就活に失敗したので宇宙最強ヒーローになりました。

モンブラン博士

第1話 わたし、スカウトされました!

わたしの名前は美琴。性別は女性。二十一歳です。


わたしは幼いころから他の同級生とは少し違う力をもっていました。


五歳の時点で既にわたしの腕相撲で勝てる同い年の男子は存在せず、一二歳の男子が相手でも負けたことはありませんでした。


ジャンプでも地面を蹴って舞い上がれば、楽々と電柱と同じくらいの高さまで飛ぶことができました。


サッカーボールを蹴ればボールは破裂し、握力計で測定不能なほどの腕力。


どう考えても普通の人間とは明らかに身体能力が違っていたのです。


その為でしょうか、わたしにはよくスポーツ選手にならないかと様々な団体から勧誘が来たのですが、わたしは別のスポーツで活躍したいなどとは微塵も考えてはいませんでした。


もし仮にわたしが格闘技などをした時には、力の制御ができなくなって最悪の場合、相手選手の命を奪いかねないのです。


体格は決して筋肉質の部類ではなく、どちらかというと華奢に入るのでしょうが見た目に反してわたしの力は年齢を重ねるごとに人間離れしていくようになりました。


ですが一般とは大きく異なる力を得て、一つだけよかったことがあります。


それは、車にはねられそうになった女の子を救うことができたことです。


女の子が道路にボールを追いかけ飛び出したのを目撃したわたしは、すぐさま道路へダッシュし、車が女の子をはねる寸前に間に割って防ぐことができました。


わたしにぶつかった車は車体の前面が大きく凹んでしまいましたが。


なんにせよこの力がなければ救えなかった命を救うことができたのですから、そういう意味では感謝しなくてはなりません。


高校を卒業したわたしはこの日も当てもなくブラブラと街を歩いていました。


一時は大学へ行ってみようかとも考えましたが、学費が非常に高く、身寄りのないわたしにはとても無理な話でしたので大学進学はあきらめて就職をしようという結論に至りました。


ですが挑んだ会社のすべてで不採用を食らい、就活に失敗しました。


都会では仕事がなければ生きていけないことを学んだわたしは、山奥で暮らすことにしました。山には食べ物も水も豊富にありますし、人に会うことも怖がらせることもないのですから、一石二鳥です。


思い立ったら即行動と最低限の衣服だけをもって山へ入ったわたしは、色々と危険な目に遭いましたが、お腹を空かせて闘いを挑んできた熊さんを可哀想だとは思いながらも手刀で一刀両断にして丸焼きにして食べたり、山を降りて海に飛び込み巨大なサメさんを蹴りで仕留めてそれも丸焼きにして食べたり、山に生えているキノコや野草を食べたりして中々にワイルドな生活を送っていました。


