全員罪人・全員死人!-誰よりも早く、その罪を正せ-

入口はっぱ

第一章 12月22日

第1話 はじまりは、クリスマス直前 

 いつもと違う通りで飲んでみようなんて、どうして思ったんだろう。


 クリスマスに浮かれた街。ひた走る俺の背後には、ボーイが二人迫っている。


「待ちやがれっ! 二十万払え!」

「俺からせしめた金も返しやがれ!!」


 開店直後の酒場など、従業員も暇でろくなことはない。


(この先が袋小路だったら死ぬ……!)


 ガラガラと地面をこする音は、鉄パイプだろうか。


 細くなるばかりの道に不安を覚えながら、俺は曲がった。知らない道、知らない角を。


「うぅっ」


 途端、光が目に飛び込んでくる。


 突き当たりには建物――、つまり行き止まりだった。ゴージャスともいえるそれには、『一丁目』という看板が掲げられている。


「万事休す……」


 当然追いつかれ、光を背に追い詰められた。


「おや、お客様ですか?」


 その時だ、背後から軽やな声がしたのは。


「今日はもうないと思っていたのに」


 振り向くと、笑みをたたえた男。

 スリーピースのスーツに蝶ネクタイで、かなりの仕立てに見える。追いかけてきた野郎どもとは格が違う。もちろん俺とも。


「そいつはコッチの客だ!」

「二十万と、三百四十万のな!」


 たまたま入った店。そこのボーイの内、一人が”うちのお客様”だった。

 お手軽お気軽キャッシング、我が社サンセットローンの。


「お前のお陰で俺の借金は十倍だ! 返すために、また借りた……」


「俺はただの取りつけ役だ! 金のことは知らん!」


 就職して一年ほど。利息や法律のことは研修されず、叩き込まれたのは勧誘テクニックだけだ。


 蝶ネクタイの男はまだそこにいたが、こんな状況ではすぐに逃げ出すだろう。もはや鉄パイプは振り上げられている。


「クソッ」


 頭を抱えることもできないまま、俺を捉えたのは死の確信だった。


「一名様ご来場です!」


 なのに衝撃が来ることはなく、声と同時、唐突に目の前が歪んだ。



・・・・・・・・



 覚醒した途端、飛び起きた。


 一瞬戸惑ったが、じゅうたんの床。どこかのフロントにいるようだ。


「いつの間に……?」


 立ち上がり、辺りを見回す。大理石らしきカウンターに、生木の観葉植物。

 美麗な作りにホテルかと思ったものの、どこか違う気がした。


「フィットネスクラブか?」


 駅チカのジムを一度体験しただけだが、それが近い。

 何故なら、奥に見えているのはランニングマシンだろう。

 ジムを有するホテルはあるが、フロントのそばに突然現れはしないはずだ。


「とはいえ広いな……」

 フロアはほぼ円形だった。向こうの端を見ると、別フロアに行けるのか、そこだけは円を保っていない。


「マシンも妙な配置だし……近未来的演出か?」


 フロアに合わせたように、放射状に丸く並ぶランニングマシンと、他には筋トレマシンが点在している。


 外観からは想像できない面積に思えたが、装飾の方は外観を裏切らず、室内も光に満ちている。天井にはシャンデリア、あちこちで光るミラーボールはクリスマス色だ。


「神園くーん、キミにも相方ができましたよー!」

 そこで蝶ネクタイが、誰かを呼んだ。


「んだと!? 誰か来たのか!?」


 すると、返事と共に空間でプシュンと音がする。途端、別の男が現れた。いや待て、今どっから出た?


「お、俺は入会できんぞ、こんな高級そうなジム」


 慌てて後ずさったものの、神園と呼ばれた男がズンズン近づいてくる。

 スタッフかとも思ったが、とてもそんな雰囲気ではない。


 黒のライダースーツにダークブロンドの髪。胸元に下げているのは何だろう、連なった五十円玉……?


「いいから来るんだよ」

「!?」


 胸ぐらをつかまれた。なのに、蝶ネクタイは微笑んだままだ。


「ここはお金はかかりませんよ。まぁ、どうしても帰ると言うならどうぞ。ほら、まだあそこにありますから、あなたの体」


「へ?」


 蝶ネクタイの指が、パチンと鳴った。


 するとまたも空間が音を立て、目の前が自動扉のように開く。唐突に広がる光景は、さっきまでいた、この建物の玄関口だ。


 そこには鉄パイプを振り上げる男と、尻餅をついている俺の姿。微動だにせず、静止画のようだ。


「今体に戻ったら瞬殺だな。オラ来いや」


 俺を引きずる男は、しかしまだ少年にも見えた。背は負けているが、歳は同じくらいか、下のような。


「とりあえず、説明を聞いてみたらどうです? 木山タキくん」


 奇妙な場所、奇妙な面々。名乗ってもいない名を呼ばれ、背筋が凍った。

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