第24話 誓い
「当たった」
アルマークが言いながらレイピアを高々と掲げて飛びずさると、見ていたクラスメイト達から、わっと歓声が上がった。モーゲンが大きな声で「アルマークの勝ちだ!!」と叫ぶ。
「ちがうちがう!!」
トルクは顔を真っ赤にして叫んだ。
「あんなの当たったうちに入らねえ!」
「往生際が悪いわね」
レイラが呆れたように言うが、トルクは首を振る。
「うるせえ! とにかく俺は認めねえ!!」
アルマークはちらりとボーエンを見た。ありがたいことに、まだ静観の構えだ。
よし。
アルマークはトルクに声を掛ける。
「いいよ、トルク。もう一回やっても」
「当たり前だ!」
構えようとするトルクになおも言葉を続ける。
「でも条件がある」
「あ? 条件?」
目を剥くトルクに、アルマークは続けた。
「賭けをしよう」
「賭けだと?」
「君に負けたら、僕は君の言うとおりこの学院を去る」
その言葉にウェンディが、はっと息を呑んだ。
「でも、もし僕が勝ったら……」
アルマークはまっすぐにトルクを見た。
「この学院の中で、貴族とか平民とか、そんなことで学生を二度と差別するな」
見ていたクラスメイトたちが一斉にざわめいた。ウェンディが両手で口を押さえて小さく首を横に振るのが見えた。
「ふざけんな、そんな賭け誰が」
言いかけたトルクに言葉を被せる。
「怖いのか、トルク」
トルクが目を剥く。
「怖いのか、僕に負けるのが」
トルクの顔が真っ赤に染まった。
「いいだろう。おもしれえ! やってやるよ! お前の気に入らねえ面を見るのも今日で最後だ!」
トルクは獣のように吼えた。
「よし。交渉成立だ。始めよう」
言いざま、アルマークは背筋を伸ばし、レイピアの切っ先をトルクに向けた。トルクも慌てて飛びずさり間合いをとる。
「ぶっ殺してやる」
レイピアを自分の前でぐるぐると振り回す。しかし、その言葉、態度とは裏腹に、トルクは慎重だった。じりじりとアルマークの周りをまわり、さっきまでのように迂闊に飛び込んでこない。
一方アルマークは、常にトルクと正対する位置を保ちながら、切っ先をぴたりとトルクに向けている。大柄なトルクが小柄なアルマークの周りをじりじりとまわる、不思議な光景となった。
「この……」
トルクがアルマークの周りを三周もまわり、その隙のなさに歯噛みしたときだった。
ごく自然に、アルマークが一歩踏み出した。
向かい合っているトルクすら戸惑うほど、敵意も気負いもない自然な一歩。そしてその体勢から、レイピアをまっすぐトルクの胸に突き出した。
その突きも、力を込めたようにはまったく見えなかった。
だがその瞬間、どん、という大きな音とともに、トルクの大きな体は宙を舞い、壁際近くまで吹き飛んでいた。
「がはっ」
床に叩きつけられ、あえぐトルク。歩み寄ったアルマークがその胸ぐらを掴んで上半身を引き起こす。
「僕の勝ちだ、トルク」
アルマークはトルクに顔を近づけて、静かに言った。
「誓え。今ここで。貴族とか平民とか、そんなことでクラスメイトを差別しないと」
すさまじい形相で歯を食い縛り返事をしないトルク。その胸ぐらを揺さぶり、アルマークは言葉を叩きつけた。
「誓え! トルク! お前の姓に! シーフェイの名に懸けて! もう二度と侮辱はしないと!!」
トルクはしばらくうなり声をあげて沈黙したあと、絞り出すようにして言った。
「……誓う」
アルマークがトルクの胸元から手を離すと、わっ、と背後で歓声が上がった。振り返るとクラスメイト達が駆け寄ってきていた。
興奮状態で「すげえ! すげえ!」と連呼するネルソン。
「飛んだ! トルクが飛んだ!」と叫ぶモーゲン。
「武術やってたの?」「なんでそんなに強いの?」ほかのクラスメイトも口々にアルマークに尋ねてくる。
その一番後ろにウェンディはいた。真っ赤に潤んだ目で、アルマークを見つめてくる。
「……無茶なことを……」
ウェンディはやっと絞り出した。
「お礼するって、言ったじゃないか」
アルマークの言葉に、ウェンディは一生懸命笑顔を作った。明らかに無理をして作った笑顔だったが、アルマークには今まで見たどんな笑顔よりもきれいに見えた。
「……ありがとう、アルマーク」
そうか、僕はウェンディのその言葉が聞きたかったんだ。アルマークはウェンディの顔を見ながらそう思った。
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