第52話 その夜

 寮の自室。

 アルマークは心地よい疲れの中で達成感に浸っていた。

 ようやく、魔法が教えてもらえる。

 今日まで長かったな。

 久しぶりに父の顔を思い出す。

 父さん、僕もようやく魔法を教えてもらえることになったよ。北の傭兵の息子が、本当に魔術師になるんだよ。

 その時、とんとん、とドアがノックされた。

「はい」

 と返事をすると、ドアが開いてモーゲンが顔を出した。

「アルマーク、何やってるの? 早く庭園に行かないと始まっちゃうよ」

「始まる? 何が?」

「あれ、アルマークは知らなかったっけ?」

 モーゲンが意外そうな顔をするその後ろからネルソンが顔を出す。

「おい、いいから早く行こうぜ! ほんとに間に合わなくなるぞ!」

「ああ、そうだった。ほら、アルマーク、話は後だよ。急ごう!」

 何がなんだか分からないまま、アルマークは二人に急かされて部屋を出た。

 急いで階段を駆け下りる。

「ああ、ほらもう誰もいないぞ!」

 とネルソンが叫ぶ。

 確かにいつもならこの時間、寮は学生たちの声で溢れかえっているのに、今は不思議なほど静まり返っている。

「俺たちが一番あとじゃねえか! だから早く行こうって言ったのに」

「アルマークを待とうって言ったのネルソンじゃないか!」

「アルマークを部屋に呼びに行くの忘れて寝てたのは誰だよ!」

「仕方ないだろ、試験の後だぞ!」

 大声で言い合う二人のあとについて寮を出る。

「急ごう!」

 言いながらモーゲンが左手に灯の魔法を出したが、初夏のノルク島はこの時間でもまだ沈んだあとの太陽の残光が空に残っている。

「モーゲン、邪魔だ、しまえ!」

 ネルソンに言われてモーゲンは慌てて炎を消す。

 三人は残光を頼りに、小道を庭園に向かって走った。

 徐々に暗くなり、足元がそろそろおぼろげになってきた頃、庭園の入口にたどり着いた。

「えっ」

 アルマークは目を見張った。

 庭園がたくさんの子供たちで溢れている。

 この数は、初等部の学生が一年生から三年生まで全員いるのではないか。

 みんな笑顔でがやがやと話し、中には騒いで走り回っている子もいる。

 まるで何かのお祭りのようだ。

「あ、アルマークたちやっと来たよ!」

 ノリシュの声がほかの学生たちの向こうから聞こえてきた。

「あ、ノリシュたちあそこにいるぞ。おーい」

 モーゲンが手を振る。

「遅いよ、三人とも」

 いつもよりも気持ち元気なノリシュがそう言いながら大きく手招きしている。

 そちらに近付くと、ウェンディとリルティも一緒だった。

 アルマークの姿を認め、ウェンディが嬉しそうに手を振ってくる。

「アルマーク、試験お疲れさま」

「君の方こそ」

 アルマークはウェンディと笑顔をかわした。

 試験の緊張感から解放され、何の心配もなくウェンディと笑いあえることが嬉しかった。

「ありがとう、ウェンディのおかげで何とかなった気がするよ」

「ほんと? よかった」

 ウェンディは嬉しそうに笑う。

「でもそれは私のおかげじゃなくてアルマークの努力のおかげだよ」

「努力の仕方を教えてくれたのはウェンディじゃないか」

「そう言ってくれると嬉しい」

 ふふ、とウェンディは笑った。

「ところでこれ、何が始まるの」

 アルマークが聞くと、ウェンディはきょとんとする。

「えっ、モーゲンたちから聞いてないの?」

「うん。二人ともやたらと急いでたから」

 そのモーゲンとネルソンは、ノリシュやリルティと楽しそうにじゃれあっている。

 あの大人しいリルティが笑顔で、きゃあ、と声をあげながら走っている。

 今日はなんだかみんないつもより子供っぽく見えるな。

 アルマークは不思議に思った。

 試験からの解放感がそうさせるのだろうか。

「そっか。聞いてないんだ」

 ウェンディはアルマークをちらりと見て、いたずらっぽく笑った。

「じゃあ私も教えない」

「えっ、ちょっと」

「ないしょ」

 ウェンディまで子供じみた振る舞いを見せるようになってしまった。アルマークが困惑したときだった。

「あっ、来るぞ!」

 という誰かの声があがった。

 それが合図だったかのように庭園の学生たちが同時に空を見上げる。

 ウェンディもきらきらとした眼差しを空に向ける。

 さっきまで騒いでいたモーゲンたちもみな空を見上げている。

 慌ててアルマークも空を見上げた。

 庭園の奥のほうから、光の玉が突然打ち上げられた。

 光の玉はゆっくりと空に向かって上がっていく。

 と、上空まで達したところで音を出して割れ、空いっぱいに大きな光の花を開いた。

 わっと歓声が上がる。

「きれい!」

 とウェンディが声をあげる。

「花火……?」

 旅の途中で一度だけ見たことがあった。

「うん。魔法の花火」

 ウェンディは頷く。

「ほら、また」

 彼女が言ったそばから、光の玉がするすると空に上っていき、小気味良い音とともに、先ほどとは違う色の花を開く。

 次々に空に光の花が開くたびに庭園では大きな歓声が上がる。

「今日まで試験だったのは実は初等部だけじゃなくて……」

 とウェンディは言った。

「中等部も高等部も今日まで試験だったの。それで、最後の試験が終わった夜には、高等部の先輩たちが試験の終わりを祝して魔法の花火を空に打ち上げるのが伝統になってるの」

「じゃあこの花火は」

「そう。向こうにある高等部の寮から、高等部の人たちが打ち上げてるの」

 三つの光の玉が同時に交差するように空へと上がっていく。

 そしてそれぞれが違う高さで違う形、違う色の花を開く。色の対比が絶妙で美しい。

「すごいな」

 アルマークは呟いた。

 北の地でアルマークが見てきた、人を傷つける多くの魔法。

 それとは全く違う、こんなにたくさんの笑顔を作る魔法がある。その事実が、アルマークには嬉しかった。

「魔法はすごいね、ウェンディ」

「え、なに?」

 ウェンディが笑顔で振り向く。他の学生たちの歓声でアルマークの言葉が聞こえなかったようだ。アルマークは少し声を張った。

「僕も、こんな魔法が使えるようになるかな」

 たくさんの人を笑顔にできる魔法が。

 今度の言葉はウェンディにも届いたようだ。

「高等部で、一緒に打ち上げようね」

 ウェンディの返答は、アルマークの真意と少しずれていたが、その嬉しそうな笑顔にアルマークはすぐに、ま、いいか、という気持ちになった。

 アルマークは、とても満ち足りた、幸せな気持ちだった。

 その夜は、アルマークもクラスメイトたちに混じり、花火の光の下で夜遅くまではしゃいでまわった。



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