手無し猿

双葉紫明

第1話

そんなに昔じゃない昔。

10年、いや、5年前くらいだろうか。

ある、一匹の奇妙な猿のお話。

あまりに滑稽なその一生。

あなたは笑うだろうか、それとも憐れむだろうか。


一匹の子猿。

かれは、やんちゃ、というのとは少し違っていた。 はしっこい。

好奇心が強かった。

だから、あちこちうろうろして、いつの間にか足腰が出来ていた。

そして、さまざま理解が速かった。

それが災いするのか、幸いするのか。

母猿は、いつもヒヤヒヤしながらも、自慢の息子だった。

ある日、群れが山の近くの畑でキビを漁っていた。

しかし、目ざといかれは、檻の中にバナナを見つけた。

かれは、長老猿の、バナナのなんたる甘い事!という自慢話を覚えていた。

それで、うっかり、手を延ばした。

瞬間、延ばした右手の手首を何かにつかまれた。

しまった。

これも、長老猿の話に出てきた「人間」が仕掛けた「罠」だった。

ガシャン。

罠に掛かると同時に、檻の入口が降りて閉じた。

「坊や、坊や!」

母猿は取り乱した。

しかし、かれはもがく程に食込むワイヤーのからくりを理解し、「鉄」という物で作られた檻には文字通り歯が立たない事を理解し、落ち着いていた。

泣き叫ぶ母猿。

しかしその頃、群れは山へ帰っていた。

もうすぐ日が暮れる。

母猿は、群れの居る山の方へ、泣きながら走り去った。

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