港町アクティアファロス
「どれに乗るかはまだわからんが、一先ずギルドで手続きしないとだな」
「ねえヴァン、わたしも傍で見ていてもいい?」
「おう、見とけ見とけ。嬢ちゃんも自分で手続き出来るようになっといたほうが便利だからな」
アンタもな、とクィンに視線をやって言うと、クィンは小さく頷いて着いてきた。
港町の建物は全て海風に強い焼き石で出来ており、窓枠と扉の素材は、防風林にも使われているセレステの木が使われている。街を見渡せば、そこかしこにセレステの木が植えられており、晴れ空の色に似た薄青色の大きな花が咲いているのが見える。濃い碧色の葉と空色の花、そして目に眩しい純白の焼き石で出来た街並みは、観光の目玉の一つだ。
足元は白い石畳で舗装されており、道なりに進むと入口から然程遠くないところにギルドがあった。此処にも窓辺にセレステの木があり、爽やかな風に揺られている。
「邪魔するぜ」
ヴァンが声をかけながら扉を開けて先行し、その後ろをミアとクィンが続く。
大陸の玄関口でもある港町の渡航者ギルドは大きく、冒険者用の受付窓口だけでも五つ並んでいる。渡航申請の窓口を探して向かうと、意外にも許可を求めている人はヴァンたちしかいなかった。
「西大陸への渡航ですか」
「おう。船はあるか? 旅に慣れてない連れがいるんで、出来れば客船か大型商船がいいんだが」
「少々お待ちください」
受付の男が書類を確認し、記録用の魔石を用いた板状の記録媒体に触れる。すると男の手元に青白い光の壁が浮かび、その中に無数の文字列が流れた。川の如く上から下へと流れ落ちる文字列を眺めていたかと思うと、受付は顔を上げて、すまなそうに眉を下げた。
「申し訳ございません。大型商船は先ほど出たところでして。次に大きな客船が出港するのは五日後となります」
「五日後か。ま、悪くはねえか。無理して小型船で行っても、どっちにしろ海酔いで動けなくなりそうだしな」
「では、申請を出しますので許可証をお願いします」
「許可証は……っと、そうだな」
傍らのミアを見下ろすと、鞄から許可証を取り出して、ヴァンに差し出していた。だが、ヴァンはそれを受け取らずにミアの背後に回ると、両脇を掴むようにして軽々抱き上げた。
「きゃ……!」
丁度幼子に高いところを覗かせる格好になると、ヴァンは楽しげな色を含んだ声でミアに話しかけた。隣ではクィンが渋い顔をしているが、見えないことにして。
「嬢ちゃん、自分で渡しな」
「えっ、わ、わかったわ。ええと、これでいいのかしら……?」
「はい、畏まりました。少々お待ちくださいませ」
ミアが困惑しながら渡航許可証を差し出すと受付は笑顔で受け取り、中を改めた。
しかし、其処に書かれていた文言を目にするや目を瞠り、ミアと許可証とを何度も見比べた。当のミアはヴァンに抱えられたままカウンターに手をかけ、緊張の表情で見守っている。
「ミア様と、クィン様、ヴァン様でよろしいでしょうか?」
「おう」
ミア、クィン、ヴァンと順に視線をやりながら訪ねる受付に、ヴァンが一つ頷く。滅多に見ることのないエレミア王家直々の賓客用渡航許可証に、だいぶ信じられない気持ちになりつつも、少なくとも受付自身はヴァンの名と姿に覚えがあるため、納得せざるを得なかった。
「確かに、確認致しました」
青いインクでアクティアファロスの印を捺すと、受付はミアに許可証を返却した。其処で漸くお役目を終えて床に下ろしてもらえたミアは、ホッと息を吐いてクィンに許可証を渡した。
「んじゃ、宿を探すか。五日あることだし、嬢ちゃんは明日にでも観光するといい」
「そうね。海沿いの街も初めてだから、楽しみだわ」
「ごゆっくり」
にこやかに手を振る受付に見送られ、一行は街に出た。
「宿の探し方だが、五日連泊するならあんまり酒場と共同だったり建物自体が小せえところは選ばないほうがいいぜ」
