第8話
桜の蕾はじっと春を待っている。
明春、またこうして蕾が膨らんで花が咲けばあなたとはお別れだ。
がんばれ私。このまま終わってしまっては意味がない。
「まずはどうにかして遊佐くんと同じクラスにならないと。」
あ、そうだ!
「先生!私、来年は四組の遊佐くんと・・・」
「あぁそれなら安心して。ふたりともピアノが上手だから卒業合唱でかぶったら嫌でしょう?」
担任の女教師が見越したように私の期待を裏切って言う。
卒業合唱はうちの学校ならではの恒例行事。卒業を前にした三年生が各クラスで合唱練習をし、卒業式の前日、全校生徒の前で発表する。今までお世話になった学校や先生方、在校生のみんな、そして一緒に卒業する仲間への想いを胸に歌う最後の機会だった。
「君たちふたりを同じクラスにしちゃったらもったいないからね。」
続いて副担任も。このままでは確定で同じクラスにはなれない。
「あ、えっと、そうじゃなくて。」
どうしよう。
「ん?」
グズグズしちゃだめ、ちゃんと言うんだ。
「あの、同じクラスにしてほしいんです!」
「え、同じクラス?」
担任と副担任はともに驚きを隠せない。
ふたりで顔を見合わせ、困った様子で私を心配するように言った。
「また合唱コンクールの時みたいに嫌な気持ちになるかもしれないよ。」
合唱コンクール。そう聞いた途端にまたいつもの息苦しさに襲われる。
この先生は私の悲鳴を憶えているんだ。
「私はもっとピアノが上手くなりたいから。」
ひとつ、嘘を吐く。
「音楽の前の休み時間なんかにみんながピアノを弾くじゃないですか。そこで遊佐くんも弾くだろうから。それを聴いて自分への刺激にしたいんです。」
私の嘘はもう止まらない。でもこれで私の本気さも先生へと伝わっただろうか。
また先生たちは憂わしげな表情をしている。
「そんなことを考えてたのね。でも、」
やっぱり無理か。
「同じクラスにするのはなかなか難しいかもしれない。クラスを分けるなら簡単なんだけどね。」
申し訳なさそうに言う先生を見て、あぁ私はこの人も巻き込んでしまったのかと罪悪感を感じた。
でももう止まらないの。
「他にもピアノを弾ける人はたくさんいるし、ね、いいでしょ?」
念の為もう一押しする。
「こればっかりはねぇ。クラス替えまでのお楽しみよ。」
お楽しみ、か。ってことは期待してもいいのかな。
担任の先生は翌日の離任式でこの学校を去ることになったと私たちに告げた。学級委員長からの花束を受け取った先生は私たちの拍手を抱えて新しい場所へと向かっていく。もう振り返ってはくれない。
そして残った先生たちによって体育館の前方に来年のクラス発表の紙が掲示された。
できる限り心を落ち着かせて新しいクラス名簿を見る。
ゆっくりと余裕を持って深呼吸をする。
よし、きっと大丈夫だ。
「あれ。」
一組から順に見ているがなかなか私の名前が見つからない。二組にも私はいなかった。そして遊佐くんも。
三組の名簿を眺める。四クラス構成だからここにいなければ四組確定だ。期待はどんどん膨らむ。
「さ、さ、さ・・・あった!」
やっと三組十九席に桜珈那の文字を見つけた。
私の名前からそっと下へと視線をなぞる。
「あ。」
「あった、俺三組だわ。」
すぐ隣にいたのは、遊佐くんだった。彼の人差し指の先には三組四十席、遊佐藍と記されている。
「今年は遊佐と同じクラスか、よろしくな!」
この声は、透空だ。透空と遊佐くんって面識あったっけ。
まぁそんなこと今はおいといて、私は遊佐くんと同じクラスになれたのだ。
「先生ありがとう。」
もう届かないけれどせめてものお礼をする。先生は最後まで私に寄り添って、私の望みを叶えてくれていたんだ。
「おいおい桜さんと藍が同じクラスじゃん。」
「卒業合唱大丈夫なの?」
ちらほらと私たちを注目する声が聞こえてきた。みんなのニヤついた憎い表情。
私をこんな風にさせたのはみんなだ。
私がこれから計画通りにあなたを振り向かせることができたら、みんなはもっと注目してくれるだろうか。
自信に満ちた私は、既にそんな呪いのような空気を纏っていた。
誰かを騙す度に罪悪感を感じなくなるのも時間の問題だろう。
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