第4話 旅立ち
アルマークはヨーログの予言通り聡明な少年に育っていった。
レイズは彼に剣技を教えようとはしなかったが、彼は自ら大人用の大きな剣を握り、稽古に励んだ。
無口で人見知りのところは変わらなかったが、成長につれ、目には光が宿っていった。
そして八歳のある日、皆を瞠目させる事件が起きた。
その日、母隊を後方に残し、主力は皆戦闘に出ていた。
相手はモーリス傭兵騎士団。強敵である。
その為男は皆出払っていた。
そこに、二人の傭兵が乱入してきた。
彼らは流れの傭兵であったがいずれも屈強の戦士だった。
母隊に残っているのは女子供と老人だけだ。たちまち五人が血祭りにあげられた。
そこに、アルマークが飛び出した。
彼は大人用の長剣を器用に操り、たちまち二人を切り伏せた。
モーリス傭兵騎士団のエース、"白き疾風“ガルカシュとの一騎討ちに引き分け、手傷を負って帰って来たレイズは女たちからその話を聞いて、ふうむ、と唸った。
おまえの息子はどうやら傭兵をやりてぇみてぇだな、と団長のジェルスがレイズの肩を叩いた。
十二歳ともなれば戦場に出るのが当たり前のこの土地でも、それは常識外れの早さだった。
しかし、レイズはアルマークを呼び、次の戦場に出てみるか、と言った。アルマークはうなずいた。
冬が過ぎ、春が来た。
アルマーク9才の春だ。
しかし北方の情勢は日に日に悪化する一方で、とてもレイズが部隊を離れられるような状態ではなかった。
そして、アルマークは魔法学院の入学式を迎える代わりに初陣を飾った。
大人たちに混じって四人を斬った。
次も出ろ、と父は言った。
二度目の戦は負け戦だった。彼は教室で教科書を読む代わりに冷たい北の大地に血を流した。
五回、大きな戦を経験すると、夏が来た。
アルマークはすでにいっぱしの戦士になっていた。
しかしレイズは息子の魔法学院入学を諦めたわけではなかった。
戦のない日は息子を呼び、自分の知っている限りの学問を教えた。文字の読み書き、数字の計算、それらをアルマークは剣技を身に付けるのと同じように吸収した。
こうしてアルマーク9才の夏はレイズにとって歯がゆいほど無為に過ぎていった。
ある日、アルマークは戦場で命を落としかけた。
"陸の鮫“の異名をとるガレット重装傭兵団のエース、アンゴルの槍に胸を貫かれたのだ。
幸い一命はとりとめたが、それでも一ヶ月間起き上がることさえできなかった。
レイズはいよいよ息子と別れる決心をした。
ようやく体の全快したアルマークを呼び、レイズは、明日南に向けて発て、と言った。
最初アルマークは抵抗した。
父さんと一緒に戦う、と言うアルマークに、レイズは怒鳴り散らした。
「バカ野郎、てめえがいたんじゃ足手まといなんだよ」
事実、黒狼騎兵団はこれから北でも五本の指に入る激戦地、バスティア王国に向かう予定であった。
危険なのは戦場だけではなくなる。
「もっと強くなる」
とアルマークは言った。レイズは、ふん、と鼻を鳴らし、
「今からじゃ間に合わねぇ」
と吐き捨てるように言った。
黙ってしまったアルマークにレイズは今度は穏やかな声で言い聞かせた。
「アルマーク、お前は偉くなれ。いいか、傭兵なんて一番割にあわねぇ商売だ。傭兵から騎士になったやつなんてたくさんいるような話はあるが、実際のところ何人もいやしねぇ。みんないいようにこき使われて利用価値がなくなれば最後は捨てられるのが落ちだ。そうならねえためには、剣だけじゃダメだ。……頭を使え、アルマーク。何をどうするのか、どうすべきなのか、俺に頼らずに自分で考えてみるんだ。勉強を積んで、賢くなって、偉くなって、何人もの人間を動かすようになれ」
アルマークはしばらく黙っていたが、やがて、分かったよ、父さん、と小さな声で言った。
レイズはにこりともせずに、よし、物わかりのいい子だ、と言った。
「みんなに別れの挨拶をしてきな」
アルマークは頷き、テントを出た。
アルマークと同じ年頃の子供は二人いた。
一つ年下のメリーはアルマークを実の兄のように慕っていた。
大人の女たちに混じって炊事洗濯をこなす利発な少女だ。
私のこと忘れないでね、アルマークお兄ちゃん、と彼女は泣き笑いの顔で言った。
ガルバはアルマークと同い年で、斧の名手ゲイザックの息子だ。もちろん初陣はまだだが、負けず嫌いでいつもアルマークと張り合ってきた。
元気でな、アルマーク、次に会うときは俺も一人前の戦士だ、とガルバは言った。
翌朝早く、アルマークは旅立った。見送りに出たレイズは、
「お前はもう一人前の戦士だ。心配はしてねぇよ。ただ世の中には万が一ってこともある」
と言って懐から小さな赤いペンダントを取り出した。
「シェティナの形見だ」
レイズは死んだ妻の名を口にした。
「何があってもこいつがお前を守ってくれる」
「ありがとう」
アルマークは荷物を地面におき、それを両手で受け取った。
「……行ってくるよ。父さんも元気で」
「ああ」
そうして二人は別れた。
しばらく歩いて振り返ると父はまだこちらを見ていた。
アルマークは最後に大きく手を振った。
それに軽く手をあげて応えてから、レイズは踵を返して宿営地のなかに戻っていった。
さよなら父さん、とアルマークは口のなかで呟いた。
父の姿はじきに見えなくなった。
そしてこれが、この親子の最後の別れとなった。
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