「どうして?」
「酒場があると遅くまでうるせえし、ベッドの質が劣ると、どうしても疲れるだろ。冒険者ってのは普段ただでさえ野宿が多いんだ、宿に泊まれるときくらいはしっかり休まねえとな」
「わかったわ」
クィンと手を繋ぎながら、ヴァンのあとに続いて港町を歩く。エレミアとは違った雰囲気の賑わいに好奇心を擽られ、見るもの全てを目に焼き付けるかの如くあちこち見回している。
「ねえヴァン、港町の人たちは普段使うお水をどうしているの? こんなに海が傍にあったら、井戸はあまり使えないわよね?」
「おう。だからこの街には浄水施設があんのさ。ほれ、向こうに見えるだろ? 丸い屋根のあれがそうだ」
そう言って、ヴァンは片腕に座らせる形でミアを抱き上げた。そして、もう片方の手で道の先を指し、半球体の屋根が乗った建物を指差す。
「あの施設が港町の生活を支えてる浄水場だ。海水から魔素を取り除いて、浄化した水を使う。んで、除いた魔素は海へ還すか、水の
「すごいわ。そんな施設があるなんて……機構術っていうのよね?」
「おう。ヒュメンが魔素に満ちた世界で生きてくための知恵だな、っと」
地面に下ろされると、ミアは再びクィンと手を繋いで歩き出した。
アクティアファロスは、世界で初めて海水を浄水に変換する仕組みを開発した街であり、いまでは世界中の港町や海岸沿いの施設で使われている。海水は魔石に次いで濃密な魔素を含む自然物で、ヒュメンは海水をグラス一杯飲んだだけでも重篤な魔素酔いを起こしてしまう。魔素以外の成分はほぼ含まれていないため無味無臭ではあるものの、魔素の気配は魔術適性のない者でさえわかるほどに濃いため浄水と間違えて飲む可能性は殆どない。
船乗りは皆必ず魔素避けのお守りを身につけており、ヒュメンは旅行客であっても渡航時はお守りを携帯することが義務づけられている。そのため、港町では旅行客に向けてアクセサリー風に装飾を足した魔素避けが売っていることが多い。
宿へ向かう道すがらにもアクセサリー屋があり、魔素避けのお守りもそれらと共に並んでいた。そんな観光客向けらしい店を横目に、一行は中心街を目指した。
此処は大陸間の移動を目的に作られた街で、規模としては港と街が半々程度という然程大きくない街だ。しかし、到着してすぐに馬車でエファルティティやエレミアに向かう者ばかりではない。近隣は小さな漁村や農村ばかりであるため、冒険者向けの宿は此処にしかない。
王都エレミアには劣るが、軽く見渡しただけでも立派な宿がいくつか見つかった。
「何だかこの街は、お宿と酒場が多いのね。ギルドのすぐお隣にもあったわ」
「まあなァ。港町とはいえ、観光メインの街ってわけでもねえし、此処に留まるのは船乗りと冒険者くらいのもんだからな」
店先の看板は、酒場を示す酒樽や酒瓶か、宿屋を示すベッドの絵が描かれたものが多い。武器や防具など冒険者に必要なものの店はギルド周辺に多く見られたが、宿と酒場はそれこそ街中に点在している。
「そういや、そろそろ酒場にも慣れたほうがいいか」
「酒場に?」
首を傾げるミアに、ヴァンは頷きながら答える。
「ああ。なんか知りてえことがあったとき、情報を得るなら酒場が一番なんだ。とはいえ切羽詰まってから初めて行くんじゃ、場の雰囲気に飲まれて情報収集どころじゃなくなっちまうかも知んねえからなァ」
「気持ちの余裕があるうちに、酒場の空気になれたほうがいいということですか」
「そういうこった」
故郷では勿論エレミアでも日暮れと共に就寝していたミアにとって、酒場どころか夜の街さえ初体験となる。ヴァンは既に緊張している様子のミアを笑って見下ろし、頭を撫でた。
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