第4話 3話―①

【視点:神籬ひもろぎ神住かすみ


 話は加納聖が咲之宮さきのみや豪造ごうぞうに出会うしばらく前に戻る。


 滝塚市警察署の取調室。神籬神住は机を挟んで向かい合って座る長野ながの牧吉まきよし下釜しもがま浩平こうへいを、壁にもたれかかりながら見つめていた。下釜は背もたれに体重を預け、ひたいを拭って大きく息を吐く。長野は冷めてしまったコーヒーに口を付けた。


「で、結局マスゴミのおっちゃんは豪造の仲間だったってことか」


 手錠をかけられたままの下田しもだ鉄平てっぺいがポン、と手を叩く。長野は大きなため息をついた。


「結局その認識か? 向こうは絶対仲間だと思ってないぞ。俺もだが」


「とはいえ二十年近く豪造の指示で政敵せいてきのスキャンダル記事を書いてきたんだろ? 仲間っていう表現もあながち間違いじゃねぇぞ」


「実際しゃくだったよ。取材無しで書いたことも数えきれない程だ。まあ訴訟になっても豪造の力でもみ消せたから、その点は感謝してる」


「この国の司法終わってんな……」


 下釜は新しい煙草に火をつける。燻されたタールの香りが室内に漂う。


「行政と立法にも食い込んでるからな。むしろよく変な気起こさなかったと思うぜ」


「一応五大家ごだいけで監視はしていたので。何かあれば神籬か玉櫛たまくしが黙っていませんよ」


「怖い怖い」


 長野は再度コーヒーをすすった。下釜は煙草たばこを灰皿に押し付けて消すと、机に身を乗り出す。


「お前が豪造の仲間だったってことはわかった。それで、今豪造は何を目的に動いているんだ?」


「正確なところはわからねぇ。教えてもらってねぇからな。俺が知っているのは、咲之宮蓮華れんげが必要だってこと、咲之宮鷹揚おうようが邪魔だってこと、神籬家に関連することくらいだ。後は、事の始まりが瑞牆みずがきという女性政治家と関わった頃からだということくらいかな」


「誰なんだよそれ。俺政治に興味ないからわかんねぇよ」


「私も国内政治はあまり……」


 首をかしげる神住と下田を見て、長野は顎に手を当て斜め上を見る。


「ええと、フルネームは瑞牆千木良。与党所属で、特筆したところはなんか若作りってことだけだな。実績もよくわからん」


「みずがき、ちぎら……」


「どうかしたんすか、神住さん」


「ううん。どこかで聞いたような気がしたんだけど」


 神住は記憶を手繰たぐり寄せるが、手ごたえがない。そこで彼女はスマートフォンを取り出し、ある人物にメッセージを送った。


「誰に連絡したんすか」


「こういうのに強そうな人。ちょっと時間がかかるから、先に長野さんの話を聞きましょう」


 神住はスーツのポケットにスマートフォンを滑り込ませた。長野は視線を机に落とし、話を続ける。


「一回話したが、数日前にデスクの指示で豪造について取材をすることになってな。その際にちょっと突っ込んだことまで聞こうと思って、咲之宮家に向かったわけよ」


「そうしたら瑞牆と何やら話し込んでいる豪造を目撃したと」


「そのまま聞き耳立ててたら、後ろから黒服がやってきてあのざまよ」


「漫画みたいだな」


「実際そんな感じだった。その後に数発殴られたあとがある若い男とじじいが部屋に連れ込まれ、爺が目の前で殺されたんだ。生きた心地がしなかったぜ」


 長野は自分の肩を抱いて大げさに怖がってみせた。しかし、その場の誰も反応しなかったため、気まずそうに居住まいを正す。


「で、若い男は連れていかれた。その後しばらくしてお前たちが来た、ってわけだ」


「殺されたのが咲之宮鷹揚だったこと、連れていかれたのが咲之宮公人きみひとだったことには気づかなかったのか?」


「公人の方は黒服に名前を呼ばれていたから気づいた。鷹揚の方はわからなかったな」


 神住はその言葉に違和感を覚えた。だが、それを一旦頭の片隅に追いやる。


「その他に、何か覚えていることや聞いたことはありませんか?」


「うーん。豪造と瑞牆の話も途切れ途切れだったんだよな……そういえば、当主継承の儀という言葉が聞こえたような」


 当主継承の儀。その言葉を聞いた瞬間、神住の脳に電流が走った。


「……もしかしてそういう事? いや、でもどうやって?」


「神住さん、何かわかりましたか?」


 下釜が腰を浮かす。神住は眉根まゆねを寄せたまま、再度壁に背をあずけ、天井を見上げる。


「豪造さんって、かなりの野心家やしんかなんです。あの人から当主継承の儀という言葉が出たということは、方法や理由は不明ですけど、目的は神籬家乗っ取りの可能性が高いですね」


