プロローグ②

 公爵家の女主人となったミランダは使用人の管理を任され、誰も逆らうことは許されない。

 中には長年公爵家に仕え、ティアリーゼを大切に思う使用人もいたが、異を唱えると女主人から解雇を言い渡される者もいた。

 守ってくれる使用人は年々数を減らしていき、屋敷でのティアリーゼは孤立する一方だった。


 次第にティアリーゼは、継母と顔を合わせることに、怯えの心が芽生えていった。


 それでも忙しい父が屋敷に帰宅すると、家族の輪に入れて貰える。昔のように気さくな親子関係ではなくなったが、父に甘えるマリータを微笑ましく見守りながら、羨ましく思う心を隠していた。


 自分は姉なのだから、いつまでも甘えていては駄目だと、子供ながらに己を律していた。


 しかし家族団欒を過ごしていると、いつの日か違和感を感じるようになる。


 ある日家族四人でお茶会をしていたところ、ティアリーゼはふいに何かを察し、視線を上げた。すると斜め前の席に座るミランダが怒りの双眸でティアリーゼを睨みつけていた。


 思わず手にしていたティーカップを、大きな音を立てながらソーサーへ置き、お茶も少し溢してしまった。


 様子のおかしいティアリーゼをクルステア公爵が「どうかしたのか?」と心配する。


 視線を彷徨わせながら、ミランダを一瞥するとこちらへ優しい表情を向けていた。

 その瞳や表情からはティアリーゼを気遣うような色まで感じ取れる。はっきりと敵意を受け取ったティアリーゼですら勘違いだったのかと、受け流そうとした瞬間、ミランダが口を開く。


「どうしたの?顔色が悪いようね」

「確かに、気分が悪いなら無理をしないように」

「わたくしが送っていくわ」


 ミランダは朗らかに微笑み、完璧な母親の顔で立ち上がる。

 ティアリーゼをサロンから連れ出したミランダは、無表情だった。


「そんなに私達が気に入らないなら、別棟にでもいけば?」

「別に……」


「気に入らなくないです」そう言い掛けると、ミランダに苛立ちの色が浮かび、ティアリーゼは俯き口篭った。

 どうやらミランダは夫に悟られないよう、彼の視線がない隙に、敵意の眼差しを向けてくるらしい。


 これでは父に訴えても信じてもらえない。いや、自分さえ口を閉ざし、我慢をすればこの家族は円満なままでいられる。幼心にも、ティアリーゼはそう考えた。

 父から幸せな家庭を取り上げたくはなかったのだ。

 それと同時に「自分はこの家族の一員ではない」と悟っていた。


 そう、これは父の家庭であり、自分の存在出来る場所ではないのだと。


 こうしてティアリーゼは本邸から、少ない使用人を連れて別邸へと移り住むこととなった。


 きっと、ミランダはティアリーゼを家族と思ったことも、受け入れようと考えたりは一度も無かったのだろう。

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