれている。


 チャンネル登録は五千人弱の中堅だが、少し尖った見た目のアバターのおかげなのか、配信を毎回見にきてくれるファンが割と多い。 非常にありがたいことだ。


 俺はアバターの動作をチラリと確認した後、配信画面のチェックを済ませる。


 小麦色の肌に少年のようない顔立ち、吊り目気味のデザインで挑発的な笑みを浮かべるいわゆるクソガキ。 金の首飾りや指輪をジャラジャラとつけて、ワニの毛皮で作られた(設定の)前あきの上着を羽織っている。


 有名イラストレーターがデザインしてくれたアラビア系生意気ショタ。 これが俺のアバターだ。


「おー、暇人がたくさん待っててくれたんっすねー? みなさんちゃんと仕事してるんすかー?」


 俺の生意気な一言に対し、コメント欄が程よい盛り上がりを見せている。


 頃合いを見計らって、初めての視聴者もいるかもしれないため簡単な企画の紹介をすることにした。


「はーい、今日転生する先は。ヘリオポリス・インカーズって世界でして、一昔前はそれなりに人気な世界だったらしいんすけど、みなさん知ってますかー?」


 『ヘリポリかー』

 『あれは割と奥が深い』

 『初めて聞きました! 面白いんですか?』


 俺はいつもゲーム実況をする際、制限プレイというものをしている。


 普段からアニメやゲームもたしなむ俺は、異世界転生を疑似体験したいというちょっとした願望からこの企画を始めた。


 異世界転生とはかなり前から日本のアニメや漫画業界で人気になっているジャンルで、わざわざ説明するまでもないだろう。 俺は見ていてスッキリする展開の作品が好きだ。


 俺はこのジャンルがかなりというか非常に好きなため、フルダイブゲームが主流になったこの世界で一つの可能性を思い浮かべた。


 事前情報や攻略情報を遮断して初見しょけんのゲームをプレイしたら、異世界転生疑似体験できるんじゃね?


 というひょんな思いつきからこの企画が始まった。


 ゲームオーバーしたら即終了。 初見ゲームを攻略情報なしでどこまで生きれるか確かめたい


 これが割と難しいのだ。 視聴者たちも礼儀正しい視聴者が多いため、ネタバレ等のコメントもしないよう注意してくれる。


 だから初めてプレイするゲームを手探てさぐりで攻略していかなければならない。 程よい緊張感がクセになっている上に、割と再生回数も多いため俺はこの企画を約一年に渡り続けているのだ。


 視聴者たちと取り止めのない話をしている内に、配信時間が迫ってきた。


 そのためパソコンの操作をやめてベットに横になり、ゲームのタイトル画面へフルダイブする。 それと同時に配信画面には俺が見えている画面と同じ映像が反映された


 フルダイブゲームのタイトル画面は、SF映画とかでよく目にする近未来風の小部屋で、大きな扉にゲームのパッケージが描かれており、それを開くとゲーム開始することができるのだ。


「さてさて、そろそろ異世界転生したいと思うんですが……っと!」


 いざゲームをプレイしようとしたタイミングで大きめの雷が響き、思わずビクッと体を揺らしてしまう。 配信用のマイクも雷の音を拾ったようだ。


 するとショタ好きな視聴者たちがいろめきだってしまった。


 『ナイルたん雷怖いのかな? ママが守ってあげるからね!』

 『あたしがナイルたんのママになるんだよ!』

 『雷を怖がるナイルたん。 眼福です!』


「は? 別に雷なんてこれっぽっちも怖くねーし。 停電したら配信切れちゃうから、ちょっと気にしてるだけだし」


 とは言ったものの、アバターの目がかなり泳いでしまっていた。


 『ああ、三十歳くらい若返ったわw』

 『雷さんありがとうございます』

 『ナイルたん、ヨシヨシしてあげまちゅね♡』


「ガキじゃないんだからやめてくれます? もう、そろそろ時間だし、なんか変な勘違いされる前にさっさと転生しちゃいますからねー」


 先ほどまで遠くの方でごろごろ言っていた雷が、すぐ近くまで来てしまっていたようだ。


 この季節、よくあることだが配信中に停電してしまうと色々と面倒なことがあるため、なんだか心配になってしまう。


 とは言ったものの予告してしまった手前配信を中止するわけにもいかず、扉を開いてゲームを起動させる。


 すると小さな劇場のような場所にたどり着いた。 適当な場所に座ると巨大なスクリーンが天井から降りてきて、オープニングムービーらしき映像が再生される。


「オープニングムービーは普通って感じですねー。 っていうかこのゲーム、獣人多くね?」


 『そういう世界観だからなー』

 『バステト族が優勝』

 『は? アヌビス族しか勝たんが?』


 猫耳の女の子や犬耳の女の子、ワニの上半身をした男や朱鷺トキの翼を生やした登場人物が人気歌手の歌に合わせて戦ったり世界を旅したりと、よく見る感じのオープニングムービーだった。


 悪く言えば普通、しかし世界観は非常にわかりやすく脳内に落とし込める内容だ。


 見た感じ仲間と共にピラミッドやら遺跡やらを探索していくスタイルのゲーム展開を予想させてくれる。 街の雰囲気はアラビアなのか、それとも北欧か、中世ヨーロッパなのか?


 民族系の衣装も多いみたいだが、下手に予想して固定概念に囚われると期待を裏切られそうだからあまり考えないようにしよう。


 ちなみにこのゲームは完全アニメーションRPGのため、登場人物はかわいらしく、かっこよくデザインされていた。


 っと、ムービーも中盤にかかったところでまたしても大きめの雷が響く。 接続していたマイクが拾うほどの騒音だったらしい。


 『うわ、雷近くないですか?』

 『あ、また雷だ』

 『ナイルたんを守れっ!』


「雷ネタもうやめて欲しいんすけどー。 ああでも、先に謝っときますけど停電したらすんません」


 悲しいかな視聴者は、ゲームのことより先ほどの雷のことで頭がいっぱいなようだった。


 『わかってるぞー』

 『こういう律儀なところがまたたまらん』

 『クソガキなのか礼儀正しいガキなのかはっきり千回』


「誤字ってんじゃん。 千回ってめっちゃ怒られてる気がして嫌なんだけどー」


 もしかしてわざとなのだろうか? とは思ったものの、こういったコメントには鋭くツッコむのが俺のスタイルだ。


 『お小言いただきました!』

 『ちゃんとオープニングムービー解説千回』

 『ナイス誤字w 草生えたw』


 俺はゲームしながらこまかい部分に小言を呟くことが多く、こう言ったお小言が生意気なクソガキとしてキャラを確立させている。


 ショタ好きなお姉さん方は声変わり前の少年ボイスのような俺の声とアバターのデザイン、さらに時折呟く辛辣しんらつなコメントを楽しみに配信を視聴してくれている。


 今日も視聴者を喜ばせるために、楽しくゲームをプレイして行くのだ!

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