「の、乗っ取り!?」


「つまり、神籬家当主の座を奪うために、継承の儀に干渉する、ということですか?」


「そう、ですね。ただ、豪造さんは神籬家の内情もある程度把握していますし、当主を継承することの意味も理解しているはずなんですよね」


 神住は腕組みをして唸る。


「すんません。俺よくわかんないんすけど。当主を継承するってのは、その家を思い通りにできるようになるってことじゃないんすか?」


 三人の視線が下田に向いた。


「あと、咲之宮ってめっちゃ偉い家なんでしょ? 偉いのはわかるんだけど、なんで神籬まで必要なわけ?」


 三人の視線は一点に集まった後、再度下田の方を向いた。


「下田。もしかしてお前、神籬家については」


「滝塚市のお偉いさん」


「加納と同じレベルの知識量か……」


 額に手を当てる下釜と対照的に、下田は笑いながら手錠の鎖を揺らす。


「レクチャーしておこうか?」


「お前が? 一番詳しいであろう人がここにいるってのにか」


「いえ、お願いします」


 冗談交じりに笑っていた長野の表情が引き締まる。


「世間の印象を知っておきたいので」


 神住の言葉に対し、不満そうな表情をしたのは下田だけだった。長野は温度を失ったコーヒーで舌を湿らせると、下田の方を向いた。


「神籬家っていうのは、滝塚市常磐じょうばん区に存在する旧家だ。元華族かぞくではないが、中央政権に対しても影響力を持つとされる。生業なりわいとしては投資家だな」


「投資家がどうやって政府にコネを持つんだよ」


「そこは疑問に思うのかよ。出資しているとか色々あるだろ。実際のところは俺にはわからん。ただ、ちまたの噂では政治家の弱みを握っていると言われている。具体的に何なのかは言及されていないから、陰謀論いんぼうろんの域を出ないがな」


「ずいぶんふんわりとしてんな」


 下田の呟きに、長野は軽く頭をかいた。


「噂なんだ、そんなもんだろ。ええと、滝塚市における神籬家についてだが。地元の有力者だ、滝塚市の発展のために多額の出資や土地の提供をしている。市議会も神籬家当主代行の顔をうかがわないと何もできないと揶揄やゆされるくらい、滝塚市を裏で牛耳ぎゅうじる存在として認知されている」


「マフィアじゃん」


「悪い見方をするとそうだな。ただ、神籬家が便宜べんぎはかってくれるから物事が楽に運ぶのは事実なんだ。それくらい人脈が広い。それに、地域活性化のため神籬家主催の祭りを毎年開催している」


「それなら行ったことあるぜ。めっちゃ会場が広かった記憶がある」


「俺もだ。子供たちが大きくなったからここ数年は行ってないが」


「苦労してんな。俺が思うに、政府に顔がくってのは、この辺の話が膨らんだだけだと思う。実際のところは、さっき下釜が言った通り、御令嬢ごれいじょうが目の前にいるし憶測おくそくで語るもんじゃねぇだろ」


 神住は右手の人差し指を自らの唇に当てた。


 一方、下田は得心とくしんしたかのように深く頷いた。


「なるほど。そりゃ神籬家欲しくなるよな。滝塚市が手に入るのと一緒だもんな」


「こんな地方都市一つ手に入れてどうするんだよ。地元大好きかお前」


「え、政府にコネがあるんじゃないの?」


「都合のいいところだけ覚えられる頭かお前」


 羨ましいぜ、と長野は独りごちる。下田は天井を仰いだ。


「……もっとわけわからなくなった。なんで豪造は神籬家欲しいんだよ?」


「咲之宮についても話したほうがいいんじゃないか?」


 下釜に話を振られ、長野は余ったコーヒーを全て飲み干した。


「咲之宮家は神籬家と同じく、滝塚市の旧家だ。同じような家が他にも三つあって、それぞれ寄絃よつら家、瑜伽ゆが家、玉櫛家という。総称して滝塚市五大家。これらに関して、今回は割愛する。関係なさそうだからな」


