晩餐

 謎のやり取りによって、ティアリーゼがこの城に滞在する名目は「使用人」ではなく「ユリウスの仮の婚約者」に決定した。

 というのも、まだ国王から婚約に関する書類を受け取っておらず、今はまだ正式に婚約を結べていない状態にある。


 その後レイヴンから案内されたのは、ユリウスの私室に隣接する、領主の妻のための部屋。


 部屋に案内されて一息着こうとした瞬間、ティアリーゼに嫌な予感が駆け巡る。急いで衣装部屋を開けると、中には上質なドレスが並ぶ、夢のような空間となっていた。


 どれも上質でデザインも生地も一級品のものだ。そして何より安堵したのはスカート丈が普通だったこと。


「良かった、まともなドレスで……」


 ティアリーゼは安堵に胸を撫で下ろす。何だか通常なら、しなくてもいい不安を抱えてしまっていた。

 絶対領域とかの下りは、ユリウスに揶揄われただけなのだろうか?それなら良かった。


 夕闇が広がり始めた頃、エマが晩餐の時間を告げに来ると、そのままダイニングへと案内された。

 ダイニング入ると、中には既にユリウスが席に付いている。相変わらず仮面は付けたままだ。


(お食事中も仮面を付けたままなのね……)


 ティアリーゼが席に着いて暫くすると、前菜とシードルが運ばれて来る。


 その後もワゴンに乗せられて、温かな料理が順に運ばれてきた。

 カリフラワーのポタージュに魚のロティ。

 ロティは魚の美味しさは勿論の事、添えられているトマトとカブを使用したソースも絶品だった。


 肉料理を食べ終えると、カトラリーを置いたユリウスがティアリーゼに話し掛ける。


「ミルディンの野菜は豊富で、僕はとても美味しいと思うんだ。料理は口にあっただろうか?」

「どのお料理もお野菜も、とても美味しかったです。この地域では豊富に野菜が採れて、そして味も良いのですね」

「雪で野菜を保存したり、秋に収穫しなかった分を越冬させたりと工夫もしている。それに越冬野菜は甘みが増して美味いんだ。春先の収穫も楽しみだ」

「確かに、どれもとても味がいいですね」

「気に入ってくれたようで嬉しいよ」


 嬉しそうに話すユリウスからは、ミルディンを大切に思っているのが伝わってくる。


 そして見ていて思ったのが、ユリウスの食事をする所作がとても洗練されていている点。

 寸分も隙がない。辺境に隔離されているといっても、やはり王族としての教養はきちんと身に付いているのだとすぐに推察出来る。


 そんなユリウスが珍しく「えぇと……」と呟いたきり、口籠った。ティアリーゼは不思議に思い、小首を傾げる。


「どうかなさいました?」

「貴女を何と呼べばいいのかと……」

「呼び名ですか」


 こくりと頷くユリウスを瞳に映しながら、ティアリーゼは少し考えた。


(王都ではリーゼと呼ばれていたけれど……)


「リーゼ」という響きと共に、思い出しされたのは父とリドリス。

 気付けばティアリーゼは自然と唇が動いていた。


「……ティアで」

「ティア」

「はい」

「では僕のことも名前で呼んでくれ」


 食後のデザートとして、レイヴンがワゴンに乗せて紅茶と共に運んできたのは、林檎を砂糖で煮たコンポート。

 コンポートをスプーンで掬うとシナモンの香りが広がった。

 デザートを堪能し、お茶を飲んで一息つくとティアリーゼは話を切り出す。


「あの、そういえば衣装部屋に沢山ドレスがありましたが……」

「気に入らなかったか?」

「まさかっ!どれもとても素敵だと思いました。ただ……わたくしが着て良いものなのか、どうかと思いまして……」

「全部ティアのために用意したものだよ。クローゼットだけじゃない、部屋の家具も壁紙も宝飾品も」


 置き物一つ取って見ても、拘り抜いて選んだ品ということは、ティアリーゼにも分かっていた。

「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べるともう一つ、どうしても気になっていた部分について口にしていた。


「それとクローゼットには、普通のドレスばかりで安心致しましたわ。てっきり……」

「ティアは普通ではないドレスを期待していたのかな?」

「違います。ユリウス様が、日常的に絶対領域がどうとか仰るから」

「婚約者の足を日常的に、他の男に晒させる訳がないだろうっ。中々卑猥な発想だな」

「ユリウス様にだけは言われたくないですっ!」


 思わず感情的になってしまったが、我にかえると、ティアリーゼは真っ赤になって口を噤んだ。対照的にユリウスはどこ吹く風で、マイペースに主張し始める。


「僕はただ、二人きりの時に絶対領域になって貰いたいだけだ」

「……」

「聞いてる?」

「ユリウス様、セクハラはいけません」


 給仕に徹していたレイヴンがお茶を継ぎ足しながら、すかさず口を挟んだ。

 呆れの色を含んだ眼差しが、ユリウスに向けられている。


「セクハラではない、スキンシップだ」

「申し訳ございませんティアリーゼ様。この地に引きこもっているせいで、年頃のご令嬢とあまり関わることのなかったユリウス様は、典型的なモテない男性の振る舞いしか出来ないのです。ユリウス様に変わって、僭越ながらこの私めが謝罪させて頂きます、大変申し訳ございませんでした」

「……い、いえ」


 返答に困るティアリーゼの傍ら、ユリウスが「レイヴン、正論は人を傷付けるんだぞっ」と声を上げた。

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