第10話 スポーツ
「プリリュリュリュ」
私のスマホが鳴った。
「出るな!」
「分かってる!」
だが、その音は鳴り止む気配がない。これはまずいかもしれない……
「わ、私帰らないと?」
パニックになる。これではどんな仕打ちを受けるか分からない。気持ちが動転いして、脳内で何も考えられなくなる。今脳内で(やばいやばいやばいやばい)という思考が延々と繰り返される。やばいとか思っても何も解決には至らないのに。
そして恐怖に耐えらなくなった私は携帯の方に手を伸ばそうとする。
「屈するな! 愛香。出たらまたあの地獄に引き戻されるぞ」
「でも! 私迷惑かけたくない」
ここにいたら迷惑がかかるかもしれないという思いもある。これはあくまでも建前で、本当は返りたくないという思いが強いが。でも、嘘ではない。それに傷を受けるのは私だけでいい。茂くんを巻き込むわけには……
「少なくとも俺は迷惑かかってないと思うけどな」
「……」
「貸して」
「え?」
戸惑う私のスマホを彼が手に取り、そのスマホは茂君の手によって電源が切られた。
「え? 良いの? 大丈夫?」
不安に思い、彼に訊く。
「大丈夫だ。こんなのなんとでもなる」
その言葉で少しだけ安心した。
私はずるいな。もしこれで状況が悪くなっても彼のせいっていう言い訳ができることを望んでしまっている。
あれ? 頬に水の感触が……。
「涙が出てるな。不安にでもなったのか?」
「……そう……みたい」
「落ち着け。俺が守ってやるから」
「……うん……」
そして、彼は私の背中を優しくさすってくれた。
「私、茂くんといてる時が一番幸せ。だから連れ出してくれてありがとう」
「おう」
白馬の王子様なんていないと思っていたが、今の私にはいる。そう、感じ取れた。彼こそ私の王子様なのだ。
そんな言い方をしたら照れくさくなってしまうが、まさしくそうなのだ。
「さてと、父親対策だな」
「うん」
その彼の言葉に現実に引き戻された。
「やっぱり離婚を提案してみねえか?」
「でも、それは前にも言ったけど。生活費とかなんとかでダメだって」
前に言ったことはもちろんある。でもその時の返しは「何考えているの!? 私達に生活する手段とかあるの? 貴方はバイトとかもしてないし、私はパートくらいしかやってない。そんな中で貴方の学費、生活費、食費、さらに離婚なんて、言い出した方が立場が悪くなるの。そしたら家も取られる。そして、マンション。つまり家賃も必要になる。離婚したいわよ。私だって、でも現実的じゃない。そこら辺ちゃんと考えてよ」そんな事を言われて完璧に論破された。
そんな状況で解決策なんてあるのか? いや、無い。そんなものがあるのなら私に教えてほしい。
「無理でしょ。これ」
彼に返事が返る前に私の結論を告げた、もう無理なのだ。私には、この状況を変えることなど。これなら最初から期待しない方がいい。それがもう私の結論。
「もういいよ。考えたら絶望してきた」
「いや、ある。俺が警察とかそう言う機関に告発するとかさあ」
「でも、私そういう知識ないし」
「諦めるなよ。俺がいるだろ。俺がなんとかする!」
「でも!」
「俺に全て任せろ」
「巻き込むわけには行かないし」
「もう、巻き込まれてるよ。お前の彼氏になってるしな。そもそも愛香に告白した時点で確定してたんだよ。俺が愛香の家の事情をなんとかするってことは」
「うんありがとう」
「それでだ。まず俺たちの仲を公言してみないか? そしたら俺たち少し会いやすくなると思うし」
「え?」
仲を公言。つまり、付き合っているという事をあの両親に言うって事だよね。無理に決まっている。お父さんなんてどうなるかわからないし、お母さんは、多分歓迎してくれないだろう。むしろ私が家にいない時間が増える事を恐れるまである。全ての家が恋愛を肯定しているわけではないのだ。
そんな感じで動揺していると、
