37話 継承者
※26話伝承の行方(2)に登場する派手な女性と今回登場するキャットちゃんは同一人物です。
―ヘクター再び
帝国の狩猟兵アンは、元帝国傭兵団隊長のヘクターを説得すべく、ヘクターがうろついていると言われている帝都の貧困街へを探していた。
皇帝がまだご健在であった時代なら自分達はもっと深いところで繋がっていたかもしれない。重装歩兵、軽装歩兵、狩猟兵、宮廷魔術師、そして傭兵団。そこに所属する誰もが皇帝の配下である事に至高の喜びを感じ、そしてそれを共に噛みしめていた。しかし、皇帝不在となる代であってもけしてその絆が劣ったとは思っていない。それに、これより始まる『人魔会談』の結果次第では最早、杳として知れない皇帝の安否にようやく決着がつかんとしてる。皇帝が復活した時、今の現状を憂い、悲しむに違いない。そして、共に死闘を潜り抜けた仲間が袂を分かったなどと知れば、どれほど驚かれるか、こんな時だからこそ、誰一人として帝国から失脚者など出す訳にはいかないのだ。
それに、アンはヘクターを個人的にも慕っていた。
頑固でわからずやな面もあるが、血気盛んで仲間が窮地になった際は真っ先に敵陣へ斬り込んで行く、そんな熱い心を持つヘクターの事をアンなりに評価していた。それなのに・・・。
「全く・・・あのバカ、一体何してるのかしら」
ようやく見つけたヘクターはよりによって、見た目が派手な女の子とヘラヘラ笑いながら談笑している。それがヘクターの身なりといい、妙にマッチングしている所が余計に腹立たしい。
「ヘクター!」
いきなり大声で呼ばれ、ビクッっとなるヘクター。
「・・・チッ、なんだよアンかよ。おどかせるなって」
「あんたね!いつまでそんな、そんな浮かれた女といちゃついてフラフラしているのよ!これから帝国も重要な場面を迎えるってのに、さっさとジゲン様に謝って傭兵団を再編しなさいっ!」
小指で耳をほじくりながらアンの説教を右から左へ受け流すヘクター。お互いに意地と意地のぶつかり合いで決別しただけに、そんな簡単に事が済むのなら苦労はしない。だが、別に帝国が嫌いになった訳じゃない。それは、この場に留まっているヘクターが一番よく知っていた。
「おいおい・・・なんだかまるで俺が・・・」
「ちょっと、浮かれた女ってのはアタイの事?」
拳を鳴らしながら、目が据わっていく女。盗賊ギルドの紅一点、キャットである。ヘクターの風貌も個性的だがキャットの方もそれに負けじと派手な出で立ちをしている。アンがそういう目で見たとしても仕方ない。
「そ、そうよ、全くならず者カップルって感じでお似合いね」
「お、おい!あんまりキャットを怒らせるな・・・」
(こいつ、キレるとヤベんだって・・)
「な、なによ・・・」
・・・!?
アンは一瞬にしてキャットの姿を見失う、それだけの疾風であった。気が付くとキャットは大きくマントを翻し、そこから小剣を抜き出しアンの顔を目掛けて突き刺す。たまらずアンは片手でそれをガードする。
だが
(・・・・フェイント!?)
その攻撃は本命で無かった。それに気づく代わりにアンは次の瞬間、思いっきり後頭部から石畳に体を叩きつけられ、気がついた時には目の前が青空になっていた。キャットが足を引っかけてアンを倒したのだ。視界が星にならなかったのは無意識に首を上げて脳の衝撃を抑えたからである。
「・・・・痛っう・・・!?」
背中の激痛に藻掻いている暇も無く、今度は頬に赤いヒールのかかとがねじ込まれる。視界を上に向けるとキャットが見下しながらそのヒールでアンの頬をプニプニさせていた。
「きれいな顔だね、でもアタイの踵落しでお嫁に行けなくしたって良いんだよ?」
「おい!もう止めろキャット!」
やりすぎだ!と言わんばかりにヘクターは強引にキャットをアンから離れさせる。すると、今度はキャットがヘクターの腕に体を絡ませ、駄々でもこねるように・・・
「だって、この女、お兄ちゃんの事悪く言うから・・・・」
もじもじしながら赤ら顔で言い訳するキャット。
慌てて起き上がるアン。
「へっ?お、おにいちゃん??」
「ああ・・・キャットは俺の妹だ」
罰が悪そうに頭を掻くヘクター。
妙に距離が近いのはその為だったのか。
だが、キャットの豹変を見るにそれ以上の感情があるような。
「キャット達は今、食べるものも儘ならない民達に食糧支援をしているんだ、俺はそれの手伝いをしているって訳」
「・・・そうだったの」
「ごめんなさい、私あなたがてっきり・・・帝国のツケで飲んだくれて、毎日女をとっかえひっかえしてパンパンふらふらしているって聞いたからつい」
「誇張されすぎだろ!誰だそんなホラ言いふらしてるの!」
「まぁ、俺だっていつかは謝らなきゃって思っているさ、だが、もうちょっと気持ちの整理を付けたい。それまでちょっと待ってくれるか、アン」
「待てないわ」
「だって、もしかしたらもうすぐ・・・陛下が復活するかもしれないから」
・・・・!!!
