第17話 この世界においてのギウスの存在・2

 シンプルではあるが耳慣れない言葉に、千紘の表情が一瞬だけ固まる。しかしすぐに冗談だろうと思い直し、改めてラオムに向き直った。


「は? リリアを殺すって何だよ。そんな物騒なことしないで、一緒に地球に帰してもらえばいいだけの話だろ? それにこの世界を乗っ取るとか意味わかんねーよ」

「では、少し考えてみてください。もし帰してもらったとして、貴方がたは普通の生活に戻る。ですが、わたしたちギウス側の怪人はどうなると思いますか?」

「どう、って言われても……」


 千紘は顎に手をやりながら地面に視線を落とすと、しばし考え込んだ。


 自分たちはいつも通りの生活に戻る。それはわかる。だが、ギウス側はどうなるのか。同じようにいつも通りの生活に戻るだけなのではないか、と思った。


「……アンタたちも普通の生活に戻るんじゃないのか?」

「残念ながらそう簡単にはいかないのですよ」


 ラオムはそう言うと、困ったように首を左右に振り、小さく嘆息する。そしてさらに続けた。


「わたしたちギウスの怪人は、リリアが貴方がたを召喚した際のイレギュラーによってこの世界に生まれ落ちた存在です」

「……イレギュラー? まったく意味がわかんねーな」

「確かにわかりにくいかもしれませんね。それでは聞きましょう。『貴方がたが戦ったのは人間でしたか?』と」

「……っ!」


 マスクの中からはっきりと発せられたその言葉に、千紘は目を見張り、息を呑んだ。


 戦闘員の集団と初めて出会った時、そしてつい先ほど戦った時のことを思い返す。いくら剣で斬っても暗黒霧あんこくむになって消えるだけで、中身は人間ではなかった。


 まさかそれがリリアと関係しているのかと考え、ラオムを見ると、千紘の心中を読んでいたかのように頷く。


「そう、彼らは人間ではありません。リリアは貴方がたを召喚するだけでなく、同時に貴方がたの記憶からわたしたちを無意識に具現化してしまった。と言っても、姿だけですけどね。ああ、具現化が召喚とは違うのはおわかりですか?」

「それは、わかる……けど」


 リリアは自分たちの服や長剣を具現化してくれた。それは実際に目の前で見たし、召喚とは違うというのはわかる。今持っている知識だけで簡単に言ってしまえば、召喚は異世界から人を呼び出す能力で、具現化は何もないところから物を創り出す能力だ。


 ラオムが言う具現化の話は妙に納得できた。むしろようやくに落ちたと言った方が正しい。

 自分たちの記憶から姿だけを具現化させたものだから、戦闘員は見た目だけが知っているもので中身は人間ではなかった。


 そこまで考えて、千紘ははっとした。


「じゃあアンタも人間じゃ、ない……?」


 先ほど、ラオムは『わたしたち』と言った。つまり戦闘員だけでなく、ラオムもまた姿だけを具現化された存在で、中身は人間ではないということだ。


「そういうことになります。ですが、あまり怖がらないで頂きたいですねぇ」

「でも、何でアンタは話せるんだよ……? って、あ、そうか……」


 またも素朴な疑問だったが、実際に口にしてから理解した。


 自分の中で、戦闘員は『話さないキャラクター』として認識している。同様に、ラオムについては『敬語で話すキャラクター』として認識されている。きっとその違いだろうと考えた。


 ラオムは先ほどと同様に頷くと、


「その考えで合っていると思いますよ。どうしてわたしが話せるのか、納得して頂いたところで話を戻しましょう。まずはリリアを消さなければならない理由から」


 そう言って、右手を顔の前まで上げる。人差し指を立てると、そのまま続けた。


「わたしたちは貴方がたの記憶からこの世界に具現化された存在です。ですから、貴方がたがこの世界から消えると、わたしたちもこの世界では存在できなくなるのです」

「だったら、俺たちと一緒に帰ればいいんじゃないのか?」


 それなら問題はないのでは、と千紘が首を傾げる。

 しかし、ラオムはすぐさまそれを否定した。


「残念ながら、わたしたちはリリアのいるこの世界でしか存在できません。地球という世界に行くことはできないのです。ですから、わたしたちが存在し続けるためには貴方がたを地球に帰すわけにはいかない、そういうことです」

「つまり、俺たちが地球に帰るのを止めたい、ってことか……?」

「そういうことです」


 ラオムは大きく頷いた。


「まあ、そこまではわかったけど、リリアを殺したりなんかしたら逆にアンタたちの存在が消えたりするんじゃないのか?」

「そこは心配には及びません。わたしたちは具現化された時点でリリアの手を離れていますから。ただ、この世界から出られない、というだけです」

「なるほどな。リリアを消せば俺たちを帰せる人間がいなくなるから、アンタたちの存在は消えずに済む、と」

「ええ。理解が早くて助かります」


 ラオムがパチパチと手を叩く。

 何だか馬鹿にされたような気がしなくもないが、今はそれどころではないな、と千紘は話を続けることにした。


 先ほどから途方もない話を聞かされている。それなのになぜか冷静でいられるのは、ラオムの口調が穏やかだからなのかもしれないと思った。


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