「大丈夫だ。何かあったら俺がなんとかする」
と、彼が言ってくれた。私的に何も整理なんて出来てないけど、なんかいける気がしてきた。でも、
「今はやだ」と、抱きつく。やっぱり勇気が出ない。
ああ、本当に私は弱い。私になんとかできる手段があるかもしれないのに、それを捨てて現状維持を目指している。別に現状維持したいわけではないのに。
そんな事を考えていると、
「分かった。今は二人で遊ぼう」
と言ってくれたので、「うん!」と笑顔で言った。
茂くんが提案してくれたのは、カートレースゲームだった。確かにこれは私もしたことがない。でも、
「ごめん、私今は別のやつがしたい。少なくとも外でできるやつ」
「……分かった」
「あ、別にどうしてもやりたいとかだったら良いんだけど」
「いや、そう言うわけでもないから……じゃあ行くぞ」
「……うん」
と、バトミントンやサッカーボールを持って出かける。
「しっかし、意外だな。まさか体を動かしたいとは」
「茂君こそ、私の事をなんだと思ってるの? 私だって日々のストレスを解消したいんだから」
「そうかよ!」
バトミントンの羽がこちらに飛んでくるので、その羽をなんとか打ち返す。
「やるな」
「まだまだやれるよ!」
と、そのままラリーを続ける。
「そういや、愛香」
「何?」
「楽しいな」
「なに? 今更?」
「よく考えたらまだスポーツ一緒にはしてなかったしな」
「まあそうだよね。私も体育以外だと初めてかも!」
「スポーツ?」
「うん!」
ただ来たボールを打ち返すだけなのになんで楽しいんだろう。本当に人生半分損していたな。
体育では楽しくなかったのは相手が好きな人かどうかなんだな。
そして私はすぐにバテた。
私……体力なさすぎる。
「疲れた」
「休憩するか?」
「うん。休憩させてもらいます」
私の体力じゃああまり長い時間は持たなかった。
「ごめんね、こんな早くにバテちゃって、もう少しやりたかったでしょ?」
「いや、いいよ。別に体動かすだけなら一人でもできるし、そもそも疲れたからな」
「うん」
「じゃあそろそろ良いか?」
一〇分後、茂君がそう言った。体力八割方回復していた私は「うん」と言ってバトミントンのラケットを持つ。
「あー、バトミントンもいいけど、今度はサッカーやらないか? 嫌だったらいいけど」
「別にいいよ」
「分かった」
すぐにカバンの方に走り出し、サッカーボールを取って持ってきた。いいとは言ったが、私サッカーできるのだろうか……。
「心配か?」
私の顔色が悪かったのだろうか、茂君がすぐに気づいてくれた。
「ううん、心配なだけ」
とそう返す。それに、もし私がきつかったりしたら茂くんが配慮してくれるだろう。
「じゃあ行くぞ」
「うん」
最初は普通にパスだ。
とはいえ、本当にパスできるのだろうか。そう考えると、不安になってきて、弱めのコントロール重視のパスをした。だが、
「届いてないな」
「……うん」
流石に弱すぎた。
私も届かないかもとは思っていた。だけど……まさかそこまでとは。
「さて」
ボールを取りに行った彼がそう言って、
「今度は強めに蹴っていいぞ。どんな球でも俺が受け止めるから」
「うん!」
そして、有言実行と言ったところか、彼は私がどんなめちゃくちゃなパスをしても大体は取ってくれた。そう言えば忘れてた、彼が運動得意なんだって。
しかし、本当に楽しくて、何時間でも一緒に遊びたい気持ちになる。
こんなに誰かと遊ぶことが楽しいとは思っていなかった。サッカーで。サッカーは本当に嫌いだった。ボーのパスは出来ないし、相手の攻めを防ごうとしても無力だし、でも今だったら楽しめる。
「……愛香?」
遠くから声がした。振り返ってみる。すると、お母さんだった。
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