クロノとライムと魔法が消えた世界
大キライなガキ(前編)
奇跡と言う奴は一般に良い意味で捉えられるらしい。
まあそうだろう。
奇跡に悪い印象を持つ奴など聞いたことは無い。
だが、愚かな大衆はみな勘違いしている。
奇跡とは「常識では考えられない不思議な出来事」と言う意味だ。
ならば!
必ずしも良い意味ばかりでは無いのでは無いか?
前置きが長くなった。
なので、私は言いたいのだ。
私の身に起こっていることは紛れもなく奇跡だが、決して良い意味ではないと言うことを……
「ねえ、クロノ。何険しい顔して考えてるの? 私にも教えて欲しいな。だって……夫になる人の事は知っときたいもん。なんて……きゃあ!」
一人でしゃべって一人で照れている。
自己完結していて羨ましい。
なにが「もん」だ。
ドラゴンも切り刻める化け物が。
「おい、クロノ。素直に喜ぶと良い。それとも……私に対する、優越感をこらえているのか? そうだな、そうに決まってる! 約束が果たされたのだからな……ライム様が人の大きさになったら結婚する、と」
リーゼが顔を分かりやすく引きつらせながら言う。
前から思っていたが、こんな単細胞で良く一国の諜報機関を率いることができてるな。
よほどレベルが低いのか、それとも二つの人格でもあるのか?
そう、確かに何かの弾みで約束をした。
ライムが酒場で「前みたいに私が大きくなったら、結婚してくれる?」と言い、それに同意してしまった。
だが、あれは無理矢理に近い形で言わされた。
あれでは法律的に無効ではないのか?
だが、それを言ったら私の首と胴体は永久にさようなら……か。
私は深々とため息をついた。
一月前に万物の石の残渣を持つ魔剣を発見した、と言うコルバーニの報告を伝えた所、ライムとリーゼは急遽予定を変更してコルバーニに合流した。
二人なりに思うところはあったらしい。
そこで、魔法使いの集団が村を作り住んでいたと言う廃墟を訪れたのだが、そこでのあれやこれやの果てに、残渣をまともに浴びたライムは……以前のようなメスガキの大きさになった。
コルバーニとはそこで別れたのだが、ライムの奴……ずっとたがが外れたようにはしゃぎおって……犬か!
しかも忌々しいことに私にとってトラウマ物の、あのゴスロリ? ヤマモトとライムがそう言ってた……その格好にもなっている。
「ね、クロノ。この格好久しぶりだけど……変じゃないかな? 似合ってるかな? あなたの良く着てる黒にしてみたんだ」
「ライム様、まるで妖精を統べる女王のごとくお美しいです」
「リーゼ、あなたには聞いてない。クロノ、私たち夫婦になるんだからお揃いにしないとね。あ、クロノじゃないか。ゴメンね……あなた。なんて! きゃあ! きゃあ!」
やかましい!
体つきだけでなく声も性格もガキなのが困る。
だが、他の男はそうでも無いらしい。
今、我らの居る酒場の客どもは皆、ライムをじっと見ている。
しかもそれは変人を見る物ではなく、明らかに魅力的な異性に目を奪われているようだ。
コルバーニやアンナ・ターニアと言った綺麗どころ……ヤマモトも悪くは無いが、に混じっているせいと、ハエのごとき妖精だったせいで目だたなかったが、ライムの美は中々に異質だ。
人間離れというか……
私が出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ大人の女が好みでなければ。
そして、この女の本性を知らなければなるほどまた違った反応だったかもな。
「あ……やだ。クロノ……じっとみて……」
私の視線の意味を完全に勘違いしたのか、ライムは顔を赤くして自分の胸を両腕で隠して俯いた。
安心しろ。
恐らく私はこの街でも上位を争うくらいに、お前のそこには興味が無い。
「結婚したら……ね? ひゃああ……恥ずかしいよ」
困った物だ。
コイツが一糸まとわぬ姿で現れても、落ち着いてコーヒーとサンドイッチを楽しむ自信は有るが、そう言おう物ならコイツかリーゼに首を落とされかねん。
……だが他の男はそうでもないらしい。
ライムの横にいかにも軽薄そうな、アンナ・ターニアのヘドロのごとき小説に出てきそうな男が近づいてきて、爽やかな笑顔で言った。
「君、どこかのお嬢様? すごい可愛いじゃん。ビックリしたよ。僕はアレフ……」
「消えて、ゴミ虫。彼との時間を割いてあなたと話すことに何の意味があるの? こうしてる内にもう6秒過ぎたんだけど。この人との貴重な時間を邪魔しないで、ウジ虫」
お……おい。
なんたる暴言……ヤマモトと行動してたときもこんなんだったか?
いつも喚きながら飛び回ってるイメージだったが……
ヤマモトとの旅の時も、そう言えば人間になった途端に物騒な化け物になってたが……
案の定、アレフと名乗りかけた男は気色ばんだ表情で言う。
「はあ……何、この貧乳女。お高く……」
そう言いかけた途端、私の目の前のテーブルナイフが手品のように消え……男の額のど真ん中に触れていた。
「え……は……」
ポカンとしている男にライムは淡々と言った。
「私の……気にしてることを……リーゼ、この男が逃げないようにアキレス腱を切りなさい。それから私自らその邪魔な舌を切り取って、あなたの今夜のディナーにしてあげるわ」
「素晴らしい口上です、ライム様。では仰せのままに」
「た……たすけ……」
お、おい!
私の前で惨劇を繰り広げるんじゃない!
「なあ……ライム。止めるんだ」
「いくらクロノの言葉でも無理ね。だって私、知ってるもん。クロノが……おっきい方が好きだって! それを思い出させて……この男……」
そう言うやいなやライムはテーブルナイフを一瞬のうちに、男の口の中に入れた。
「ひゃああ! たひゅけ!」
「リーゼ、私が合図したら……」
「あれは嘘だ!」
私の言葉にライムは視線をこっちに向けた。
「……え?」
「あのな、大きい方が好みというのは以前の話だ。お前に出会ってからは……小さい方が好きだ! だから……お前は間違ってない」
何が間違ってないのか分からんが、こう言うのは勢いで押すに限る。
特にこのコンビはどっちも単細胞。
これでいけるはず。
とにかく目の前で人死にだけはゴメンだ。
「クロノ……それ、ほんと?」
いや、真っ赤な嘘だ。
だが言えんだろうが、そんな事!
「ああ、本当だ。だから、お前の綺麗な手をこんな汚い男の血なんかで汚して欲しくないんだ。わかるだろ? さっきもお前の……そこに目が向いてしまったのは分かるだろう。魅力的すぎて……つい、な」
「やだ……恥ずかしい」
そう言って顔を真っ赤にしたライムは、男の事などすっかり忘れたようにナイフから手を離してモジモジし始めたので、私は男に目配せした。
すると、男は腰を抜かしそうになったのか、なんども転びそうになりながらも酒場を出て行った。
「クロノぉ……大好き」
そう言ってライムは抱きついてきた。
くう……やっぱり私はガキは嫌いだ。
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