けれど一年が過ぎたころ、急にある食べ物が恋しくなりました。


それは、お米です。


山には野草やキノコ、タケノコはあれど稲はありません。


最初はそれなりに楽しかった山奥での生活もお米の恋しさのあまり我慢の限界を超え、わたしはとうとう山を降りる決心をしました。


ですが山を降りて電車と並んで田舎道を駆けながらも、わたしの心は不安でいっぱいでした。


都会に戻れば再び就活をしなければなりません。


そうしなければ生きていくことも、ましてやお米を食べていくことさえできないのですから、就活するのは当然ではあります。


しかし、就活はするにしても採用されなければ意味がありません。


普通の人間を大幅に超えたわたしを雇ってくれる仕事場など、果たしてあるのでしょうか。


疑問に包まれながら東京の街中を歩いていますと、一人の男性が声をかけてきました。


「君、ボロボロだけど、すごく可愛いね。わたしの弟子にならないかな」


金髪に碧眼、白い肌。一八〇センチを超える体格の良い紳士で、高級感の漂う三つ揃えのスーツを身に着けています。


間違いなく外国の方で、初対面であるわたしに「かわいい」と言ってきました。


容姿を褒められるのは女子であれば誰でも嬉しいとは思いますが、わたしも例外ではありません。


初対面で外国の方とはいいましても「かわいい」と評されて嬉しくないわけがありません。


「ありがとうございます」


丁寧に頭を下げて、紳士の元を去ろうとしました。


褒められたのは嬉しいですが、わたしは就職活動をしなければならないのです。


彼にいつまでも付き合ってはいけないと思いました。


そのときです。


ぐうぅ~。


間の抜けた音がわたしのお腹の中から聞こえてきました。


慌ててお腹を抑え、紳士に訊ねます。わたしは英語は喋れませんのでもちろん日本語ですが、彼は流ちょうに日本語を話していましたので言葉が通じると思ったのです。


「あの……もしかして聞こえていました?」


「ハハハハハハハハ! 盛大なお腹の楽器だね。もちろん、聞こえていたとも。君はお腹が空いているようだね。よかったら、わたしが何か奢ってあげよう!」


「いえ、大丈夫です。お気になさらないでください」


丁重に断ろうとした途端に再びぐぅ~っとお腹の音が。


ああ、お願いです。わたしのお腹。


少しでいいですから音を鳴らさないでください。


ですがわたしの懇願に聞く耳を(お腹なので当然ですが)もたず、音は次第に大きくなっていきます。


仮にこの場を離れた場合、きっと男性はわたしのおバカな光景をネタにして友達に話したり、インターネットのブログなどでこの一件を報告するかもしれません。


この状況を無かったことにする方法はないのでしょうか。


顎に手を当て思案していますと、紳士は立ったままニコニコとした笑顔で告げました。


「この場を解決する方法は、わたしと一緒に食事に行くしかないようだねえ」


食事をおごってもらえるのは嬉しい半面、申し訳ない気持ちです。


それにわたしはお金を一円ももっていないのですから、彼にすぐにお金を返すことはできないでしょう。


そして仮にお誘いを断ってこの場を後にして就職活動に挑んだとしましても、空腹で力がでない状態で挑んだところで一蹴されるに決まっています。


それならこの場は紳士の好意に甘えて奢ってもらい、住所と電話番号を聞いた後で、わたしの就職が決まったらお礼のお金を渡しにいけばよいのではないでしょうか。


少なくとも結果が見えている今よりは、お腹も満たされていることでしょうし、就活が実を結ぶ可能性はきっとあるでしょう。


それらを天秤にかけたわたしの答えは決まりました。


「紳士さんさえ良ければ、お願いします」


「うん! よく言ってくれたね! じゃあ、さっそくご飯に行こう! 君の好きなものを何でも行ってくれたまえ、その食べ物がある場所を探して行くから!」


紳士は満面の笑みを浮かべていきなり、わたしの肩に手を回してがっちりと組みました。


まるで親友のような親しみをもった態度ですが、わたしはこの方のことを何も知りません。


なのに、どうしてこんなにも親切に振る舞ってくれるのでしょうか。



頭を掠めたわたしの疑問は紳士のタクシーを止める声でかき消されてしまいました。



紳士に連れられわたしが来たのは小さな定食屋さんでした。


お客はわたしたちの他に数名しかおらず、静かな雰囲気です。


洋食にしようか和食にしようか散々迷いましたが、やはりわたしは日本人なのでしょう、和食を選びました。


木製のイスに向かい合って腰かけ、メニューを眺めます。


定食メニューなどもありますが、紳士にお金をたくさん払わせるわけにはいきません。


ここはできる限り安いメニューにしなくては……


するとわたしの目の中にある料理名が飛び込んできました。


それは、おにぎりでした。


塩で白米を握っただけの簡単な料理ですが安くてお米そのままの味を味わうことができます。


「それでは、おにぎりをお願いします!」


注文が終わり料理が運ばれてくるのを待つ間、わたしは紳士に自己紹介がまだであることを思い出しました。


「自己紹介がまだでしたね。わたしは美琴です」


「美琴ちゃんか。可愛い名前だね。


