第4話 3話―①
【視点:
話は加納聖が
滝塚市警察署の取調室。神籬神住は机を挟んで向かい合って座る
「で、結局マスゴミのおっちゃんは豪造の仲間だったってことか」
手錠をかけられたままの
「結局その認識か? 向こうは絶対仲間だと思ってないぞ。俺もだが」
「とはいえ二十年近く豪造の指示で
「実際
「この国の司法終わってんな……」
下釜は新しい煙草に火をつける。燻されたタールの香りが室内に漂う。
「行政と立法にも食い込んでるからな。むしろよく変な気起こさなかったと思うぜ」
「一応
「怖い怖い」
長野は再度コーヒーをすすった。下釜は
「お前が豪造の仲間だったってことはわかった。それで、今豪造は何を目的に動いているんだ?」
「正確なところはわからねぇ。教えてもらってねぇからな。俺が知っているのは、咲之宮
「誰なんだよそれ。俺政治に興味ないからわかんねぇよ」
「私も国内政治はあまり……」
首をかしげる神住と下田を見て、長野は顎に手を当て斜め上を見る。
「ええと、フルネームは瑞牆千木良。与党所属で、特筆したところはなんか若作りってことだけだな。実績もよくわからん」
「みずがき、ちぎら……」
「どうかしたんすか、神住さん」
「ううん。どこかで聞いたような気がしたんだけど」
神住は記憶を
「誰に連絡したんすか」
「こういうのに強そうな人。ちょっと時間がかかるから、先に長野さんの話を聞きましょう」
神住はスーツのポケットにスマートフォンを滑り込ませた。長野は視線を机に落とし、話を続ける。
「一回話したが、数日前にデスクの指示で豪造について取材をすることになってな。その際にちょっと突っ込んだことまで聞こうと思って、咲之宮家に向かったわけよ」
「そうしたら瑞牆と何やら話し込んでいる豪造を目撃したと」
「そのまま聞き耳立ててたら、後ろから黒服がやってきてあのざまよ」
「漫画みたいだな」
「実際そんな感じだった。その後に数発殴られた
長野は自分の肩を抱いて大げさに怖がってみせた。しかし、その場の誰も反応しなかったため、気まずそうに居住まいを正す。
「で、若い男は連れていかれた。その後しばらくしてお前たちが来た、ってわけだ」
「殺されたのが咲之宮鷹揚だったこと、連れていかれたのが咲之宮
「公人の方は黒服に名前を呼ばれていたから気づいた。鷹揚の方はわからなかったな」
神住はその言葉に違和感を覚えた。だが、それを一旦頭の片隅に追いやる。
「その他に、何か覚えていることや聞いたことはありませんか?」
「うーん。豪造と瑞牆の話も途切れ途切れだったんだよな……そういえば、当主継承の儀という言葉が聞こえたような」
当主継承の儀。その言葉を聞いた瞬間、神住の脳に電流が走った。
「……もしかしてそういう事? いや、でもどうやって?」
「神住さん、何かわかりましたか?」
下釜が腰を浮かす。神住は
「豪造さんって、かなりの
「の、乗っ取り!?」
「つまり、神籬家当主の座を奪うために、継承の儀に干渉する、ということですか?」
「そう、ですね。ただ、豪造さんは神籬家の内情もある程度把握していますし、当主を継承することの意味も理解しているはずなんですよね」
神住は腕組みをして唸る。
「すんません。俺よくわかんないんすけど。当主を継承するってのは、その家を思い通りにできるようになるってことじゃないんすか?」
三人の視線が下田に向いた。
「あと、咲之宮ってめっちゃ偉い家なんでしょ? 偉いのはわかるんだけど、なんで神籬まで必要なわけ?」
三人の視線は一点に集まった後、再度下田の方を向いた。
「下田。もしかしてお前、神籬家については」
「滝塚市のお偉いさん」
「加納と同じレベルの知識量か……」
額に手を当てる下釜と対照的に、下田は笑いながら手錠の鎖を揺らす。
「レクチャーしておこうか?」
「お前が? 一番詳しいであろう人がここにいるってのにか」
「いえ、お願いします」
冗談交じりに笑っていた長野の表情が引き締まる。
「世間の印象を知っておきたいので」
神住の言葉に対し、不満そうな表情をしたのは下田だけだった。長野は温度を失ったコーヒーで舌を湿らせると、下田の方を向いた。
「神籬家っていうのは、滝塚市
「投資家がどうやって政府にコネを持つんだよ」
「そこは疑問に思うのかよ。出資しているとか色々あるだろ。実際のところは俺にはわからん。ただ、
