青の囁き(4)
私は、昼過ぎから酒場兼宿屋「白狼の寝ぐら亭」にて、エールを飲みながら上機嫌だった。
「ふむ、ここの豚オオカミの焼肉は悪くない。味付けが絶品だ。後、風船魚の骨せんべいもいいな。酒が進む進む……クローディアもどう? おっちゃん、焼肉と骨せんべいもう3人前!」
「アリサ……食べすぎじゃない? あとさ、前から言おうと思ったんだけど……その……お腹とか……」
「ん? なに? 聞こえなかった。ごめん、もう一回」
「ん……やっぱいい。あと、朝からずっと飲んでるけど、約束の人たちまだ来ないの?」
「今日の夕方までには着くらしいんだけどね。なにせ今回に関してはあいつの助けなくてはキツイから」
「それはいいんだけどさ、その……待ってる間、食べるんじゃなくて運動とか……どう?」
「へえ? 私が運動? 冗談でしょ、クローディア。自分で言うのもなんだけど、私道場主だよ。自主連なら充分やってるよ」
「それとは別にさ……ご飯減らすとか……走る、とか?」
クローディアはさっきから何故かヘラヘラ笑いながら曖昧な言い方ばかり。
何なんだ、言いたいことあるならハッキリと……
「おい、そこの野ブタ。ここは人間の店だ。とっとと失せろ」
いきなり聞き覚えのある男の声が背中から聞こえたかと思ったら、次に同じく懐かしい声が慌てたような口調で聞こえた。
「ばか者! どこが穏便に声をかける、だ。先生を罵倒するんじゃない! 処刑するぞ」
「穏便だ。事実を言ったまで」
私は振り向くと、背後の二人に向かいニヤリと笑いながら言った。
「久しぶりだなアンナ。……所でなぜお前まで居る? クロノ」
●○●○●○●○●○●○●○●○
「お久しぶりです、先生。お元気そうで何よりです」
わが弟子、アンナ・ターニアは直立不動の姿勢で深々と頭を下げた。
「すまんアンナ。医学の勉強で忙しいところを呼びつけて」
「いえ、それは大丈夫です。先生ほどの方が遠方の地よりわざわざ人手を必要とされるとは、尋常でない事態。で、あれば何があろうと駆けつける所存」
「コルバーニよ。自身の無力を感じながらの時間はさぞ心細かっただろう。だが案ずるな。我らが来たらもはや解決したも同然」
「……おい、さも当然のようにしゃべってるが、私はアンナ一人を呼んだんだぞ。ましてお前の名前など一文字も書かなかったはずだがな」
「細かい事を気にするな。ライムの目から開放されて女と関わる……じゃない、自らの腕を試す機会だ。……おお、豚オオカミの焼肉ではないか。よし、デブの進行を食い止めるため、私がこの身を捧げて犠牲になってやろう。いただきます」
「言っとくがさっきの失言、ライムには尾ひれをつけて報告するからな。切り刻まれろ。後、なにが腕を試すだ。お前が最弱な事など今更確認してどうする? それともう一つ。先ほどからやたら繰り返しているデブだのブタだのは撤回しろ。クローディアに失礼だ。私の親友を侮辱するのは許さん」
「へえ!? アリサ……それ……ちが……」
「えっと……先生? ク、クロノ! その話はもういい! さあ、先生。今回の事件の詳しい話を……」
「ほう、これはこれは。気を使って遠まわしに伝えてやったが、通じなかったようだな。おい、アリサ・コルバーニ。お前……デブだぞ」
「……へ?」
「へ? じゃない。紛れも無くデブだ。ちなみに気を利かせて、お前とアンナに内緒でヤマモトに好みのタイプを手紙で聞いてやった。それによるとデブは嫌だ、との事だ。お気の毒にな。デブを直すのは大変だが頑張って痩せろよ、デブ」
「デ……デブ……私……リ、リムちゃんが……」
「おい……クロノ。ヤマモトさんが嫌だと言うのはどの程度だ?」
「お前は大丈夫だろう。むしろ痩せすぎだ。私はもっと肉付きの良いタイプを好む。頑張れ。だが、コルバーニほどのデブは問題外だ。私に好かれたくばもっと痩せ……って、おい! なぜ私に剣を向ける! 何故笑っている!」
「ふふ……ふふふ。クロノ、さっき貴様『腕試しがしたい』と言ったな。良かったな、私が一肌脱いでやろう。表に出ろ。ライムにやられる前に、苦しまずに切り刻んでやる。ここの今夜のメニューは貴様だ」
「おい! 何なんだ、このキチガイは。アンナ、助けろ!」
それからお父さんが「ヤマモトさんが言ってたのは『太っている自分は嫌だ。だからコルバーニさんやアンナさんみたいなスタイルを維持したい』と言う意味だ」との話を聞いたお陰でクロノを切り刻む労力を使わずに済んだ。
う……でも際痩せなきゃ。
リムちゃん、太ってるの嫌なんだろうな……自分が太るの嫌だということは。
頑張らないと……
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「……なるほど、ギルモア邸に侵入した所、明らかに尋常ではない気配を感じた……と」
「ああ、そうだ。相手の姿は見てないが、それを悠長にやろうとしたら確実に殺されていた」
「先生ほどの御方がそのような……」
「あれは本当に人だったのだろうか、人とはあるがそれだけでは説明できない不思議な気配だったのだ」
私とアンナが喋っていると、横でホットミルクを飲んでいるクロノがぽつりと言った。
「なあ、それなんだが……私も同行してやろう」
「……クロノ、これは遊びじゃない。あの時の気配を考えると、私とアンナもそれぞれの事で精一杯だ。お前を守る余裕はないぞ」
「それはお前の親父に頼む。私の考えが正しければ……単なる殺人ではないぞ」
あの人と魔法が消えた世界 〜『リムと魔法が消えた世界』外伝〜 京野 薫 @kkyono
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