わたしの名前はスター=アーナツメルツという。よろしく、美琴ちゃん」


「はい! よろしくお願いします、スターさん!」




差し伸べられた彼の白手袋をはめた手をしっかりと握り、誠意を示しました。


スターさんは朗らかに笑って。




「美琴ちゃん、実はずっと気になっていたが、君はどうしてそんなにボロボロの恰好なのかな」

「実は――」




事の経緯を説明しますと彼は真剣な顔で腕組をして唸ります。


もしかするとわたしの話があまりにも現実離れしているので、疑いの念を抱いたのかもしれません。


無理もない話ですが、わたしとしてはおにぎりを奢ってもらわねばならない立場ですので、ここで彼に帰られては困ります。


ここはひとつ、実はいままでの話は全部作り話で家が貧しいのでこのような服しか着ることができない――といった作り話でもした方がよいのでしょうか。


いえいえ、ご馳走を無償でしてくださるという方の想いを話を疑われたくないという理由で今までの経緯を嘘で誤魔化すというのもいけないことではないでしょうか。


それならばこの場は彼の反応に全てを託して天命を待つことにしましょう。


彼の次に発する一言でわたしの運命が大きくかわるかもしれません。


笑われても構いません、慣れていますから。


ですが機嫌を損ねて帰るのだけはやめてほしいのです。


心の中で祈っていますとお店の方がおにぎりを二個乗せたお皿を台に載せて運んできました。


「お待たせいたしました。おにぎりです」


「ありがとうございます」


お礼を言って早速目の前にあるおにぎりを掴みます。


ほかほかと白い湯気を立てている白いおにぎり。


手におにぎりの温かさがじんわりと伝わってきます。


山から下りてきて、もっとも食べたかったお米。


そのお米で作ったおにぎりがわたしの手の中に!


何と嬉しいことでしょう。まるで夢のようです。


その夢を叶えてくださったスターさんの恩には何としてもこの美琴、報いなければなりません。


「いただきます」


食材に感謝してかじりついた一口目。


ふわふわの柔らかい食感と優しい甘さが口いっぱいに広がり、わたしはまるで天国にでもいるかのように感じてしまいました。


山奥で生活する前は何となく食べていたおにぎりが天にも昇るほど美味しいご馳走だったとは、これまで生きてきた中ではじめての体験です。


一口、また一口。


噛みしめながら頬張り続けるのですが、次第に視界に映るスターさんの顔が涙で霞んできました。


「泣く程美味しかったとは本当に良かった。ホラ、涙はコレで拭きなさい」


「ありがとうございます」


手渡されたハンカチで涙を拭き、おにぎりを食べたわたしのお腹はすっかり満たされました。


「美琴ちゃん。指」



スターさんがわたしの指の方を差して笑っていますので何のことかと思っていますと、わたしは自分でも無意識のうちに指についたご飯粒を指しゃぶりで食べていたのです。


「こ、これは恥ずかしいところを見せてしまって……申し訳ありません!」


自分の顔が恥ずかしさで真っ赤になるのが手に取るようにわかります。


普段は絶対にしないはずのことをしていたとは、よほどお腹が空いていたのかと思いつつも恥ずかしさで胸が一杯です。


先ほどの行動を見られたこともあってかなかなか彼の顔を見ることができずに俯いていますと、不意に彼が持っている茶色の鞄から一枚のチラシを取り出して、テーブルの上に置きました。


見てみますと、そこには「スター流 門下生募集」という文字が書かれていました。


本人から承諾を得て紙を手に取り見てみますが、一体何のことなのかさっぱりわかりません。


「スターさん、このチラシに書いてあるスター流って一体……」


「よくぞ訊いてくれた!」


まるでバネ仕掛けのおもちゃ箱の人形のようにぴょんと椅子から飛び上がり、キラキラとした青い瞳をわたしに向けるスターさん。彼の顔には顔中が輝きに満ちています。


「美琴ちゃん、君は今、仕事を探しているんだよね」


「は、はい」


「では、スター流に入らないか」


「へ?」


「スター流は名前の通り、わたしが生み出した拳法の流派だ!だが、最近は全く門下生がこない! だから、君に入ってほしい!」


急にスター流や門下生になってほしいと言われましても困りました。


わたしは闘ってはいけない体なのですから。


ましては強くなる為に格闘技を身に付けたらどうなるか……


「美琴ちゃん、君が非常に優れた素質を持っているのはすぐにわかった! だが、君はその素質を隠そうとしている!君は自分の力の特異さに恐れる心を抱いている。違うかな」


甲高くて陽気な声色ながらも、スターさんは私の心の状態をピタリと言い当ててしまいました。


どうやら彼には人の心を覗く目がありそうです。



「人の心を覗く目がありそうです――か。成程」



「どうしてわかったんですか!?」


「わたしだからだよ! わたしにとって人の心を覗くことなど朝飯前だ!大丈夫! 門下生になってくれたらお給料はちゃんと出す!朝昼晩のご飯もちゃんと保証するから!」


「あの、普通はお金を支払って教えを乞うのが普通ではないでしょうか……」


「普通? 関係ないよ! わたしは常識にはとらわれない!


