第17話 始動!民間軍事会社

 今回は比較的体力のある少年と健康状態に問題のない少女二人のため、宿で手当もせずコンフリクトの森の小屋へ直接三人を連れていった。


「──アイン、そっちの女二人を手当てしてやれ。見た所問題なさそうだがな」


「…………」


「どうした」


「……いえ。了解しました」


 アインは決して命令に反することはない。だがこの時、彼女は言葉を詰まらせた。


「お前はこっちだ」


 ジェイは気にすることなく外の別棟に少年と共に移動する。


「名前は言えるか?」


「…………」


「何処の国出身だ」


「…………」


 いつだかのアインを思い出させる様子にジェイは微かな笑みをこぼした。


「お前は今日からツヴァイだ。過去などない、何者でもない、ただのツヴァイだ。そして何者でもないお前に俺が居場所を与える。冒険者──いや、民間軍事会社ヴァルカンの兵士ツヴァイだ」


「…………」


「寡黙なのはいい事だ。余計なことを口走らないのは兵士の条件だ。……まあ兵士としての心得は今後学んでいけばいい。今日は薬を飲んで寝ろ」


 ジェイは手当てを済ませ、動こうとしないツヴァイの口に半ば強引に高カロリーのレーションと薬をねじ込んだ。


 ツヴァイは嫌々咀嚼し始めたが、例の如く強烈な味付けの軍用レーションは飢餓状態の彼の食欲を刺激した。

 彼は空いていないパックのレーションも次々に手を出し、貪るように腹を満たす。辺りにはすぐに空のパックや砕けたクラッカーの破片などが散乱していく。


 しかし薬耐性のないこの世界の住人にはただの風邪薬でも睡眠薬のような催眠効果をもたらしてしまう。

 ツヴァイはすぐにうとうとし始め、ジェイが片付けをしている間に眠りについていた。


 やれやれと思いつつもジェイはツヴァイを抱き上げ小屋の方へ戻る。

 小屋では既に双子の手当てが済み、以前ジェイがアインにそうしたように、今度はアインが二人にレーションと薬を与えていた。


「お前たち、どっちが姉だ?」


「わたし」

「そう。こっちがお姉ちゃん。あたしが妹」


 綺麗な金髪に碧い瞳。小さな顔にこじんまりと整った顔付き。双子は外見ではほとんど見分けがつかないレベルでそっくりだった。


「そうか。じゃあ姉のお前がドライ、妹のお前がフィーアだ」


「わたしはドライ……」

「あたしがフィーア……」


 二人は肩を寄せ合い、鼻先が触れそうな距離で見つめ合いながら互いの名前を確認するように何度も呼び合っていた。

 その様子はまさにセット。二人が離れることなど考えられないと、この短時間でジェイも思い知った。


「お前たちは今日から兵士だ。民間軍事会社ヴァルカンの兵士ドライとフィーアだ。お前たちの過去は興味無い。これからは名前も捨て去り兵士として一からお前たちを育て上げる。いいな」


「うん。いいよねフィーア」

「うん。お姉ちゃんと一緒なら」


 聞き分けの良さにジェイは少し驚いた。彼女らにとっては二人が揃っていることが何より重要で、それ以外はどうでもいいのだろう。

 つまり互いの存在が精神安定剤となっているようであり、それは一種の依存にも思われた。アインよりも幼い二人にとって、奴隷の身に落ちるという過酷な現実を乗り切るためには仕方がなかったことなのかもしれない。


 いずれにせよ使える駒は使えるように使うだけだ、とジェイは割り切る。


「やることは沢山あるが、それは明日からでいい。今日は休め。好きなベッドを使っていいぞ」


「ふぁ……。おやすみフィーア」

「ふぁ……。おやすみお姉ちゃん」


 二人の世界にはジェイすら介在することは出来ないようだった。しかし言葉は届いているようで、二人は窓際のベッドに仲良く並んで眠りについた。






 こんなはずではなかったが、中々癖のある子供が集まったなとジェイは腕を組んでツヴァイとドライ、フィーアを眺める。

 その姿を横で見ていたのはアインだった。


「ジェイ様、これから私はどうしたらいいのですか」


「どうしたら、というのは?」


「試験には合格したのですよね」


「ああ」


「では私は軍人になれましたか。それともまだ兵士ですか」


 アインにそう問われ、ジェイが自然と二つの言葉を使い分けていたことを自覚した。軍属であった彼は無意識のうちに軍人というものを特別視していたのだ。


「……軍人、と呼んでやりたいが、それには経験が浅いな。人数も確保出来たし、この三人は基礎訓練を終えたら最初から実戦の中で訓練していくつもりだ。アイン、お前は俺の右腕として働け。そしていつか俺が戦友と認めた時、お前は立派な軍人になっている」


「……分かりました」


 アインはまだジェイに心から認められていないことを知り落胆した。

 しかしそれ以上に「俺の右腕」という言葉は彼女の心に確かな居場所を与えていた。アインは新たに増えた三人の存在に、自身の居場所を奪われたような感情を抱いていたのである。


「肉体的にも精神的にも疲れただろう。今日はもう休め。……お前のベッドはドライとフィーアに使われているな。俺のを使え。俺は外の離れで寝よう」


「そんな! 私がそちらへ行きます!」


「気にするな。じゃあな」


 ジェイは後ろ手に手をヒラヒラさせ、アインと二人で直した小屋を後にした。

 アインは彼の離れていく背中に手を伸ばしたが、それは届くことなく空を掴むだけだった。


 奴隷と主人ではない。それはアインにとってジェイとの繋がりを否定されることでもあった。

 子供と大人である。それはアインにとって決してジェイとの間にある埋まることのない距離であった。


 ならばせめて右腕として、ただの道具として、ジェイの目的遂行のための道具として、彼に認められるよう頑張ろう。


 それがアインの決めた道だった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


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次話2024/04/21 07:30頃更新予定!

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