「ずいぶんふんわりとしてんな」
下田の呟きに、長野は軽く頭をかいた。
「噂なんだ、そんなもんだろ。ええと、滝塚市における神籬家についてだが。地元の有力者だ、滝塚市の発展のために多額の出資や土地の提供をしている。市議会も神籬家当主代行の顔をうかがわないと何もできないと
「マフィアじゃん」
「悪い見方をするとそうだな。ただ、神籬家が
「それなら行ったことあるぜ。めっちゃ会場が広かった記憶がある」
「俺もだ。子供たちが大きくなったからここ数年は行ってないが」
「苦労してんな。俺が思うに、政府に顔が
神住は右手の人差し指を自らの唇に当てた。
一方、下田は
「なるほど。そりゃ神籬家欲しくなるよな。滝塚市が手に入るのと一緒だもんな」
「こんな地方都市一つ手に入れてどうするんだよ。地元大好きかお前」
「え、政府にコネがあるんじゃないの?」
「都合のいいところだけ覚えられる頭かお前」
羨ましいぜ、と長野は独りごちる。下田は天井を仰いだ。
「……もっとわけわからなくなった。なんで豪造は神籬家欲しいんだよ?」
「咲之宮についても話したほうがいいんじゃないか?」
下釜に話を振られ、長野は余ったコーヒーを全て飲み干した。
「咲之宮家は神籬家と同じく、滝塚市の旧家だ。同じような家が他にも三つあって、それぞれ
「滝塚市ってそんなに旧家あるのか」
「こんな地方都市に意外だろ。それはそれとして、
神住の眉がぴくりと動いた。長野はそれに気づくことなく、下田の方を向いている。
「以降、咲之宮家は滝塚市界隈における政を担当している。ぶっちゃけ、神籬より圧倒的に政界のパイプが太いのは咲之宮だ。一族から与党議員を多数輩出している」
「ますますわからねぇ。神籬に何の魅力があるんだよ、現当主がよっぽど美人だったりするのか?」
手錠をかけられた両腕をぶんぶん上下に振る下田を見て、神住は苦笑いする。
「まあ、豪造さんにしかわからない魅力があるんじゃないかな」
「そこに関しては
長野の言葉を神住は軽く受け流す。その態度にいらだったのか、長野は神住の方に身を乗り出す。
「当主を継承することの意味、か? そこが鍵なんだろう?」
「……それは違うと思いますね。むしろ、豪造さんからすると、絶対に継承したくないと思いますが」
部屋中の視線が神住に集まった。六つの
「神籬家における政治の頂点は、当主ではなく当主代行です。なので、国会議員という経歴をお持ちの豪造さんが、そんな何の
「お飾りの当主か。確かにそれだとなったところであまり意味はないかもな」
そのまま四人は黙り込む。話について行けず
(世間的には咲之宮の方がパイプが太いと思われているけど、実際は神籬の方が太い。それだけでも十分に理由になる。当主の件については誰かしらを当主にして、自分が当主代行につけば解決する。状況証拠から当主にならされるのは蓮華ちゃん。儀式の手順や封印方法も
実はまだ他にも不明な部分はあるが、神住はあえてその可能性を思考から追い出す。
(蓮華ちゃんの
神住は目を見開く。変な笑いが込み上げてくるのをひたすらに抑える。彼女の様子に下釜が、長野が、下田が
「そっか、当主継承の儀が失敗しているからか。今なら空席みたいなものだと判断されたのかな」
俯いていた下釜が顔を上げた。
「なるほどな。当主継承の儀は、神籬家の
「つまり、豪造にやる気出させたの、神住さん家だったってことっすか!?」
「ただでさえこっちが責任取らなきゃって思ってたけど、これは総力挙げて解決するしかなくなっちゃったな」
いまだ様々な疑問は残るが、豪造が決心をした理由はわかった。神住は肩をがくりと落とす。
その時、スーツのポケット内で、神住のスマートフォンが振動した。彼女はそれを取り出し、届いたメッセージを確認する。
ふと、神住が笑顔になった。下田が慌てた様子で彼女に話しかける。
「ど、どうかしたんすか? まさか彼氏とか!?」
「ううん。お姉ちゃんから」
「え!? 美人のお姉さん!?」
「うん。すごい美人だよ。それはそれとして、下釜さん、移動しましょう」
「移動って、どこに?」
神住は顔を引き締めた。
「豪造の奥さん、咲之宮楓さんのところに」
――続く
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