「滝塚市ってそんなに旧家あるのか」


「こんな地方都市に意外だろ。それはそれとして、寛喜かんき飢饉ききんにおいて七日七晩の祈祷きとうを通じ、事態の解決に貢献したというのが咲之宮家の始まりだ。そしてそれは、神籬からの指示で行われたことだ」


 神住の眉がぴくりと動いた。長野はそれに気づくことなく、下田の方を向いている。


「以降、咲之宮家は滝塚市界隈における政を担当している。ぶっちゃけ、神籬より圧倒的に政界のパイプが太いのは咲之宮だ。一族から与党議員を多数輩出している」


「ますますわからねぇ。神籬に何の魅力があるんだよ、現当主がよっぽど美人だったりするのか?」


 手錠をかけられた両腕をぶんぶん上下に振る下田を見て、神住は苦笑いする。


「まあ、豪造さんにしかわからない魅力があるんじゃないかな」


「そこに関してはにごすんだな」


 長野の言葉を神住は軽く受け流す。その態度にいらだったのか、長野は神住の方に身を乗り出す。


「当主を継承することの意味、か? そこが鍵なんだろう?」


「……それは違うと思いますね。むしろ、豪造さんからすると、絶対に継承したくないと思いますが」


 部屋中の視線が神住に集まった。六つの三白眼さんぱくがんが彼女をじっと見つめる。


「神籬家における政治の頂点は、です。なので、国会議員という経歴をお持ちの豪造さんが、そんな何の旨味うまみもないポジションを欲しがると思えません」


「お飾りの当主か。確かにそれだとなったところであまり意味はないかもな」


 そのまま四人は黙り込む。話について行けずほうけている下田。顎に手を当てて考え込む下釜。そして先程までの話を記録しようと、自分の荷物を探す長野。


 長考ちょうこうする彼らと異なり、神住にはなぜ豪造が神籬家を狙うのかについての答えがすでに出ていた。


(世間的には咲之宮の方がパイプが太いと思われているけど、実際は神籬の方が太い。それだけでも十分に理由になる。当主の件については誰かしらを当主にして、自分が当主代行につけば解決する。状況証拠から当主にならされるのは蓮華ちゃん。儀式の手順や封印方法も熟知じゅくちしていておかしくない。これでつながる)


 実はまだ他にも不明な部分はあるが、神住はあえてその可能性を思考から追い出す。


(蓮華ちゃんの誘拐ゆうかいが実行に移されていることから、豪造さんから見て機は熟したのかな。それにしても何をきっかけに……)


 神住は目を見開く。変な笑いが込み上げてくるのをひたすらに抑える。彼女の様子に下釜が、長野が、下田が固唾かたずを飲んで神住を見守る。


「そっか、当主継承の儀が失敗しているからか。今なら空席みたいなものだと判断されたのかな」


 俯いていた下釜が顔を上げた。


「なるほどな。当主継承の儀は、神籬家の威信いしんに関わるもの。それが失敗したということは、現当主代行の力は弱まる。だから神籬家当主を奪うチャンスだと、豪造は踏んだのか」


「つまり、豪造にやる気出させたの、神住さん家だったってことっすか!?」


「ただでさえこっちが責任取らなきゃって思ってたけど、これは総力挙げて解決するしかなくなっちゃったな」


 いまだ様々な疑問は残るが、豪造が決心をした理由はわかった。神住は肩をがくりと落とす。


 その時、スーツのポケット内で、神住のスマートフォンが振動した。彼女はそれを取り出し、届いたメッセージを確認する。


 ふと、神住が笑顔になった。下田が慌てた様子で彼女に話しかける。


「ど、どうかしたんすか? まさか彼氏とか!?」


「ううん。お姉ちゃんから」


「え!? 美人のお姉さん!?」


「うん。すごい美人だよ。それはそれとして、下釜さん、移動しましょう」


「移動って、どこに?」


 神住は顔を引き締めた。


「豪造の奥さん、咲之宮楓さんのところに」


                                  ――続く

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