アンの言葉を聞くなり、その体を両腕で掴むヘクター。
「アン!!!それは本当か!!!」
「ちょ、ちょっとヘクター・・・痛いって」
無意識に力をこめすぎた事を後悔するヘクター。
「悪りぃ、それで、陛下が復活するって話は本当なのか?」
「ええ、明日、とある魔族がこの帝都にやってくるわ」
「なんだと?魔族が帝都に?」
「落ち着いてヘクター。戦いがあるとかそういう事じゃないから、明日行われるのは人と魔族の会談『人魔会談』よ」
「ジゲン様と第六魔貴族のマーチル・ホーンが公式に会談に望むの。だからヘクター、貴方も一度王宮へ戻って欲しいのよ」
「人と魔族が・・・話し合いだと?ついにジゲンのおっさんは頭がおかしくなっちまったのかよ」
「そうじゃないわヘクター!これは皇帝陛下の現状を聞き出す重要な会談なのよ!言うなればこれは人と魔族との、交渉合戦よ」
「・・・・どうやら本気、みたいだな」
「ええ、でももし、交渉が決別して魔族達が暴れでもしたら・・・」
「いよいよ帝国は瓦解に崩れるって訳か」
アンは大きく頷く。
「キャット、すまないがしばらくここは離れる」
「うん、やっぱりお兄ちゃんは大剣振り回している方がカッコいいし・・・」
そして、自分の体よりも大きな大剣を背中に収めるヘクター。
「帝国襲撃か・・・たとえ、そうなったとしてもここにいる皆には絶対に手は出させねぇ!アン、俺はすぐにでも王宮に行くぞ!」
「それでこそヘクターよ、あんたはそうでなくっちゃ」
・・・・・・・・・・・・
そしてその翌日、重々しい雰囲気の中、ひと際豪勢にそれでいて洗練された馬車がゆっくりと王宮へ向かって行く・・・。
その馬車には魔の刻印。
その報を受け、王宮内は慌ただしく準備に追われていた。正装に着替え、配下を従えて歓迎の意に向かうジゲン。その横に見知った顔が・・・。
「ヘクター。貴様傭兵から足を洗ったのでは無かったか?」
「へっ、皇帝が復活すると分かってりゃ大人しくしていたはずさ」
「まだ、そう決まった訳じゃない、これからそれが決まるのだ」
「俺の剣は陛下に捧げた剣、陛下が無事というならまた俺も剣に戻るのみ」
「・・・ヘクター、会談が終わった後にまた臨時に召集をかける。貴様も参加しろ」
「言われなくても、そのつもりだ」
すれ違う瞬間、互いに少し口が緩んだような気がした。
そして、王宮入口に馬車が到着すると、帝国の幕僚、臣下が一斉に集まり、降りてきた客人を迎え入れる。
そこに現すは第六魔貴族マーチル・ホーン、美しき銀髪の美男子でもあるその魔族は紅く美しい瞳を輝かせ、迎え入れた者達へ深くお辞儀したのち、高らかに口上を述べる。
「本日は、このような場にお招きいただき、誠に痛み入ります。このマーチル・ホーン、この日を幾度と無く、心待ちにしていました」
「是非、今日という日を人類、そして我ら魔族にとって忘れる事の無い日に致しましょう」
それに呼応するように周りから大きな拍手が沸く、そして形式に沿う形で一人一人が王宮へ入場し、その大きな扉が再び閉じられたのを計るよう、大粒の雨が一気に降り注ぎ、けたたましい音が稲光と共に鳴り響く・・・。
今宵、『人魔会談』が開始される。
※展開が遅くて申し訳なく思っております。次回はいよいよ人魔会談が始まります。マーチル・ホーンの本領発揮です。魔族の本気とやらを見せて貰いましょう。
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