常識ばかりにとらわれていては柔軟な発想はできない!そしてわたしは常識の外で生きている!


というわけで、美琴ちゃん、どうするかね?門下生になるか否か、決めてくれたまえ」


「い、今ですか!?」


「そう! 今だよ! わたしも色々と忙しい。できれば今すぐにでも返事が欲しい!」


もしかするとわたしに声をかけた真の目的はこれだったのかもしれません。


ですが、少なくとも彼にはおにぎりの恩がありますし、門下生になりさえすればお給料も払ってもらえ、ご飯の保証もあります。


悪くない条件ではないでしょうか。


折角の良い機会でもありますし、今後電話番号を教えてもらったとしても多忙を自称する彼に会えるかどうかの保証はできません。


それならば彼の門下生になった方がいいのかもしれません。


「わたし、あなたの弟子になります」


「その返事が聞きたかった。


では、また後日、君の元にわたしの弟子の一人を向かわせるからね。それでは」




言うなり彼は指を鳴らすと、まるで忍者か魔法つかいかのように目の前から忽然と姿を消してしまいました。


先ほどあった鞄も跡形もなく消えており、会計場には三百円が置かれていました。


わたしはこれから先、どうすればいいのでしょうか……



スターさんに出会ってから三日が経過しました。


財布の中には見覚えのない三千円札がありましたので、おにぎりとお茶を購入し、その日の飢えをしのぎつつ彼のお弟子さんが現れることを待っていました。


おそらく財布に入っていた三千円はわたしが就活に失敗することを見越したスターさんがこっそりと入れていたものなのでしょう。本当にありがたいことです。


彼には助けられてばかりでまだ何一つとしてご恩返しをしていませんので、弟子入りをした暁には全力で彼の教えを学びたいと思います。


そして四日目の早朝。


公園に備え付けられてある長椅子で眠っていますと、誰かがしきりにわたしの肩を揺さぶってきます。


もしかするとお巡りさんなのかもしれません。


ここは風が強く少々寒いですので風邪をひかないようにと毛布か何かを持ってきてくれたのかもしれません。


とにかく相手を確認しないことには始まりませんので、わたしは目をゴシゴシと擦ってゆっくりと起き上がって相手の顔を見ました。


わたしの肩を揺さぶったのはお巡りさんではありませんでした。


茶色の艶のある長髪に鋭い眼光、端正ながらも般若の如く凶悪な顔立ちの若い男性でした。


上半身は何も身に着けてはおらず、筋骨隆々の体格を見せており、迷彩色のズボンを履いています。


一九〇を優に超える長身に屈強な体つきといい、只者ではないことは一目瞭然ではありますが、彼は一体何者なのでしょうか。


「あの、もしかしてわたしの肩を揺さぶったのはあなたですか?」


「そうだ」


「一体、わたしにどんな用事があるのでしょう?」


「迎えに来た」


「え?」


「スターから弟子が迎えに来ると聞かされているはずだ」




若い男性の口からスターさんの名前が出た途端、先日の記憶が蘇ってきました。


別れ際に確かにスターさんはわたしのところにお弟子さんを向かわせると話していたのでした。


ということはこの方が。


「察しの通り、俺がスターの弟子だ。不動仁王ふどうにおうという」


「スターさんのお弟子さんなのですね。


わたしはスターさんの新しい弟子になりました、美琴と申します。ふつつかものですが、よろしくお願いします」



立ち上がって挨拶をしますと不動さんは瞳を横に逸らしたかと思うといきなりわたしの手をとって走り始めました。


「あ、あの、どこへ行くのです?」


「話は後だガキ。今は逃げることに専念しろ」


「え? 逃げるってどこにですか? それにガキって――」




わたしは仮にも二一歳ですので子供扱いされるのはあまり嬉しくはありません。


それに自分の師匠を呼び捨てにするだけでなく、事情も告げずに逃げろというのは些か礼儀がなっていないのではないのでしょうか。


気づかれないように心の中で不満を口にしますと、彼はギロリとわたしを睨み。




「だからお前はガキなのだ。先ほどから我々を追ってきているガキ共の存在に気づかんのか」


「え? 子供だったら逃げる必要はないじゃないですか。一緒に遊んであげましょうよ」


「……後ろを見るがいい」




不動さんは左手で顔を覆います。


どうやら苛立ちを通り越して怒りを抱いているようですがわたしは彼を怒らせるようなことを口にしたでしょうか。


全く見当は付きませんが、とにかく言われるがままに後ろを向きますと、そこには何とホッケーマスクを被り黒い忍者装束に身を包んだ二人組がわたしたちを追いかけてきています。


