第7話

「ヨーイドンで誰が戦うかよ、ばーか。腕だけで済んでラッキーだったと思えよ」


 青嵐の挑発的な物言いに術者達が殺気立つ。彼らもこれまで多くの怪異を祓ってきた実績を持つ怪異退治のエキスパートだ。思考はほんの一瞬止まっていたが、意識を切り替えて炎術を次々と起動させていく。

 その様子を眺めながら、青嵐は自身の見通しの甘さに内心舌打ちした。


(……首を刈るつもりだったが、狙いを逸らされた。展開速度は風術並みだが、威力は向こうの方が上……まだ隠れてやがったか)


 右腕を飛ばしたのはあくまで狙いが逸れたからであり、本来は一撃で薪火を仕留めるつもりだった。その為に風の刃よりも小規模の攻撃を選び、放った。規模が小さい分威力が落ちるので、速度を加算することでカバーした一撃。

 十分過ぎるほどに薪火を始末するのに事足りる攻撃だった。

 しかし、青嵐の風術は何故か薪火の首を刈るコースから外れ、右腕へ着弾した。

 その結果、腕が飛んだのだ。


(気配が読めねぇってことは、風術士なのは確定……俺並みの使い手、ってわけでもなさそうだな。もしそうなら今の一撃を意識誘導に利用して、確実に俺を仕留めている)


 冷静に考察する青嵐。眼前にいる術者に意識を向けながらも、こちらを窺っているであろう風術士にも意識を割く。


(だとしたら複数の風術士が必死こいて姿を隠してるわけか。俺に気取られねぇように役割分担することで、高度な風術を展開しているわけね……こいつらにしては頭を使ったやり方だ)


 全ての術には必ず展開するまでに要する過程というものがある。その過程をいかに素早く、いかに精密に行えるかで術者としての腕が決まる。これは風術に限らず、術全てに共通している常識だ。

 その技量が誰よりも突出しているからこそ、青嵐は超一流の風術士として世界を股にかけている。

 しかし、彼と同じことを行う裏技が存在する。それこそが術の展開の役割分担。複数で術の発動を行い、それぞれの効果を一人が担うことで一つのことに集中できる。

 つまり、術の発動速度も精度も必然的に底上げされるのだ。


(……三人くらいだな。風術の基本的な構成、気配の隠匿、姿形の迷彩といったところか)


 風術による索敵を行うが、青嵐であっても影も形も捉えられない。一時的にとはいえ、風術士としての能力を向こうが上回っているということだろう。

 青嵐はその事実を踏まえ、思考を終える。


(だったらそっちは後回し。まずは目の前の火の粉を払うだけだ)

「やれ、あのクソガキを確実に殺せ……ッ!」


 先程までの余裕綽々な態度は消え失せ、青嵐へ殺意に満ちた眼差しを薪火は送る。彼はそれを見て、軽口を叩いた。


「メッキが剥がれて本性を現したな。そうそうそれだよ、それ。お前らにはそういう悪人面がお似合いだぜ」

「ほざけッ!!!!」


 一人の術者が両掌を合わせる。直後、その者の正面に青嵐どころか建設中の建物を余裕で覆える程の規模を持った炎の波が発生した。

 マグマにも匹敵する温度は地面を赤く染め上げ、触れたものを全て蒸発させていく。

 おそらくこれも周りの炎術士達と術の構成の役割分担をすることで成せた技だろう。

 前後左右から爆熱が迫り来る。


「触れたらお前も終わりだ!」

「……お前、俺が風術士ってことを忘れてないか?」


 青嵐は途轍もない速度を伴って迫ってくる死の濁流を空中へ逃れることで躱す。呆気に取られる彼らを見下ろし、地上へ向けて風の刃を雨のように彼らの頭上へ降り注がせた。

 炎術で防御しようにも最速の展開速度を誇る風術には追随できない。威力そのものは大したことはないが、圧倒的な物量を前になす術なし。彼らは切り離されていく己の手足を最期に見ながら、次々と斃れていく。

 近くにいた同胞の血飛沫を浴びた術者の一人が夜空の月を背にして立つ青嵐へ叫んだ。


「てめぇ……! 卑怯だろうが!」

「卑怯? 寝ぼけたこと言うなよ。今も昔も数で俺を袋叩きにするつもりだった奴らの台詞だとは到底思えんぞ」


 攻撃は苛烈さを増し、風の刃を浴びたものは悲鳴を上げることすら許されずに刻まれる。肉片や内臓やらが地面に飛び散り、血溜まりを作りながら絶命していく。

 炎術の展開が間に合っても、その炎術が顕現すると同時に風術により肉体ごと裁断される。


「な、なんで……? 炎術は最強のはず……ッ!?」


 その認識に一切の誤りはない。

 炎術と風術がぶつかれば、本来ならば風術が押し負ける。

 それは青嵐であっても変わらない事実だ。

 ただし、『対等な術者同士である』という条件がつく。喩え術者の中で最も攻撃力に秀でた炎術士であっても、格上の術者には勝てない。

 つまり、青嵐と彼らとの間に隔絶された差があるからこそ、今の惨状が生まれているのだ。


「ば、馬鹿な……ッ!」


 薪火は目の前の光景を一望し、唖然とする。足の踏み場がないほどに染め上げられた赤の塊。術者だった者達の肉片が所構わず無造作に切り分けられ、死肉を啄まれたかのように散乱している。そこには性差などなく、青嵐に敵意を向けた者全員が同じ末路を辿っていた。

 鉄臭い香りで満たされており、辛うじて生きているのが自分を含めた数名しかいない。薪火だけが五体無事。他の生存者は手足のどちらかを欠損している。数十人はいたはずの術者達の殆どが今の一瞬で殲滅されてしまった。

 その現実を薪火は受け入れられない。


「こ、こんなことあるはずが……! 風術如き下賤な術に炎術が負けるなど……ッ!」

「炎術は強い。そりゃそうだ、術の中で一番攻撃力が高い。術者次第では一撃で怪異も祓えるし、色々な活用法もある。使い方次第では最強だ」


 だが、と青嵐は言葉を切る。薪火は彼の冷淡な表情を見て、戦慄した。


「所詮はそれだけだ。感情の起伏で攻撃力が上下するからか、お前らは怒りで目の前のことが見えなくなる。攻撃に特化しすぎているせいで、防御も疎か……傲慢かつ過信の塊。そんな奴、こっちのペースに乗せるのは容易い」

「ぐ、ぅ……!」

「そっちが敵意を見せた以上、男女問わず皆殺しにしただけだ。恨むならお前らの迂闊さを恨めよ」


 周辺の索敵をし、身を隠している炎術士の気配がないことを青嵐は確認する。絶対的有利なこの状況においても、彼は一切油断しない。

 足元を掬われて負けた術者がいたのを知っている、そして何より彼も同じようにその経験があったからだ。

 ふと記憶が甦り、鮮血のように赤い眼と鋭い牙が青嵐の脳裏にちらついた。


「お前はここで殺す。二度と俺の前に現れないようにな」


 無感情に言い放つ青嵐の姿に、薪火は完全に戦意を喪失する。

 尻餅をついたまま、彼から必死に距離を取ろうとしている。その薪火へ一歩また一歩と着実に青嵐は距離を詰める。

 そこへ薪火にとって救いの手が差し伸べられた。


「紫炎! 火美湖!」

「……新手の術者か? にしては炎術士の気配とは違うな」

『お父様……』


 今まで姿を見せなかった薪火の最大の武器愛娘達だった。

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