第14話 訓練

「──おはようございます、ジェイ様」


「おはようアイン」


「お食事の用意をさせて頂きましたがよろしかったでしょうか」


「……ああ」


「井戸の水も汲んで起きましたので食事が済んだら水浴びをどうぞ」


 適応した、というより、アインは昨日ジェイに言われた通り自分自身を入れ替えたように振舞っていた。

 淡々と物事をこなし、明確な目的意識を持って行動するその様は、ジェイにこれからの訓練に対しての期待を抱かせた。


 だが昨日の今日でなんでもできるようになった訳ではない。


「……料理は今度教えよう」


「も、申し訳ございません!」


 アインが作った謎の鍋料理は煮込みすぎた野菜が完全に混ざりまるで離乳食のようにドロドロであった。


「まあいい。戦場では満足に食事をとることもできないことだってある。腹に入り栄養がとれれば問題ない」


 自分でも味見をしていなかったのかアインは苦い顔で料理を口にしつつ、二人は朝食を済ませた。







「──よし、それでは訓練を始めよう。日の出ている内は実技、夜は座学だ。……まずはお前に武器の授与を行う」


「はい!」


 ジェイはバックパックの奥底から、ホルスターに納められたUSPコンパクト、予備の弾倉二個、小型のチェストリグ、そして9mmパラベラム弾一ケースを机の上に並べた。


「これがお前の武器だ」


「初めて見る武器です。それにジェイ様の持っているものよりも小さい……」


「座学でもやるが俺の持っているのはアサルトライフル、それはハンドガンという種類の武器になる。俺はハンドガンも持っているのでこっちで説明しよう」


 ジェイは装備セットからAR15を外しGLOCK18を取り出した。


「これは銃と呼ばれる武器だ。恐らくだがこの世界には存在しない」


「この世界に無いものを何故ジェイ様はお持ちなのですか」


「それは俺がこの世界の人間ではないからだ」


「……!?」


「話せば長くなる。そしてこのことはお前にとって重要なことではない。そうだな?」


「は、はい」


 ジェイに気圧されアインは首を縦に振った。


「よし。では説明を続けよう。この武器はこの世界に存在するどんな武器よりも高度に発達した、人を殺す為の究極の兵器だ」


「人を……殺す……」


「実演するのが一番早い。外に移動しよう。お前の武器は置いておけ。使い方も分からず持っているのは危険だ」


 ジェイは外に行き、木に的を吊るして簡易的な射撃場を作った。


「俺の三歩後ろに下がってよく見ていろ」


 ジェイはGLOCKを両手で構え素早く照準を合わせる。

 そして引き金を引くとパン! と乾いた破裂音と共に銃弾が発射され、的にしていた木の板は弾け飛んだ。


「これが銃だ。どうだ、初めて見た感想は」


「怖い、です」


「それでいい。銃とは怖いものだ。使い方を誤れば自分や味方を傷つけることになる。だからこれからしっかり学んでいくんだぞ。それが分かれば今日の訓練としては十分だ」


「はい!」


「よし。それじゃあ中に戻り銃の組み立てからやるぞ」


「はい!」


 それからジェイはマガジンへの弾の入れ方、マガジンの装着の仕方、セーフティの切り替え方など事細かに説明していった。


 銃を手に取るアインの手は震えていた。ジェイはそんな彼女に優しく正しい銃の取り扱いについて教えていく。

 自分自身は訓練を受けた側であり、雇ったのも訓練済みの傭兵であったジェイにとって教えるという経験は初めてだったが、それでも飲み込みの早いアインに教えるのは彼もどこか楽しいものがあった。






「今日は射撃の訓練をするぞ」


「はい」


 ジェイはアインを抱き抱えるように後ろから彼女の持つ銃に手を添える。


「……!」


「どうした?」


「い、いえ、なんでもありません」


「集中しろ。昨日説明したようにリアサイトとフロントサイトを的と一直線に並ぶように構えるんだ」


「はい」






「昨日は初めてだったのによく的に当てた。だから今日は動いている獲物が的だ」


「はい」


「リトルスコルファというモンスターがこの付近にいるらしい。これは討伐等級も八等級と弱い部類の猪型モンスターだ。9mm弾でも倒せるだろう。だが油断するな。向こうも生き物だ。抵抗にあえばこちらが怪我をする危険もあるからな」


「はい。頑張ります」






「お前は射撃に適性がある。自信を持っていい」


「そうでしょうか」


「ああ。だが基礎を疎かにしてはならない。今後は射撃訓練と並行して体力作りの訓練も課す」


「はい。頑張ります」






「それだけ筋肉が付けば射撃もより一層安定して行えるだろう」


「はい」


「近接格闘訓練も本格的に始めていくぞ」


「はい」


 数ヶ月もする内にアインは奴隷の頃とは見違えるような体付きになっていった。


 それを見て驚いたのはジェイだ。

 彼はアインのことを十二歳程度に見積もっていたが実際は十五、いやこの世界の栄養状態を鑑みるに十代後半でもおかしくはなさそうであった。正確な年齢はともかく、彼にそう思わせるような女性としての豊かな体型を手にしていた。


 だが変わらないものもある。アインは過去のことを、自分のことを話したがらない。

 それはジェイも同じことなので彼も気にしてはいないし、詮索もしようとは思っていなかった。







「……もう一年経つのか」


「はい?」


「俺がこの世界に来てから、……そしてお前がここに来てから」


「時が過ぎるというのは早いものです」


 一年間という月日はジェイがこの世界を知るに十分たる時間だった。

 元の世界と変わることなく争う人々。世界各国で起きている戦争、紛争。彼の生きる道はいくらでもあった。


 彼の中で本格的な今後の指針が定まった今、ケリをつけなければならないことが一つ残されていた。


「アイン。お前に最終試験を課す」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2024/04/18 07:30頃更新予定!

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