確かハロウィンは十月三十一日ですので、時期的にはまだなはずです。


それにも関わらずなぜあのような恰好をしてわたしたちを追いかけているのでしょうか。


ここでわたしの脳裏に数年前に観たテレビ番組の映像がフラッシュバックしてきました。


内容は確か黒づくめの怪しい男性たちから制限時間内まで逃げ切ることができれば賞金を貰えるというものだったはずです。


状況的にはあの番組と少し似ているものがありますので、ひょっとすると不動さんはあのゲームの参加者として、賞金を確保するべく必死で逃げ回っているのかもしれません。


その旨を伝えますと、不動さんはますます怖い顔でわたしを睨んできます。


更にスピードを上げて走りますので冷たい風がわたしの頬を掠め、寒さと痛さで思わず目からボロボロと零れてきます。


忍者装束の二人組が不動さんに負けじと後を追いかけ、どういう訳かわたしを掴もうと手を伸ばしてきます。


たまにわたしの髪が彼らの手に触れることもありますが、今のところはギリギリで不動さんのスピードが上回っているようです。


どれほどの時間追いかけっこが続いたでしょうか。


時間も分からず彼に引っ張られ続けられた末に、突然に彼が急ブレーキをかけましたのでわたしは止まることができました。


「もう、疲れましたよぉ……」


「この程度で疲れるとはやはりお前はガキのようだ」


「失礼ですね! これでも二一歳なんですよ!」


「お前の年齢などどうでもいい。俺からすればガキに過ぎん」


不動さんの辛辣な物言いにショックを受け思わず下を向いたわたしは、地面が砂だらけであることに気が付きました。


よく見ると周りも一面砂でできています。


ということはここは砂漠なのでしょうか。


ですが、砂漠と言えばあの人の顔をした巨大なライオンさんであるスフィンクスさんがいるはずなのですが。


不思議なことに姿が見当たりません。


「おかしいですね。もしかしておトイレにでも行っているのでしょうか?」


「鳥取砂丘にスフィンクスがいるわけがないだろうが」


「ここは鳥取だったんですか!?」


「お前にはどの砂漠にも同じに見えるのだろうな……」


「おトイレで思い出したのですが、何だか少しおトイレに行きたくなってしまいました。


ここっておトイレはどこにあるんでしょうか?」


「便所が無いぐらいで狼狽するな。だからお前はガキなのだ。一回漏らした程度で死ぬわけじゃない」


「女の子にそんなことを言うなんて酷過ぎます!」


「その怒りをもってあのガキ共を往生やってみせるがいい」


彼の視線の先にはさきほどの忍者装束の二人組がいました。


一人は分銅付の鎖鎌を、もう一人は日本刀を構えています。


どうやらわたしたちを攻撃してくるつもりのようです。


困りました。わたしは争いごとはあまり好きではありませんし、できることなら闘わずに問題を解決したいものです。


まず彼らにどうしてわたしたちを追っているのか理由を聞いて、それからおにぎりを差し出して……


よし、プランはまとまりました。


あとは実行に移すのみです!


自分のできる限りのことをしようと、忍者達の方へ歩みを進め、リュックサックから非常食としてしまっておいたおにぎりを取って彼らの前に差し出しました。


「良かったらおひとついかがですか?」


言葉が相手に通じるかはわかりません。


ですが血眼になってわたしたちを追いかけていればお腹も空いてストレスも募るでしょう。


理由は定かではありませんが、空腹による苛立ちを取り払うことによって彼らの気持ちが少しでも安らぐのなら、それに越したことはないでしょうから。


そのわたしの態度に何を思ったのか、日本刀を持った忍者が近づいてきて、大きく刀を振り上げました。


どうやら彼はわたしを一刀両断にするつもりなのでしょう。


刀が直撃すれば間違いなくわたしの人生は終わりを迎えます。


ですが、それでいいのです。


自分の特異力で相手を傷つけるよりかは、誰も傷つけることなく命を終えた方がずっと幸せなのですから。


そしてわたしの意識はすうっと遥か遠くの彼方へ飛んで、目の前が一気に真っ暗闇に包まれていきました。


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